2:聖女はメスガキと皇国に戻る
時系列を少し戻します。魔王討伐後、アルビオンで紅茶を飲みながら、どうしようかという話題になりました。
「オルスト皇国に戻って、魔王討伐の報告をしましょう」
私――イザヨイ・コトネがそう言うと、トーカさんはものすごく嫌そうな顔をしました。理由は予想できます。
「えー? あのバカ皇子のところに戻るの? 会う意味なくない?」
トーカさんはクライン皇子のことを善く思っていません。それはクライン皇子が性格的に人を上から見下す人間とは相いれないという事もありますが、私を魔法の指輪で操ったというのがあるようです。
「クライン皇子はともかく、私達を召喚した人たちは魔王討伐を命じました。それが終わったという報告は必要だと思います」
「まっじめー。ほーれんそー? とかめんどくさーい。っていうかアタシが魔王を倒したことはもう知れ渡ってるじゃない」
この世界はステータスを介した情報伝達が発達しています。イベント告知アナウンス? レベルアップなどを伝えるあの声が魔王討伐を伝えました。今やトーカさんが魔王<ケイオス>を倒したことは、世界中の人間が知っています。
まあ、それはそれとして報告は大事です。
「早い報告は大事ですよ。城の人も詳細な情報を求めているでしょうし」
「アタシ、その城の人にいきなり投げ出されたんですけど」
「ええまあ、酷い話だとは思いますけど」
トーカさんの経緯は旅の途中でいろいろ聞いています。トーカさんは気楽に楽勝と言いながらしゃべってましたが、いろいろ差別的な扱いを受けていたようです。その辺りは少し怒りを感じています。
「フレンドチャットでいろいろ連絡したじゃない。それでよくない?」
「私達の知人には伝えましたが、それがオルスト皇国に伝わったとは限りません。形式的にも直接出向いた方がいいです」
「やーだー。アタシここでずっと紅茶飲んでる。スコーン食べてる。やーだー」
あ、トーカさんのワガママモード発動です。頬を膨らませてのおかんむり。でも紅茶とスコーンですぐに機嫌が直る。このころころ変わる態度がかわいい、と思ってるのは秘密です。
「オルスト皇国に行くと、ヘルトリングさんのケーキが待ってますよ」
「ヘルトリング」
「トーカさんがお世話になった貴族です。獄中でもケーキを届けたと聞いていますが」
「四男オジサンのケーキ……」
駄々をこねるトーカさんに、私は切り札を出します。同時に眉を顰めるトーカさん。いろいろ脳内で葛藤しているようです。むーむーと唸り、
「……式典とかあっても、アタシでないからね」
「はい。考慮します」
式典など政治的なことに関りたくないトーカさん。自分を旗に使われるのが大嫌いなトーカさんは、この手のセレモニーを避けようとします。見知らぬ誰かを信用せず、壁を作っているのです。
そのくせ自分の知人は何が何でも助けようとします。壁の外側と内側の人間に対する態度が大きく異なる……というよりは壁が分厚すぎるのでしょう。もともとは普通に優しい人なのに、壁が厚すぎて誤解される。
……その壁の拒絶があの悪態であの態度なのは如何なものかと思うわけですが。それがなければトーカさんはもっとみんなに受け入れられて、評価されているはずです。
閑話休題。そう言う流れでアルビオンを立つ私とトーカさん。
ソレイユさんは新しく入ったお仕事があるらしく、ここでお別れをすることになりました。
「妖精クエスト終わったんじゃないの?」
「そっちは終わりましたが……何故かアズマアイランドからオーダーが入りました。トーカさんが魔王退治の時に着てた『シノビスーツ』を大量に作ってくれと。
『魔王を倒した勇者の服を売ってもうけるんやー』と」
「アタシが魔王倒した時の服を、なんでアズマアイランドの人が知ってんのよ……」
「トーカさん、魔王との戦いのときに忍者みたいな人と一緒に戦ってたじゃないですか。その人が教えたんじゃないですか?」
「そっち経由かー」
ゲームと混同しているのか、トーカさんはこういう所が甘いです。
「なので今からアズマアイランドまで移動です。ヤーシャまで戻ってそこからアズマアイランドに向かう馬車に乗る形ですね。少々長旅になります」
「しょーがないわね。アタシがアズマアイランドまで送ってあげるわ」
言ってトーカさんが取り出したのは、一冊の本。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
★アイテム
アイテム名:旅の追憶
属性:アイテム
装備条件:なし(譲渡不可)
解説:魔王を倒した者に与えられる本。旅の足跡を仲間達と共に歩もう。
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「魔王を倒したらもらえるアイテム『旅の追憶』よ。今まで言ったある町やダンジョンの入り口までパーティ丸ごと一瞬で移動できるの」
言うと同時にトーカさんは本を開き――次の瞬間、少し湿った潮の香りがする空気が肌を撫でます。日本に似た建物や景観が目に移ってきました。……日本に似た気候。ここがアズマアイランドなのでしょうか?
「何と……。ルークさんの翼もたいしたものですが、これはなかなか」
「おにーさんの【天使の翼】が役立たず扱いされるのはこの本のせいでもあるけどね」
アルビオンから一瞬で東の果ての島国まで移動した。その事に驚いている間に、2人は別れを済ませています。
「旅のご無事を祈ってます。トーカさんが式典に出てドレスが必要なら、いつでも呼んでください。地の果てからでもやってきますから」
「おねーさんの場合、違った意味でやってきそうで怖いわ。ちょいえろドレス作らせろ的なロリコン的執念で」
「そういう意味ですが?」
「ちょっとは感動的に浸らせてよ!?」
「そう言う皮肉を言うからですよ……」
そんな会話と握手の後に、私たち2人はその本の力でオルスト皇国に移動します。
ちなみにルークさんはあの戦いの後、アルビオンですぐに別れました。
「魔王は討たれたが、様々な街で魔物の襲撃を受けているという話を聞く! 戦いを治めるために、貴方に捧げた我が剣を使うことを許してほしい! それでは!」
魔王が消えて統率されなくなったモンスターたち。街を襲うモンスターの報告を聞き、パーティを抜けてルークさんは文字通り飛んでいきました。別れの挨拶を言う暇もなく。
あの人もトーカさんにいろいろ思う所はあるのでしょう。ですが自分の気持ちよりも困っている人を見捨てられない性格なのです。そういう所は好感が持てます。……この本の事を知っていれば、移動も楽でしたのに。
「……忙しないわねー」
トーカさんの言葉にうなずくことしかできませんでした。
ともあれ本の力を使ってオルスト皇国に到着し、ヘルトリング家に向かう私達。連絡を入れてあったこともあり、城前でヘルトリングさんがトカゲが引く車を用意して待っていました。
「お久しぶり! 魔王倒してきたわ。ケーキちょうだい!」
トーカさんの脈絡のないあいさつ。トーカさんの中では繋がっているのでしょうが。
「トーカ殿、お久しぶりです。……その手の発言は、人が見える場所では控えてください」
その挨拶を制するようにヘルトリングさんは口元に指を当てます。
「何よ? オジサンもアタシが魔王倒してイラついたクチ?」
トーカさんが魔王を倒した後にさんざん言われているのは知っています。曰く、『倒せるならもっと早く倒せ』『遊び人のくせに生意気だ』『魔王倒すよりも俺達を守れ』『英雄は国民を守るのが義務だろうが』……等。
「まさか。トーカ殿の功績を喜びこそすれ、それを貶すことなどできやしません。トーカ殿の功績を悪し様に言う声に怒りすら感じています。
ですが、今この場は控えていただけるとありがたく。いろいろな問題が発生しておりますので」
ヘルトリングさんの顔には、個人として抱く怒りの表情と貴族として抱く堪える表情がありました。それを感じ取り、私は頷きます。
「はい。トーカさんもわかっています。ヘルトリングさんの送ってきたメッセージを見て、嬉しそうに笑ってましたし」
「別に嬉しくないし笑ってないわよ」
「嬉しそうに笑ってましたし」
「強調すんな。繰り返すな」
繰り返す私のお腹を肘でつついてくるトーカさん。ヘルトリングさんは誤解なんてしないでしょうけど、トーカさんが喜んでいたことだけは伝えたい。貴方の言葉が、皆の言葉が、トーカさんに伝わっていることを。
それを何度も見て、すごく嬉しそうに笑っていることを。……悪意にさらされて辛いはずなのに、それでも皆さんの言葉を笑える力にできる。トーカさんは、そういう人です。万の悪意を受けても一の善意で笑って立てる。それがトーカさんの強さです。
……多くの悪意に、心を痛めていないはずなんてないのに。
「はい。大義をなした英雄に、惜しみない賞賛を。吾輩の作ったケーキがそれに値するなら、幸いです」
「そうね。オジサンのケーキが待ってるし。行きましょ」
「はい。よろしくお願いしますね」
それをもう少し素直に表現できればと思うけど、その不器用さもトーカさんなのです。
「ったく、みんな悪魔に踊らされて情けないわね。インフルエンサーのいう事にうんうん頷くバカばっかりで困るわ」
「悪魔のステータス干渉に抵抗できるのはトーカさんぐらいですから仕方ないかと。
とはいえ悪魔も無条件でステータスを弄れるわけでもないでしょうから、いいように扇動されているのは間違いないと思います」
「トーカ殿の悪評も問題ですが、差し当たって解決しないと問題もありまして」
馬車の中に乗り込み、そんな会話をする私達。その会話にため息とともにヘルトリングさんが割り込んできました。
「なによぅ、アタシが散々やり玉にされるのがどうでもいいって?」
「そうはいっておりませんが、こちらは人が死ぬほどの騒動ですので」
「モンスターの侵攻ですか?」
「そちらもありますが……神との融合を果たしたコトネ殿の件で教会関係者が大騒ぎになっているのです」
――そして私たちは『神格化』をめぐって一部の宗教関係者が暴走していることを聞くのでした。
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