37:メスガキは一休みしている

 そんなこんなで一週間後――アタシはヤーシャの郊外に滞在していた。テント生活である。


 四男オジサンを始めとした国の偉い人……まあ、その国自体が血に水没したわけなんだけど……とにかくその人たちはヤーシャの偉い人と交渉して、かみちゃまに転移してもらった国民を受け入れてくれるように頼んでいるとか。


 いーじゃんサクッと受け入れてよ、って感じだけどそうもいかないらしい。聖女ちゃん曰く、


「移民問題は容易ではありません。食料、住居、検疫、歴史的背景、差別……そう言った多くの問題もあるので、どうしても時間がかかるんです」


 ヤーシャの偉い人も意地悪で受け入れてくれないわけではない。むしろ受け入れるための準備をしているとかなんとか。


 同時にオルストシュタインの被害状況も調査してたみたい。町はほぼ血の海に沈み、赤い湖みたいになっているという。首都が沈んだことと統治する人が魔物になったことで国としては機能しなくなった。


 なんでチャルストーンとかオルストにある町はほぼ独立状態。或いは孤立状態。各町で連絡を取り合い、どうにか生活を維持しているという。天騎士おにーさん辺りがあの辺を飛び回って暴れる魔物をどうにかしているとか。


『聞いたぞ、君の新たな活躍を! 俺も君の剣に恥じぬよう、多くの人を救おう!』


 とか言うメッセージが天騎士おにーさんから飛んできた。相変わらず元気よねー。


 実際、新しい魔王……皇帝? とにかく魔王<ケイオス>に変わる新たな支配者の登場は世界に衝撃を与えた。英雄を召喚して世界を救おうとした人がそうなったのだから、その衝撃はいろんなところに広まる。


 先ず単純な支配者に対する脅威だ。魔王を倒して平和だヤッター、なんていう空気は一瞬でなくなった。魔物に怯え、警戒する空気が広まる。悠長に宗教戦争やってる余裕はもうないでしょうね。変態司祭達も忙しそうだし。


 アホ皇子に召喚された英雄達もかなりざわめいている。元の世界に戻る方法はあのアホ皇子しか知らず、それが魔物の王になったのだ。帰りたい人達は詰みである。とはいえ、あの国に英雄召喚を伝承した神がいるはずだから、希望はある。


 それよりも――アタシにとっては意外だけど、


『クライン皇子が、魔物になっただと!?』

『信じていたのに! これからどうすればいいんだよ!』

『慌てるな皆の者! 『赤の三連星』が真実を突き止めてやる! きっと皇子は洗脳されているんだ、あのメスガキに!』


 アホ皇子を慕っていた英雄もそれなりにいたらしい。そいつらは大きなショックを受けていた。混乱する者、落ち込む者、今後どうしたらいいか足を止める者、よくわかんないけどいまだにアホ皇子を信じてるアホ。とにかくこの辺は混沌としていた。


「あほしかいないのかしら」

「トーカさん、もう少し言葉を選んでください」


 アタシと聖女ちゃんは待機状態。ぶっちゃけ、なにもしていない。正確には何もできないでいた。


 何せレベル1である。ヤーシャ付近の魔物に対抗するだけのスペックはない。レアアイテムもないので、一撃食らったら即死亡。遊び人RTAの最適解、山賊狩りもできない。何せあのあたりも血の海なのだ。


 つまり、今のアタシはレベル上げができない状態なのだ。パワーレベリングしようにも、<フルムーンケイオス>の仕様上でレベル15以上離れた相手とはパーティが組めない。そして15レベル程度ではこの辺りの魔物に対抗できない。


 四男オジサンか斧戦士ちゃんに壁になってもらって、横からアタシがどうにか倒すという方法はある。でも倒すまでに時間がかかるし、その間に他の魔物に遠距離攻撃とか魔法攻撃されたらどうしようもない。そしてそのどうしようもない、はアタシが死ぬことだ。なんでこれは最終手段。まだ慌てる時じゃない。


 そんなわけで何もできないまま時間が過ぎていた。でもアタシがここにいること自体に意味はある。


「トーカさんが交渉の要なんですから」

「アタシは何もしてないけどね」


 聖女ちゃん曰く、ラクアンを救ったアサギリ・トーカという救世主のお願いという形で難民受け入れ交渉は進んでいるという。もう少し正確に言うと、ヤーシャの民に移民を受け入れやすくする潤滑油としてアタシの活躍を利用している形だ。


「緊急事態ですので、ヤーシャの上層部も移民受け入れ自体には否定的ではありません。ですがすべての人間がそう思うわけでもありませんし、中には私達を皇帝<フルムーン>のスパイだと疑う人もいます。

 ラクアン救世主のトーカさんが救った人たち、という形でその軋轢を削っておかないといらぬ迫害を受けかねません。なのでトーカさんが『実は不摂生で口の悪いワガママな子供』という救国の英雄らしからぬ態度を見られると、あまりいい結果にはならないんです」

「誰が不摂生で口が悪いワガママな子供なのよ」

「個人的にもう少し言いたいのですが、いいですか?」


 これ以上何か言うとヤブヘビだ。アタシはそれを察して会話を打ち切った。


 とにかくアタシは何もできずに日々を過ごしている。テント生活だけどそれ自体は慣れっこだし、食料もきちんと配分される。四男オジサンとか変態司祭の努力のたまものだ。


 そう、変態司祭達はいがみ合うことなく協力している。というよりは、聖女ちゃんを慕うように行動している。神格者……神を宿した人間の奇跡を目の当たりにしたのだ。神様を崇めている人からすれば、言葉通り崇拝の対象ね。時々こっちに来ては、そう言った尊敬の目でこの子を見ていたりする。


『さすがですコトネ様』


 ……むぅ。


『神を宿したお方は着眼点も違う』


 ……むむぅ。


『できることならこの地に留まってほしいぐらいです』


 ……むむむぅ。


『おお、美しいお姿。まさに神が宿るにふさわしいお方です』


 ムスぅ!


 まあ、アタシとしてはそれは仕方ないとは思ってるし、シューキョー家なんて神様を信じるが仕事だからかみちゃまをインしたこの子をソンケーするのはわかる。でも処女とか童貞とかおっぱいとかいう輩に好意的な視線を向けられるこの子を見てると……別にイライラとかモヤモヤとかはしてないんだけど、単に気に入らない。別に嫉妬とかそういうんじゃなくて、この子のいいところはそういう所じゃないって言うか、でもそういうのはあまり他人に知られたくないって言うか。別にこの子の事がいいとか好きとかじゃなく、ないんだから、ないない。無いけどむぅ、ってなる。


「変態司祭達に変な目で見られたりしてないでしょうね、アンタ」

「いきなりどうしたんですか? 皆さん優しく接してくれますよ」

「あいつら変態なんだから注意しなさいよ。優しいとか言ってるけど、そういう価値観なんだから」

「まあその、あまり一般的な価値観ではありませんけど。でもきちんと線引きはしてますし。少なくとも悪意は感じませんから」

「とにかく変態が感染しないように距離とったほうがいいわよ。アンタがあんなのに染まったら、ヤだからね」

「そうなったらどうします?」


 ニコニコと笑いながら、そんなことを言ってくる聖女ちゃん。


「そんなの、決まってるじゃない」


 以前なら速攻で『パーティ追放よ!』って言ってただろう。


 喉まで出かかったその言葉を、アタシは言えずにいた。軽いノリ、いつものノリ、そんな感じでも言えない。言おうとして、その後の事を考えるとどうしようもなくなってきた。この子が神格化して別れたことを思い出して、胸がちょっと痛んだ。


 この子と別れる、なんて未来を冗談でも言えなくなってる自分に気づいて……その意味に気づく前に聖女ちゃんに指さして叫んでやった。


「指さして笑ってやるわ。治ってもその事をずーっと罵ってやるんだから!」


 そうよ。別れておしまいなんてヤ。ずーっとずーっとの事をネタにしてやるんだから。それだけだから。この子と別れたくないとか、アンカーの『思慕』の相手がどうとか、全然関係ないんだから!


「はい。そうならないように気を付けますね」

「覚悟しなさいよ。ずーっとずーっとずーーーーーっと! だからね!」

「はい。追放とかそういうことはもうしないで、ずっと付き合ってくださいね」


 満点の答えです、とばかりに喜びの声で言う聖女ちゃん。


 だけどちょっと棘を感じた。それに耐えきれず、思わず問い返す。


「……もしかして追放ネタの事、気にしてるの?」

「さあ、どうでしょう。気にするどころか、根に持っているかもしれませんよ」

「冗談とか流行とか何だから、そこまで引っ張らなくてもいいじゃないのよ」

「親しき中にも礼儀あり。冗談も相手によりけりという事です。この場合は、親しすぎるからこそ許せない、ですね」

「なんなのよ、もー! もー!」


 だいたいこんなことをしながら日々を過ごしている。


 これはこれはあくまで一休み期間。アタシとこの子の幕間劇。それが終われば、進まなくちゃいけない。


 皇帝<フルムーン>という脅威は、確実に世界に波紋を生んでいる。その裏にいる三体の悪魔、そして全てを生み出した<フルムーンケイオス>と呼ばれる世界そのもの。


 アタシとこの子の行く先に、それらが立ちはだかるのは誰の目にも明らかだった。

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