10:聖女は狂信者と口論する
「はい。そう考えてもらって構いません」
ロレンソ司祭の『聖女は肉体的に未熟だから神と一体化できなかった』という発言を認める私。
「私は未熟です。
それは肉体的に幼いという事もありますが、精神的にもまだまだ研鑚を積まねばならない身です。魔王を倒せたのは仲間であるトーカさんの働きが大きいです」
あの戦いで私がやったのは、シュトレイン様と融合して魔王<ケイオス>とアンジェラを押さえただけ。そのための力はシュトレイン様のモノであり、私はただ肉体を貸しただけ。
私は未熟です。トーカさんがいないと魔王を倒せなかった。それは事実です。
私はずっとトーカさんと一緒にいたから戦えた。私のやりたいことをトーカさんはずっと支えてくれた。イヤそうな顔をしながら、それでもずっと助けてくれた。一人では何もできなかったでしょう。
それを恥じることはありません。むしろこの出会いに誇りすら思います。トーカさんはこの世界に対する知識が深いだけではなく、行動力もあって何かをするのにためらわない性格があります。……まあ、その性格故に遠慮が足りないところもありますが。
トーカさんの隣に立とうと思うからこそ、頑張れた。だからここまで歩いてこれた。私はまだ未熟で幼い子供だけど、この歩みは確かな一歩。歩いていける原動力が未熟な事であるなら、それは確かな誇りになる。
今はすぐ隣にいないけど、それでもこれまで歩いた足跡が私の力になる。トーカさんと一緒にこの世界を歩いた事実が、私に勇気をくれる。大勢の前で未熟だと糾弾されても、大きな男の人に大声で指さされても、動揺することなく答えることができる。
「謙虚ですな、聖女様。つまり未熟な貴方ではなく苦行の末に作られた肉体なら、神の降臨が可能であると認めるわけですかな?」
「いいえ。私が未熟であることと神格化の条件は別です」
ぴしゃり、と私は言い放つ。
「確かに神格者の条件に『ステータス』におけるレベルが必要なのは確かです。そのレベルは96以上。他にも様々な条件があります」
「96……!」
「あのヘルトリング様でもそこまで到達していないのでは……?」
「歴史を紐解いてもそこまでたどり着いた者はおそらく……」
シュトレイン様から聞いた条件。それを耳にした聖職者達に動揺が走ります。私の場合はショトレイン様が二分割されたおかげで未熟ですがどうにか条件を満たした形でした。その他の条件も、そこまで厳しくなかったようです。
明確な数字というのは、時として残酷です。そこに到達するまでの苦難が目に見えるのですから。トーカさんは気軽に『96? まあ何とかなるわよ。神格化とかには全然興味ないけど』と言ってましたが。
「この強さは肉体的な苦行により得られるものではありません。神や人に仇を為す魔物を廃し、そうして得られる善行と経験により培われるものです」
「い、いやそれは生命の母におけることなのではないか!? 信仰深き我らの精神と肉体なら、リーズハルグ神はレベルに到達せずとも――」
「残念ですが、他二柱に関しても同様です。レベルが足りないものには降臨できない。神の魂を受け入れるだけの地力がないと言われました」
神の力。それは世界そのものに影響する力です。この世界そのものである<
その力は膨大です。先の魔王戦でも、人が住む場所に影響を与えないようにはるか上空で相対したぐらいでした。その余波で地上のモンスターが活性化し、神と悪魔の趨勢により天が割れるほどの異変となったぐらいです。
「神格者は世界そのものを変えるほどの力を有しています。
その力を未熟な人間が扱えば、人を守るどころか町や大地そのものを破壊しかねません。厳しく選定されるのは当然のことと言えるでしょう。努力の末、その人格と偉業を考慮して神が認めた者のみが世界を担うのです」
嘘は言っていませんが、真実はもっと残酷です。神と同列の力を持つ悪魔。魔王すら手駒に使う者たちに対抗するための力。人間であることを捨て、人類生存のために世界の礎となるのが神格者。
だからこそ、厳しく選定されます。真実を知ってもなお戦えるだけの精神力。人類の為にすべてを捨てられる精神力。そしてその神々に応じた相性のような条件。ただ肉体を鍛えるだけでは、到達できないのは事実です。
「しかし我らの教義には――!」
「『常に切磋琢磨あれ』……素晴らしい言葉だと思います。健全な肉体に健全な魂は宿る。己を鍛えぬくことを忘れるな。剣と戦の神にふさわしい教義です」
何かを言いつのろうとするロレンソ司祭の言葉を止めるように、私は言います。
大事なのは相手の意見を認めること。その上で間違いを正しく指摘すること。感情的にならず、だけど妥協せず。世界を背負うなんて気概はありません。神の使途だなんて思いません。それよりも大事なことを想って、口を開きます。
「その教義を胸に日々を過ごしてください。貴方の大事な人、大事な物、大事な生活を守ってください。『剣はそのために。戦はそのために』……リーズハルグ神はそうおっしゃっているはずです」
口にしたのは事前に聞いたリーズハルグ神の教え。三柱の一般的な教義はどうにか覚えました。相手を納得させるのに必要だと思ったからです。
「世界の為に戦う意思は素晴らしいですが、苦しみながら生きないでください。肉体を鍛えることは誇らしいですが、その肉体の使い道を誤らないでください。
リーズハルグ神を始めとした神は、人類に苦しんでもらいたいのではありません。ただ、健やかに生きてほしいと思っているのですから」
背筋を伸ばし、まっすぐに言葉を告げる。
大事なのは、大切な人と過ごす日々。それを守るために戦うのです。神になるためではなく、世界を救うのではなく、隣にいる人と楽しく笑うために。
壇上に立つ私と、ロレンソ司祭の視線が交差します。猛るように睨むような司祭の
視線に、笑顔を向ける私。怖くなんてありません。私の隣にはトーカさんがいます。物理的にではなく、精神的に。だから、怖くなんかありません。
時間にすれば、十秒ぐらい。沈黙を破ったのはロレンソ司祭でした。
「…………話になりませんな。所詮は子供の戯言だ」
言ってロレンソ司祭は言って聖堂を出ていきます。ロレンソ司祭と一緒に声をあげてきた聖職者の人達もその後を追うように聖堂を出ます。納得はしてもらえませんでしたが、その勢いは削いだ形になりました。
「いったん休憩にしましょう」
ビュットナー司祭が音頭を取り、会談はいったん収まります。荒れた空気をリフレッシュする意味も含めてでしょう。私は一礼して壇上から舞台裏に降り、ため息をつきます。
「お疲れさまでした、コトネ様。同胞がご迷惑をお掛けしました。彼は些か熱くなりすぎる節がありまして」
ねぎらいの声をかけるのはロレンソ司祭と同じ神を信じるブランザ司祭です。その複雑な表情から、日々ロレンソ司祭と口論しているのが伺えます。
「大丈夫です。意見が違うのは人間ならままあること。同じ人間を守りたいという者同士ですから」
「さすがコトネ様。懐が深い。その心を見習わなくては」
言葉と共にコップに入った水を用意するザンブロッタ司祭。椅子に座ってそれを飲み干し、一息つきます。
「聖女コトネ様、少しばかりお時間をいただいてよろしいでしょうか?」
それを見計らったかのように、声をかけられました。ゆったりとしたローブに身を包んだシスター。ただ神を示す聖なる印はありません。トーカさん風に言えば『こすぷれ』とかでしょうか?
ただそれよりも私を緊張させたのは、その顔です。出会ったのは一度だけ。しかも数分程度。だけどその顔を忘れるはずがありません。
「……リーン」
悪魔。人類の天敵。それが今、私の目の前にいるという事実でした。
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