30:メスガキは魔王を倒してエンディングに――あれ?

「イザヨイ・コトネとの神格化を解除。再構成完了」


 さんざん泣いて気が付いたら座り込んでいたアタシ達の耳に、そんな声が聞こえてくる。


「ご迷惑をおかけちました」


 見ると、そこには見たことのない人がいた。美人というか包容力の高い優しそうな顔をした女性。すらりとした大人体型。背中には半透明の8枚の翼があった。


「……誰?」

「この姿では初めまして。聖母神、あるいは生命の母のシュトレインでちゅ」

「シュト……もしかしてかみちゃま!?」


 アタシはその女性の上から下までを3度見上げて見下ろす。へ? かみちゃまって赤ちゃんだったのに、その、えーと、いきなり大人の姿になってるんですけどなんで!?


「はい。二分割された力を融合ちゃせ、本来の姿に戻りまちた」

「……その姿でも喋りは赤ちゃん口調なんだ」

「何か問題でもありまちゅか?」


 いや、違和感って言うか……でも、アウタナとアルビオンを間違えるぐらいの方向音痴だし、もしかしたらこれが素なのかもしれない。


 こんな姿になってることや、分割した力が融合したとか言ってるってことは、神格化とかは解除されたんだろう。その証明に、聖女ちゃんはいつものように真面目にかみちゃまに向きなおり頭を下げる。


「シュトレイン様。お助けいただいたご恩を反故するような形になってしまい、申し訳ありませんでした」


 彼女からすれば『アタシを助ける代わりに、神に体を捧げた』のだ。だけどそれは解除された。反故という言い方は、アタシを助けたのに体は捧げなかったという、約束を破ったという事なんだろう。


「構いまちぇん。あの状況で選択を迫ったのはアタチでち。むしろ辛い選択を強いたこちらに責任がありまちゅ。重ね重ね、お二人にはご迷惑をお掛けちまちた」

「ええ。迷惑だったわ。ドロップアイテムの中にいたり、悪魔との喧嘩に巻き込まれたり」

「前者はともかく、後者はトーカさんの行いのせいでは?」

「うるさいわね。とにかく迷惑だったの」


 謝罪するかみちゃまにふんぞり返って言うアタシ。そんなアタシを窘める聖女ちゃん。……うん。普通にこういう返事が返ってくるのが、嬉しい。


「……迷惑だった。だけどアンタのドジがなかったら打つ手なしだったもんね」


 聖女ちゃんの神格化とかが解除できたのは、このかみちゃまが双子の塔に降臨して二つに分かれたからだ。このドジがなかったら、神格化の解除はできなかった。それを想うと、まあアリなドジだ。


「そもそもあの場面で逃げられませんでしたからね」

「ラスボスがアクティブに出歩くとか反則なのよ。アタシに倒されるのを城で待っててなさいっていうの」

「それもどうかと思いますけど」


 RPGのお約束を破ってやってくるとか、情緒に欠けるのよ。アタシじゃなかったら手も足も出なかったわよ。


「とにかくこれでおしまいね。魔王倒したんだからエンディング。世界は平和になってめでたしめでたしってね。クリア後のEXダンジョンとかアップデート予定の夢世界ナイトメアとかあるだろうけど」

「……おしまい?」

「そうよ。大抵のRPGは魔王倒したら終わり。進攻する魔物も一旦引いて、人間はこれから魔物の脅威に怯えることなく過ごしました。そういう流れよ」


 あのアホ皇子も魔王の侵攻が云々とか言ってたし、まあそんな流れになるんじゃない?


「本当に、そうなるんでしょうか?」


 慎重に言葉を選ぶように聖女ちゃんが言う。


「……どういうこと?」

「トーカさんが魔王を倒したことは大きな進展です。あれだけの強さを持ち、魔物を統率していたカリスマが倒れれば、確かに軍としての勢いは止まるでしょう。

 ですが、それは支配する者がいなくなったという事でもあります。統率者のいないモンスターが大人しく平和的になるのでしょうか?」


 言われてアタシはこれまで出会った魔物を思い出す。人を食うオーガ。疫病を振りまく吸血鬼。ウェンディゴみたいな動物みたいに過ごす輩もいれば、人間を襲うために徒党を組む輩もいる。


「加えて言えば、本当の意味で魔物を管理しているのは悪魔の三人です。表立って支配者として君臨しないのは、おそらく彼らの母から禁じられているからなのでしょう。だから魔王というカリスマを置いたのだと思います。

 彼らにとって敬意を持てる母の名。<ケイオス>を名前として」


 魔王を倒せば魔物が大人しくなって、平和になる。


 冷静になって考えればそれは『物語のお約束』でしかない。物語をいい形でしめるための都合のいい流れ。でうす、えくす、まきな? そんなヤツだ。悪の親玉を倒してめでたしめでたし。そんなおしまいの話。


 だけど、悪の親玉を倒したら子分が全員改心するなんて普通はない。ビビッて引っ込むことはあるだろうけど、それからどうなるかはそいつ次第。そのまま大人しくなるか、或いは悪いことをした味を忘れられずに暴れるか。


 人間だって、刑務所に入ったあとは悪事をやめる人もいればそうじゃない人もいる。魔物だって、いろんなやつがいるだろう。そして、大概の魔物は普通の人よりも強い。そして大抵の存在は、自分より弱い奴に遠慮なんかしない。


 善性で戦いをやめる、なんてアタシは信じない。戦いをやめるのはリスクとリターンを考慮してリスクが高いからだ。あらゆる生物は他人から何かを奪って生きていく。そのリスクが高いから手を出さないだけでしかない。


 可愛そうだから、という理由で豚や牛の肉を食べない人もいるだろう。だけど、食べる人間の方が圧倒的に多いからお肉の生産は止まらないのだ。手を出してオイシイ思いが得られるなら、誰だってそうする。アタシだってそうする。


「アタシがあの悪魔なら」


 これまで出会った三人の悪魔の性格を考えてみる。


 先ず巨乳悪魔リーン。契約して人間を魔物化する女悪魔。暴れる魔物で人間を不安にさせ、魔物に対抗する力を求める人間と『契約』して勢力を広げかねない。


 そんで五流悪魔のテンマ。魔物が暴れて死にかけた人間が増える。そう言う輩に死ぬか生きるかを迫って魔物化させる。


 最後に厨二悪魔アンジェラ。……あれは多分引きこもってるわね。部屋に籠って『わらわのかんがえたさいきょうまじん』とかノートに書いてそう。


「確かに表に出ないで、いろいろ暗躍しそうね」


 実際には『封印された魔物みしようデータ』に限りがあるだろうから、無制限に強い魔物を作ることはできないんだろうけど。


「もちろん、魔王<ケイオス>を倒したことは大きく魔物の勢いをそぐ意味では正しい事です。ですが……これで終わりかと言われれば首をひねらざるを得ません。

 トーカさんの言うゲームと、この世界は異なるのでしょうから」


 アタシが知ってる<フルムーンケイオス>と、この世界は異なる。


 かみちゃまの推測によれば、この世界を元にして<フルムーンケイオス>というゲームが開発された。この世界とゲームに似たような文化があるのは、アタシ達の世界とこの世界がつながっているからだという。


 魔王<ケイオス>を倒してめでたしめでたし。人間を襲う魔物はいるけど、街にいる分には脅威にはならないレベル。魔王がいた世界であるデーモン世界への道が開き、そこに探索に入る。それが<フルムーンケイオス>の流れだ。


 もし、その流れにならないのなら? アタシの知らない展開になるのだろう。


「いや待って。魔王倒したらアタシ達は元の世界に戻れるとかそういう展開じゃないの? その辺どうなのよかみちゃま」

「英雄召喚の儀を行った人間に頼めば元の世界には戻れまちゅよ。逆転儀式も伝えてありまちゅから」

「あのアホ皇子に頼み込むとかムリゲーじゃないの。っていうか絶対ヤダ」


 あの皇子に頭下げるとか死んでもヤダ。


「……え? マジでこっからどうなるの?」


 アタシの疑問に答えることができる人間は、誰もいなかった。

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