31:メスガキは魔王を倒した英雄への声を聞く

『この空間はもう閉じまちゅよ。貴方達は自分の世界に戻りなちゃい』


 とか言う声が脳内に聞こえたかと思うと、アタシ達はブラウニーがいる教会にいた。帰還アイテムを使ったかのような浮遊感もなかったので奇妙な感覚。目が覚めたら白だらけの空間に景色が付いたような感じだった。


「おお、これはこれはお二方! 無事にお戻りできてよかったです! 我々ブラウニーたちは全員貴方達の安否を気遣っておりましたが、これで枕を高くして眠れるというもの。天空の雲も元に戻り、魔物達も何やら撤退しておとなしくなりました。どのような事が起きたかは我々にはわかりませんが、とにかく世界が平和になることを祈るのみです。ともあれ今日はお二人の無事を祝して特製の茶葉を――」


 あ、うん。いつもの大仰で丁寧な口調に戸惑いながらも、情報をまとめると。


「アタシが魔王を倒した直後に魔物の大攻勢が引いて、空も元に戻ったみたいね」

「魔王<ケイオス>が魔物を扇動して統率していましたから、その旗頭が失われたのなら一時引くのが正しい動きです。魔王<ケイオス>を倒した相手が誰かを探し、その牙が自分に向くかどうかを探っているとことでしょう」

「自分の安全大事だもんね」


 世界規模で行われていたモンスター襲撃イベントは、魔王<ケイオス>を倒したことで終結した。まあ、これは予想通り。だけど――


「知性のない魔物はそれを理解できずに暴れ続けているようです」

「町の人達も『あれだけの魔物がいたなんて』『あのまま攻められたら、間違いなく街は落ちていた』『何とか耐え忍んだが、あの数がまた攻めてくると思うと……』と言った感じで不安な空気に満ちています」


 アタシや聖女ちゃんやおねーさんはフレンドチャットなどを使いって各地の世情を確認していた。捨て駒にされたのかあるいは単に暴れたかっただけなのか。未だに町を攻めている魔物もいるわ。


 おにーさんはそういった街に飛んで行き戦っている最中だ。ほーんと、熱血なんだから。お礼言いたかったのに。


 どうにかしのいだ街も、被害が酷かったりして落ち込みモード。ついでに言うと、多くの魔物が野にいることが再確認され、その脅威にビビってる。大きく疲弊して、次攻められたらどうなるかわからないと夜も眠れないとか。


「なんだかなぁ。魔王倒してめでたしめでたし、には程遠いかも」


 魔王を倒したトロフィー『ボスキラー:魔王<ケイオス>』。ステータスに刻まれたこのトロフィーは紛れもなく魔王を倒した証である。神や悪魔――の上位存在である満たされた何とかが作ったステータスはこの世界では誤魔化し不可の証明書だ。アタシが魔王討伐を疑う人はいなかった。


「魔王は討たれたんだヤッター!」

「俺達は魔王に勝ったんだ! 魔物だってどうにかなるぞ!」


 と、前向きになる人はごく少数。四男オジサンとかを始め、アタシに好意的な人たちだ。


「遊び人が魔王を討った!? そんな馬鹿な! ……いや、トロフィーは確かに……!」

「どうやって魔王を……毒殺!? 毒を盛って逃げ続けたぁ!? ええー?」


 アタシの魔王退治とそのやり方に懐疑的な人間はまだマシな方。


「倒せるならもっと早く魔王を倒しやがれ! トロいんだよ!」

「遊び人に倒せるんなら、他の英雄様でも倒せただろうが!」

「お前が遊んでる間に、何人死んだと思ってるんだ!」


 大半がこんな感じの文句とか、


「魔王に向かう余裕があるなら、俺達の街を守りやがれ!」

「国に召喚されたくせに、なんで国の人間を守らないんだ!」

「守る優先順位を間違えるな! これだから子供は!」


 自分達を守らずに魔王に向かったアタシへの批判だった。


「酷すぎます! トーカさんが魔王<ケイオス>を討たなかったら、モンスターの侵攻はまだ続いていたのに!」


 怒りの声をあげる聖女ちゃん。実際に魔王や悪魔と相対し、地上の惨状に心を痛めていたからこそ、その怒りも大きいんだろう。


「トーカさんがもっとうまくやれば、などと言えるのはただの結果論です!」


 同じく怒りの声をあげるおねーさん。


 ――そしてこれは聖女ちゃんがこっそり教えてくれたけど、街に救援に向かった天騎士おにーさんも、


「救援に向かった街で言われたんだが『アンタは偉いねぇ。俺達を守ってくれて。人を守らなかった遊び人とは大違いだ』『魔王と遊んで倒したことにしたんだろう? アンタはあんな風にはなるなよ』と、遊び人トーカに対するヘイトは高い。本人には黙っておいた方が言うだろうが――」


 とかそんなことを言われていたらしい。おにーさんは黙っていてくれ、と言っていたみたいだけど。


「トーカさんの相方として注意してくれ、って言われました」

「黙ってないじゃん。まあ、黙らなくてもいいけど」


 とまあ、あの善性にポイントガン振りしたおにーさんでさえ難色を示すぐらいにアタシは多くの人に憎まれているようだ。


「ストレスぶつける相手にちょうどよかったんでしょうね、アタシ。

 生意気で遊び人で子供で。罵っても反撃しそうにない場所からならいくらでも言えるんでしょ。器がちっちゃいわね」


 アタシはクールにそう言い返す。


 今回のイベントで多くの犠牲が出た。それはまあ、物理的な破壊だったり、人の死だったり。精神的な圧力だったり夜も眠れない不安だったり。防衛に回っていた兵士以外にも多くの人間が命を失った。壊滅した町も少なくないだろう。


 明日自分の命がないかもしれない。そんな不安の中、そう言った人たちを守ろうとせずに魔王を討ったアタシ。全然事情を知らない人から見れば、そんな事よりも俺達を守れとなるだろう。魔王を討つよう余裕があるなら、街を守れ。


 魔王を討てば戦争が終わる。それを知らない人間からすれば、アタシがやったことは単に名誉とかスキルポイントとかに目がくらんで出し抜いたようにも見える。事実、そう言った批判もある。それは否定しない。


 ついでに言うと、アタシは戦争を終わらせるために魔王を討ったんじゃない。魔王討伐はいろいろあってのなのだ。自分勝手と言われれば、それは否定できないわ。


「……むぅ。なんでトーカさんがそこで冷静なんですか。ここまで言われて悔しくないんですか?」

「別に。人間なんてこんなもんでしょ? 自分の都合でいろいろ言うつまんない奴ばっかなのよ。

 ま、そうじゃない人もいるけど」


 アタシは言って肩をすくめた。


 いろいろヘイトをぶつけられるけど、アタシの為に怒ってくれる人や心配してくれる人もいる。


『さすがでございます、トーカ殿。大義を果たす方と思っていましたが、まさか魔王退治とは。感服する次第でございます。何かあれば我がヘルトリング家をもって援助いたしますので、どうかオルスト皇国に戻られた際には立ち寄ってください』


『わおわお! 魔王退治したんだって、さっすがー! アミーちゃんも負けずにコンサート頑張るぞ! 復興チャリティーコンサートで各地を回るぜぃ! いろいろあるだろうけど負けるなよ! ファイトファイト!』


『やったナ、トーカ! ダーもトーカに負けないぐらいに強くなるゾ! こっちが落ち着いたラ、また会オウ!』


『死さえも払ったのなら、闇を払うのも道理。その笑顔、その遊び心、素晴らしき哉。我が刃がその笑顔を曇らせるものを払おうぞ。三千世界離れようとも、死の刃からは逃れられぬのだから。

(訳:魔王討伐おめでとう。遊び人マジ強! なんかあったらすぐに行くからいつでも読んでね。って言うか追いかけるから!)』


 フレンドチャットで送られてきたメッセージ。苦しい世情の中、同じようにストレスを感じながらもアタシのやった事を喜んでくれる人。


「……だから大丈夫」


 この声がなかったら、この温もりがなかったら、アタシは人間なんてつまんないって見限ってただろう。クリア後ダンジョンに籠って、黙々と自分を鍛えてただろう。だってアイテム激ウマだし。未知の夢世界とかどんなんだろうって感じだし。


「それに火をつけたのは誰か、っていうのはまるわかりだしね」


 ほぼ一斉に蜂起したアタシへのヘイト。ステータスを通した通信が可能な世界観だけど、このタイミングで一斉に爆発させるのは明らかに仕込まれていたとしか思えない。そしてそんなことしそうな輩は、限られる。


「え? 誰かが仕掛けたんですか? これ?」

「口が上手くて胸の大きさで男を騙す悪魔がいたでしょ。あいつのせいに決まってるじゃない」


 ステータスに干渉して、魔物の力を与える悪魔。あの正義一直線のおにーさんですら騙くらかしたのだ。惰弱でメンタルザコな人間なんか、一発だ。


「……リーン、ですね。確かに瞬間移動やステータス操作を駆使すれば世界規模での扇動は不可能ではありません」

「あの色ボケ露出悪魔、そう言うの得意そうだもんね。アタシをへこませて泣かせるつもりだったんだろうけど」


 そうはいくもんですか。アタシはアタシの思うままに生きるんだから。


 そう思ってからアタシは『魔王を倒した後は何をしよう?』という疑問に思い至る。闘技場に入り浸る? アイテムコンプでもやってみる? それともEXダンジョンに籠ってみる? いろいろやってみたいことはある。


「ま、あの悪魔をどうにかしてからよね。その辺りは」


 だけど、悪魔がきっとそれを許さないだろう。魔王を倒したアタシ。ステータスを弄れないアタシ。世界を滅ぼす可能性を持つアタシ。それを悪魔が放置してくれるとは思えない。


 これまで交差してきた悪魔達。神、そして世界そのものともいえる<満たされし混沌フルムーンケイオス>。

 それらからもう逃れられないだろうことを、アタシは漠然と感じていた――

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