3:メスガキと聖女は話を聞く

「そちらもありますが……神との融合を果たしたコトネ殿の件で教会関係者が大騒ぎになっているのです」


 アサギリ・トーカことアタシは四男オジサンのセリフになんとなく嫌な予感を感じていた。なんかめんどくさいイベントのフラグ踏んだって言うか、ここで逃げとかないと面倒なことになるよなってヤツ。


「あー、うん。大変そうね。アタシには関係な――」

「詳しく教えてくれませんか」


 関係ないし、という前に言葉を返す聖女ちゃん。こ、この子はぁ……!? アタシは嫌なのにぃ。毎度のことながら、回避できない。


「コトネ殿が生命の母シュトレインと融合し、空で魔王と戦っていたことは皆が知ることです」


 この子が神と融合したこと。それが魔王と戦っていること。それはすぐに知れ渡った。イベント開始アナウンスみたいなものが世界中の人間に聞こえてきたとか。アタシはその時……まあいろいろあって落ち込んでたから聞いてたけど上の空だった。


「そのことにより、皇国を始め、世界中の天秤神ギルガス剣と戦神リーズハルグ、そして生命の母シュトレインを信望する教会が失われた伝承が事実であることを知りました。

 神に自らの肉体を捧げ、この世界の魔と戦う神格者ディバインと呼ばれる伝承を」


 でぃばいん。アタシの知らない単語だ。正確に言えば<フルムーンケイオス>にはなかった単語。要するに、神様と融合したそのキャラを指す単語ね。次のアップデートとかでもあったのかもしれないけど。


「失伝していた伝承が明らかになった。これ自体は喜ばしい事なのですが……。なにぶん失伝だけあって様々な尾ひれがついていまして」


 四男オジサンはため息をつきながら説明を続ける。その間にアタシはケーキをむしゃむしゃ食べていた。関係ない関係ない。イベントを受けますか? ってコマンドが出たらすぐに『いいえ』を選択してやる。


「尾ひれ、ですか?」

「はい。わかっているのは神と人間が融合できるという事実だけ。どうすれば神との融合が可能かという事はまるで分っていないのです。

 曰く、長き苦痛に耐えれば可能である。曰く、数十年の祈りの末に神が宿る。曰く、巡礼を終えた清い処女を神は好む。曰く、穢れなき十五歳の童貞を神は好む」


 指折り数える四男オジサン。まあ出るわ出るわ宗教家ならではのわけわかんない条件。


「最後のはアンタには当てはまらない条件ね。っていうか神様って性癖歪んでない?」

「神の依り代に潔癖を求める宗教はそう珍しくありません」

「そのくせ神話の神様はエロエロだもんねー。自分は良くて相手はダメとかどんだけよ」


 言ってケーキを口に入れる。甘いクリームと刺激的な果実が交じり合い、口の中に広がっていく。普通においしい。変なこだわりとか隠し味で味を崩さないまっとうなケーキ。


 ちなみに<フルムーンケイオス>にも料理を作るジョブはある。でもそれが作るのはトンデモ料理で、食べたら目から光線が出たり巨大化したりとかそんなのだ。まっとうなお菓子は店にしか売っていない。


「でもまあ、わかんないことに妄想する分にはいいんじゃない?」

「はい。ただの討論なら問題ありませんでした。ですが、それを実践されるとなると大問題です」


 実践?


「修行と称して自らを鞭打ち、食事を断ってただ祈り、教会内の性行為未経験者を募り、神の為と称して束縛する。傍目に見て異常としか言えない行為です」

「……あー。空想じゃすまなかったのね」

「トライアンドエラーは発展のために必要ですが、前提条件が明らかに間違っているのなら問題ですね」


 科学は失敗の積み重ね。だけど明らかに的外れだと分かっていることを積み重ねても意味はない。当人は真剣なんだろうけど、それを違うと言えるのは知っている人間だけだ。知らない人からしたら、もしかしたらと思うだろう。


「で、それが行き過ぎて人が死にそうになっているってこと?」

「はい。暴走する人の中には神にいけにえを捧げるという者もいるようです。

 幸い、教会内にも良識のある者はいます。そう言った人たちが止めてはいるのですが、正直暴走する人達の方がおおく手が回らない状態なのです」

「……なるほど。わかりました」


 言って頷く聖女ちゃん。あ、やばい。またこの子のスイッチが入った。


「私が彼らとお話をします。神格化した私の話なら、耳を傾けてくれるでしょう」

「あ、そう。がんばってー」

「ついてきてくれないんですか?」

「アタシ関係ないもん」


 宗教の話とか勝手にやってよね、って感じで手を振るアタシ。実際、アタシが出向いてやる理由はない。神格化したのは聖女ちゃんだし。


「むしろアタシはかみちゃまと融合したアンタを分離させたんだから。その手の連中からしたら敵でしかないわよ。言ったら話がこじれちゃうもん」

「……確かに。トーカさんは余計なことを言って相手を怒らせそうですね」

「余計じゃないわよ。真実よ。それを言われて怒るなんて器がちっちゃいってだけよ」

「トーカさんが説得とか交渉にまるで向かないことはよくわかりました」


 いえ元々わかってましたけどね、とばかりにため息をつく聖女ちゃん。なによー、素直に意見を言うのが悪いっていうの? ちょっと言いすぎることはあるかもしれないけど、それぐらいは笑って受け流すのが愛嬌じゃない。


「こちらから水を差しておいていうのもなんですが……よろしいのですか、コトネ殿?」

「はい、急ぎの用もありませんし。むしろこちらは火急の問題です。誤情報が引き起こすトラブルは、早期に解決しておく必要があります」


 人間は何処までも自分の都合のいい情報を信じる。認知バイアスだっけ? 自分の妄想に合致する情報は何でも信じてしまうってヤツ。風邪をひいたときに好きなチョコレートを食べて栄養を賄ったら元気になった。つまりはチョコは万能薬だ!


 で、それで支持されて大勢の人が信じだしたらもう最悪。『いいね』が多い商品は無条件でいいものだと思ってしまうものだ。そして多くの人に支持されたら発信した人もいい気になる。そうなると言い出した人も止まらない。ブレーキ無しの大暴走。


 アタシとか聖女ちゃんはSNSとかを通じてその辺は身に染みて知ってる。なんでそうなる前に手を打とうとするのだ。アタシはやらないけど。絶対関わらないけど。……でも風邪薬がチョコになるのなら、それはそれで協力したい気もする。


「分かりました。すぐに信頼できる教会関係者に連絡を取ります。詳細はその時に詰めましょう」

「はい。しばらくはオルスト皇国に滞在するつもりですのでよろしくお願いします」


 四男オジサンは執事に声をかけ、連絡やらなんやらを任せる。ステータスのチャットで連絡を取り、今日中に会談する流れとなった。


「有名人は大変ねー。アタシはしばらくケーキ食べてるわ」

「何を言ってるんですか。有名度で言えば魔王<ケイオス>を倒したトーカさんの方が高いですよ」

「そうね。『魔王より俺達を守れ』とか『世界の危機で遊ぶとかどういう心境だ』とかそんな感じで有名ね、アタシ」


 へらっとアタシに対する悪評を口にする。もう見飽きたと言ってもいい魔王を倒したアタシへの意見だ。こういうのは日に日に増えていく。


「私は、トーカさんの事を誇りに思ってますよ」


 そしたら、マジトーンになってアタシの手をつかむ聖女ちゃん。これ以上何か言ったら泣きそうな、そんな顔だ。


「私だけじゃありません。ルークさんも、ソレイユさんも、ヘルトリングさんも。トーカさんと一緒に戦った人たちは、絶対トーカさんのことを誇りに思っています。

 だから、いい加減な噂に振り回される人達をどうにかしたいんです」

「……うん、ありがと」


 掴まれた手を握り返すアタシ。


 知らない人たちにぼろくそに言われて、知らないうちにダメージを受けていたのかもしれない。握った手に癒されながら、そんなことを想っていた。

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