閑話Ⅴ
悪魔達はたそがれない
「アンジェラさん、魔王<ケイオス>が撃たれたと聞きましたがどういう――!」
「魔王を毒殺するとかありえんのじゃああああああああああ! びえええええええええええええん!」
「……えー」
悪魔達しか侵入できない亜空間に、アンジェラの泣き声が鳴り響いていた。あまりと言えばあまりのギャン泣きに、リーンはかけるべき声を失う。
魔王<ケイオス>が倒された。
それを知ったリーンはアンジェラに何があったかを聞きに空間に移動したところ、アンジェラが思いっきり泣き叫んでいるのである。気勢がそがれても致し方ないだろう。
魔王<ケイオス>は、モンスターを統治するための王として設定された存在だ。悪魔は直接人間に攻撃できない。そのために、人類殲滅はモンスターを用いて行われることになる。<ケイオス>はモンスターに命令し、同時に統括するための存在だった。
下位モンスターに対する絶対命令権。そして一段階高い戦闘能力。自らを作り出した母の名を冠するモンスターにふさわしい仕様となった。単純な戦闘力で言えば、仮にオルスト皇国の軍隊が攻めてきたとしても<ケイオス>一人でひねりつぶせるほどだ。
これまで悪魔達は魔王<ケイオス>を用いて魔物に命令を出し、統括していた。それは支配という意味ではない。勢力配置や兵站などの分担、下部魔物組織への対応。放置すれば互いに殺し合う魔物達の摩擦緩和。そう言った組織運用としての王の役割を担わせていた。そして<ケイオス>は悪魔が満足するほどの結果を出した。
これらの事は悪魔達三人ができないわけではない。正確には、能力的にはできないわけではない。だが――性格的に相性が悪かった。
アンジェラは設定オタクの中二病だ。よく言えば、カッコよさを第一に求めてしまう。悪く言えば、カッコよさ以外はどうでもいい。設定に沿って魔物を作ったりするのは得意だが、作った魔物を制御するのは得意ではない。というより興味がない。
テンマは粗暴で雑だ。力ですべてを支配するタイプなので、彼が魔物を支配すれば弱いものを消費していく縦社会になるだろう。それはある意味暴力的な魔物らしい社会構造になるのだろうが。
一番上手く魔物を統治できそうリーンなのだが、彼女は王という座に興味がなかった。誰かを罠に嵌めて、それが成熟するのを待つのが好きだ。そのためには地位という足枷はあまり持ちたくない。
そう言う理由もあり、モンスター統治は魔王<ケイオス>に丸投げしていたのだ。
「えーと……アンジェラさん? 勝手に魔王<ケイオス>を連れて行ってアサギリ・トーカにぶつけ、そして負けたことに関する報告をしてほしいのですが」
「妾悪くない! あんな毒があるなんて妾のせいじゃないもん!」
「あー、はいはい。とりあえず経緯をお願いします。誰も怒っていませんから。テンマさんみたいに人類に殴りかかって、存在欠損させられたわけじゃないですから。ね?」
「うううう……」
泣きじゃくる同僚をなだめすかして、ようやく落ち着かせるリーン。アンジェラの話を聞き、その詳細を脳内で整理する。
「……なるほど。それは」
「酷いじゃろ!? 先ずは圧倒的な魔王を前に撤退して、新しい力を手に入れるために修行するとかの流れじゃろうに。その修行用の場所にもいろいろ仕掛けて、心折れなかったら再挑戦。最後は世界中のみんなの力を集める剣を用いて――」
「あ、その辺はいいです」
喋り続けるアンジェラを制するリーン。
「魔王<ケイオス>討伐により発生した問題は、3つ。……いえ、2つですかね?」
「2つぅ? 妾のハイスペックで超ド級なネーミングセンスが明らかになったという事か? まだまだ凡人には理解できぬだろうがいずれはそれが常識になり、その時には妾は新たなる
「はいはい。とにかく問題は2つです」
「妾のセンスがどうでもいい扱いされたぁ!?」
話進まないですねぇ、とイラっとする心を押さえながらリーンは説明を続ける。
「1つ目。他魔物の影響です。
アンジェラさんが作った魔王<ケイオス>のカリスマは大きかったです。それが消えてしまえば、魔物達に動揺が走ります。怯えてダンジョンに籠る者もいれば、第二の魔王になろうとはしゃぐ者もいます。集団で動く魔物。個人で動く魔物。それらが野放図になってます」
「うむ、群雄割拠という奴じゃな。世はまさに、魔物戦国時代という奴か」
「魔物同士で争うことも珍しくなりません。戦力を削りあってる状態です。
このまま魔物達を暴れるままに任せるもよし。三人でステータス干渉して抑え込むもよしですが、どうします?」
「何故抑えねばならぬ? 面白そうではないか。戦争戦争大戦争じゃ!」
「戦争って後処理が面倒なんですけどね」
戦争という単語に喜ぶアンジェラ。その後処理を考えて肩をすくめるリーン。魔物同士が争い合い、ただ楽しいか面倒か。悪魔からすれば、その程度の問題だ。
「2つ目。神格化した人間の登場。神の力を降臨させ、その力を得た人間。その段階まで英雄が成長したという事実もそうですが、神の力を得た人間は私達に対抗するだけの力を得ます」
「心配するでない。あの程度なら妾でも対抗できる。おぬしやテンマなら100年程度で一捻りじゃ」
「今回顕現したのが戦闘向きでないシュトレインで、しかも半分の力しか顕現していませんでした。戦闘向きのリーズハグルが完全神格化すれば、厄介です。純粋な戦闘力で対抗できるのはテンマさんぐらいですから。
そして何よりも、その存在が知られたという事が大きな問題です。悪魔に対抗する手段。時間をかけて人類の歴史から失伝させたというのに」
「よいではないか。また愚かな人間どもが神に生贄を捧げる儀式を復活させるかもしれんぞ。レベルが足りぬ輩を次々殺し、勝手に死んでくれるのじゃからな」
「そううまく歴史を繰り返してくれればいいんですが」
リーンが懸念するのは、自分たち悪魔に対抗する手段を知られたことだ。
神格化。神と融合する手段。解除されたとはいえ、その成功例が出てしまったことだ。それを知った人間が悪魔に対抗するために何をするのか。かつて行われた愚行を繰り返すのか。或いはきちんと情報を精査し、正しく神格化できるようになるのか。
「まあしばらくは様子見ですね。人間達を扇動してアサギリ・トーカに嫌がらせをするように仕向けましたが、どうなることやら」
全身の力を抜くようにため息をつくリーン。町の中で発言力を持つ人間を中心にステータス干渉を行い、アサギリ・トーカに対するヘイトをバラまくように仕向けた。元から悪評高いこともあってか、アサギリ・トーカへの怒りはかなり広がった。
とはいえ、それが通じなかった街もある。チャルストーンやヤーシャはその声がすぐに掻き消えた。アサギリ・トーカに対する感謝の心が強いのだろう。ステータスを弄った人間も、その勢いに飲まれて身をひそめるほどだ。
「そういえば最初は3つと言っとったな? 他に何かあるのか?」
前の2つ、あまり妾関係ないがな。そんな顔で問いかけるアンジェラ。こうして聞くのも、会話が続かないから聞く程度でしかない。
「たいしたことではありませんよ。存在欠損されたテンマさんですけど、アンジェラさんがいない間に魔王城の封印を解いて色々アイテムを持っていきました」
「あヤツ、お母さまにかなり力削がれて悔しがってたからのぅ。普段妾の事を引きこもり陰キャと馬鹿にするからいい気味じゃ。
って、魔王城の封印を解いたぁ!? あ、あ、あ、あ、あそこには妾が丹精込めて改造した諸々のオリジナル武具があるんじゃぞ!
テンマぁぁぁぁぁぁぁぁ! 勝手に何しとるんじゃあああああ!」
「アンジェラさんも魔王<ケイオス>を勝手に持って行ったんだから同罪ですよ。そもそも魔王<ケイオス>がいれば奪われる前に報告が届いて止めれたでしょうに」
作ったモノを奪われて激昂するアンジェラ。そんな様子にため息をつくリーン。
「たまにはゆっくりしたいんですけどねぇ、はあ」
しばらくは激動する魔物情勢の観察に忙しい。それに自分勝手な同僚と、調子に乗る人間達もいる。ゆっくり紅茶にたそがれる時間は遠そうだ。
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