4:聖女とメスガキは教会の人と話をする

 天秤の神、ギルガス。剣と戦の神、リーズハルグ。生命の母、シュトレイン。それがこの世界における三大神です。天秤は法律を、戦は聖武器を、生命の母は聖魔法を人間に授けたと聞きます。


 トーカさんは『そんな設定があった気がする』などと胡乱な事を言っていますが、この世界に生きる人には常識のようです。神は天空にありて我らを見守っている。そう言った概念が染みついているのでしょう。


「初めまして、聖女コトネ。ギルガス神に仕える司祭プリーストのテオドール・ビュットナーです。以後お見知りおきを」


 天秤神に仕えるビュットナー司祭は、眼鏡をかけたお方でした。独特の挨拶は彼が信仰する神のものなのでしょう。


「リーズハルグ神に仕えるオーバン・ブランザ。此度は協力していただき感謝する」


 剣と戦神に仕えるブランザ司祭は、奇麗なメイスを背負っていました。そのメイスは、彼にとっての聖印なのだと教えてくれます。


「ショトレイン神に仕えるメルクリオ・ザンブロッタでございます。我らが神と一体化をなしたとお聞きし、感涙する余りでございます」


 生命の母に仕えるザンブロッタ司祭は、胸に手を当てて直立不動のままに挨拶をしてきました。私を見る目には、慈愛と優しさを感じます。


 司祭。一般的な宗教では神の教えを伝える役割です。


 トーカさんの話では『枢機卿とか教皇っていうNPCがいたような?』とうろ覚えですが、私が知る階級制度と同じのようです。一般信徒を導く司祭。その上に大司祭、もしくは枢機卿。そして最高位に教皇と言った感じでしょう。


「初めまして。イザヨイ・コトネです。私が神格化したことで貴方達に波紋を呼んでいると聞きました。詳しいことを教えていただけないでしょうか?

 可能であれば、暴走する彼らへの説得を行いたいのですが」


 言って私は頭を下げます。後ろの方でトーカさんが『別にアンタが頭下げる必要ないんじゃない? 困ってるのはこの人たちなんだからさぁ』などと小声で言っているのがきこえました。心配してくれているのと同時に、は本心で面倒くさいとおもっているのでしょう。


「これはこれはご丁寧に。いえいえ、こちらこそご迷惑をお掛けします。コトネ様が協力していただけるなら大きく進展するでしょう。

 ところで食事などはしっかりとられておりますか? 見るに平均体重よりも0.3キロほど軽いようですが」


 そんなことを言うビュットナー司祭。え、体重?


「ビュットナー司祭、コトネ殿は聖杭シュペインと聖衣ローラを身に着けて旅をしている。シュペインと言えば、かのリーズハルグ第6の剣天使と言われたみ使いの名を冠する聖武器。その流線的なフォルムから打ち出される聖なる杭はまさに至高。それを選択する聖女の体重が軽いことなど、些末ではないか?」


 ビュットナー司祭の言動を諫めるブランザ司祭。……あの、私の持つ武器に熱い視線を送ってくるのは、なんなのでしょうか?


「ブランザ司祭。彼女の持つ武器等どうでもいいではないですか。肝心なのは聖女コトネそのものです。聖衣ローラに身を纏って魔に立ち向かうそのお姿。揺れるおっぱい。幼いながらもその心は聖女の名に恥じぬ大人の如く。揺れるおっぱい。聖母のとはまさに包容力。揺れるおっぱい。尊ぶべきは聖女コトネそのものではないですか」


 ブランザ司祭を手で制しながら私の胸部を見ながら言うザンブロッタ司祭。ええと……?


「ザンブロッタ司祭。女性の身体特徴を強調する発言は控えよ、と再三警告されていたのではないのですか? 大事なのは体重。体重は健康に直結します。健康を損なわないためにも体重を気にかけなければ。胸部の発達など些末です」


 ……あの?


「確かに健康は大事ですが、それを守るための武器防具を疎かにはできぬ。聖なる鎧、聖なる武器。神が作り出した聖武器を身にまとえば、肉体的な不利はいくらでもカバーできる。人間の身体特徴など聖武器に比べれば、塵芥」


 ……もしもし?


「いけませんな。人間の本質を見失っては。人は戦いの身に生きるのではありません。戦いが避けられないからこそ、平和な癒しは大事なのです。すなわちおっぱい。それに癒されない人はいないのです。愛。すなわちおっぱいなのです」


 喧々囂々と言い争う三人の宗教家。


「何この変態達」

「それぞれ、罪の重さを計る天秤神司祭と、聖武器を司る戦神司祭と、人の愛を説く聖母神司祭です」

「この世界の教会、終わってない?」

「……少なくとも10数年の間、皇国内の教会をまとめ上げていた実力者ではあります」


 私の背後で、トーカさんとヘルトリングさんがそんなことを言っています。口調から察するにヘルトリングさんから見ても司祭様の言動はあまり常識的ではないようです。


「えーと……体重計司祭と武器オタ司祭とバスト司祭でいっか。アンタら帰っていいわよ」


 しっしっ、と手を払うトーカさん。さりげなく私の前に立ってくれるあたりがトーカさんらしいです。本当はかかわりあいたくないのに。でも……人の名前を覚える気がないのか、そう言う蔑称はどうかとおもうのですが。


「そうはいきません。神との融合を果たした聖女が味方になってくれるというのに、何もせずに帰るなど。それこそ不誠実」

「如何に魔王を倒した者とはいえ、その願いは聞けませぬ。多くの信者が流言飛語に踊らされ、命を失いかねない状況なのだ」

「然り。事は一刻を争います。我ら司祭も本来は宗派が異なる相容れぬ仲。しかし今は人類のためにと手を取り合ったのです」


 三人の司祭はトーカさんの言葉に反論します。彼らも引けぬ状況なのです。


「それに体重計司祭とは不敬です。私は体重以外にも身長を始めとした体の発育を見て取れます。すべてを測定できる意味でメジャーが妥当でしょう」

「武器オタ司祭か。私が武器にしか造形がないと思っているようだがそれは異。私は神から授かりし武器防具全てに造詣が深いのだ。そこを勘違いしてもらっては困る」

「バスト司祭ですか? バストは広義に女性の上半身を指す単語です。しかしそれは胸部にある外観すべてを指す。大事なのは乳房。ならばマンマもしくはブレストかと」


 そして蔑称にも文句を言ってきました。文句……というよりは忠言でしょうか?


「お……おう? じゃあメジャー司祭と聖武器司祭とマンマ司祭で」


 珍しく、トーカさんが気を削がれたように頷いています。なにこの変態司祭達関わりたくない。そんな呟きさえ聞こえてきました。


「自分よりも我が強い人にはトーカさんも弱いようですね」

「アタシがこの人たちレベルでヘンタイみたいな言い方するのやめてくんない!?」

「変態とは失礼な。少しばかり体型に対して細かすぎると非難されるいわれはされますが」

「神より授かった武具に造詣が深いだけで変態扱いとは……口が悪いと聞いていたがここまでとは」

「致し方ありません。彼女はまだ子供の膨らみ。礼儀を知らぬのも道理でしょう」


 私は『いまどこ見てこどもっていったのよ、この!』と叫んで殴りかかろうとするトーカさんを制して、三人の司祭に視線を向けます。


「お話を戻しますが、私がシュトレインさんと一体化したことで問題が起きていると聞きました。そう言った方々への説得を行いたいので、とりなしてもらえますか?」

「もちろんです。神と同化した聖女の言葉なら、彼らも耳を傾けるでしょう」

「日に日に暴走する者の数は増えています。それだけ魔物の脅威から逃れたいという思いが強いのでしょうが……」

「その弱さを救い、そして許すのも我ら司祭の務め。その力及ばず貴方の手を借りることになってしまうのは忸怩たる思いです」


 彼らも現状を憂いているのは間違いありません。彼らに協力し、間違った考えを持つ人たちの目を覚まさなくてはいけません。それができるのは、実際に神と同化した私だけなのだから。


「信者全員がこの司祭みたいにド変態かもしんないけど、やるの?」 

「さ、さすがにそういうことはないかと……思います」


 トーカさんのささやきに、私は少しだけやる気をそがれました。


 そんなことは……ないですよね、多分。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る