29:メスガキは聖女と話す
「アタシにかかれば魔王なんてこんなもんよ」
魔王<ケイオス>をあっさり倒したアタシ。一部データ改造されてたけど<フルムーンケイオス>と同じ方法で倒せたわ。バステ完全無効とかされたら終わってたから、ある意味あの厨二悪魔の雑な改造に感謝ね。
「アンジェラじゃありまちぇんけど、魔王を毒殺とか酷ちゅぎまちぇん?」
「うっさいわね。さっきも言ったけど勝てばいいのよ。
むしろレベル99でも勝てないレベルの
大人数で押し切らせたかったのか、とにかく<フルムーンケイオス>の魔王は強かった。バステは行動前に回復されるし、部位の一個一個は高い火力持ってるし、おまけに防御力も硬くてHPも段違いに高い。強いアビリティで大ダメージを与えるとカウンターが飛んでくる。もうなにしろと、ってレベルだったわ。
「で? 神格化の解除とかはまだなの? ジュース語喋って説得してよ」
とにかく魔王は倒した。でもそれはついでだ。アタシの目的はかみちゃまとの融合を解除して、聖女ちゃんを取り戻すこと。勝手に主人公してアタシから離れようとか、許してやるもんですか。
「人間側が納得してないでち」
「もう、頑固なんだから」
アタシの問いかけに、かみちゃまはそう答える。何度も説明された解除条件。全く同じ神が説得し、人間側もそれに同意すること。つまり、聖女ちゃんはかみちゃまとの融合を解きたくないって言っているのだ。
「魔王はアタシが倒したわ。もう危険はないし、戻ってもいいから戻ってきなさい」
聖女ちゃんがかみちゃまと融合しないといけなくなった理由は、魔王の襲撃だ。ラスボスが城から出てきて暴れまわるとか言う反則技に対抗するために、この子は戻れないと知りながらその道を選んだ。
だから魔王を倒した今、融合し続ける必要はない。危険は排除されたんだから。
「――いいえ。魔王を倒しても、悪魔はまだ存在します。その脅威からこの世界を守らなくてはいけません」
だけど、この子は納得なんてしない。
「リーン、テンマ。アンジェラの三名は満たされし混沌との盟約により人間に直接出だしはできません。
ですが、モンスターを介して人類を脅威に貶めることはできます。更には欲望を媒介にしてモンスターと人類を融合させ、人類内に魔物を侵入させているのです」
悪魔のやってきたことは、アタシも見て知っている。
クーデターを起こそうとした、ナタ。吐きそうなぐらいに気持ち悪く、倒し方を知らないと苦戦する融合魔物。そしてさっき倒した魔王。はっきり言って、少し鍛えただけの人間がどうこうできるものじゃない。国の騎士団長とか大魔道士が一丸となって、ようやく勝負になるぐらいだ。
「三人の悪魔は勲功を求めていたのか、協力することはありませんでした。ですが、彼ら三人が結託すればその脅威は増します。リーンの緻密な技術力。テンマの非道な作戦。アンジェラの奇抜な改造。
それらが統一されて牙をむけば、人類は大きくその生息範囲を失うでしょう」
ばらばらだった悪魔が協力すれば、戦いの規模はこれまでの比じゃない。そして悪魔に対抗できるのは、神のみ。その力を得る神格化は、人類を守るために必要不可欠なのだ。
「ですから神格化を解除するわけにはいきません」
「……それが、アンタの罪滅ぼしだっていうの?」
話が全部終わるのを待ってから、アタシは言ってやる。
この子は自分を許せない。人を殺した自分を許せない。そしてそれを罰されないことがさらにこの子を追い込んでいた。ずっと取れない棘が突き刺さっていたのだ。
「はい」
許されない人間。だから、神格化という罰を選んだ。この世界の人間を守るために、生贄になることを選んだ。アタシや他の人達と生きることを捨て、孤独に戦う道を選んだ。
「……まあ、アンタがいい子ちゃんていうのもあるんだろうけどさ」
正しいことをする。弱いものを助ける。この子はずっとそうしてきた。そのためにタンクに移行し、多くの人達を癒してきた。まさに聖女。だからこそ、自分の罪が許せないのだ。
「でも知ったことじゃないわ」
「……え?」
「そうしないとこの世界の人間が死ぬとか、悪魔が暴れるとか、そんなのアタシの知ったことじゃないわ」
みもふたもないけど、アタシにとってはどうでもいい事だ。アタシの知らない人が何人死のうと知ったことか。テレビの向こう側で起きてる戦争に心こそ痛めるかもだけど、それで身を捧げようとかは思わない。
「それは――」
「アタシはアタシが大事だって思う人しか助けないわ。悪魔と神様の喧嘩なんか、当事者同士でやらせればいいのよ。
大体人間の体使わないと戦えないぐらいにヘロヘロになってる時点で勝ち目ないのよ。後先考えないバカミサマの為に自分を捧げるとか、頭悪いとしか言いようがないわよ」
かみちゃまが何か言いたそうにアタシを見てるけど、それは無視。とにかくあたしが言いたいことは、ただ一つだ。
「戻ってきなさい。魔王は倒した。悪魔も退けた。アタシに任せれば、全部何とかするわ」
「悪魔はまだ活動できます。その悪魔に対抗するために、私は神に身を捧げることを誓いました。多くの犠牲を得て強くなった罪を雪ぐために、戦います」
「人なんか、アタシだって何人も殺したわよ。山賊に、ムワンガに、後ニンジャ?」
人間をベースにしたモンスターなんか、何人も倒してきた。経験点にして、レベルアップしてきたわ。それを罪になんて思わない。だけどこの子のとは事情が違う。
「私が殺したのは、冤罪をかけられた人たちです」
「あのバカ皇子に<魅了>されたんだからノーカンよ」
「でも、殺しました。それは許されないことです」
ああ、堂々巡りだ。
この子は、自分が許せない。倫理とか、正義とか、そう言うのがベースになっているんだろうけど、自分で自分の事を許せないのが問題なのだ。どこまでも頑固で、何処までも真面目で、何処までも……自分を犠牲にすることを厭わない。
「アンタがいないと……寂しいのよ、アタシ」
言って一歩あの子に近づく。
「ずっとずっと一緒だった。これからもずっと一緒だと思ってた。いつか違う道を進むことはあるだろうけど、こんな別れ方なんか納得しない」
あの子の手を取り、まっすぐに言ってやる。
「……我儘を、言わないでください」
「今更ね。ワガママいうのがアタシなのよ。何度も言うけど、世界なんかどうでもいい。アタシはアタシの為にアンタに戻ってきてほしいのよ」
「どうして、わかってくれないんですか。どうして、トーカさんはいつもワガママばかり言うんですか?」
「決まってるじゃない。アタシがそうしたいからよ。アタシがアンタと一緒に歩きたいからよ」
「そのために多くの命が消えるかもしれないんですよ! そんなの許されるはずが――!」
「アタシが、アタシが許すから!」
手を強く握り、目に涙を浮かべ、アタシは言う。
「アンタの罪とかも、死ぬかもしれない命も、全部アタシが許す! アンタの罪じゃない! アンタだけの罪じゃない!
全部全部アタシが許す! 責める奴がいたら、アタシがなんか言ってやるから!」
「な……なんなんですかそれは! なんでそんなメチャクチャなんですか!?」
「メチャクチャでもいい! 無理やりでもいい! 辛かったら愚痴ぐらい聞くし、逃げたくなったら一緒に逃げてあげるわ! 背負いたかったら一緒に背負ってあげるし、捕まって裁判で裁かれるとかになったら、アタシも裁かれる!
だから、アタシから離れるな! ……アタシから、離れないで……!」
自分でも滅茶苦茶なのはわかってる。説得になってない事なんてわかってる。でも、この子と離れるなんてもう嫌だ。ただそれだけでしかない。
「……たとえ私達とは関係ない世界でも、見捨てることはできません。貴方のワガママと世界を天秤に乗せることなんて、できません」
「うん。知ってる。アンタならそう言うと思ってた」
「トーカさんが私の罪で攻められるなんて、理不尽です。そんなことを許されるはずがありません」
「そうね。アンタは頑固でわがままだもんね」
この子の意見は変わらない。アタシのワガママなんかで、意見を変えたりなんかしない。
「む。失礼なことを言わないでください。私はトーカさんみたいにワガママは言いません。頑固とか心外です」
「ぷっ、自覚ないんだアンタ。かなり頑固でわがままで、アタシ結構振り回されたんだから」
「それは私の方です。トーカさんの口の悪さと理不尽さは呆れるばかりです。もう少し節度というものをですね」
「節度とか、アンタが言う? 関係ない人の為に自分を神様に捧げて1000年単位で戦おうとするとか、どんだけ自分勝手なのよ」
「それのどこが悪いって言うんですか?」
「アタシが納得できないのよ」
「それをワガママと言うんです」
「アンタもね」
意見は変わらない。アタシもこの子も、自分の意見を曲げない。
「トーカさんのわからずや!」
「アンタだって頑固で意地っ張りなくせに!」
だというのに――
「いい加減な生活をしているから!」
「真面目過ぎてドン引きするわよ!」
だというのに――
「トーカさんなんか!」
「アンタなんか!」
この手は、ずっと握られたままで――
「私があんなに悩んで決めた決意なのに、そんなこと言わないでください……!」
「アンタがいなくなって、アタシは何もできなかったんだから……!」
ずっとずっと、握られたままで――
「寂しくないわけないじゃないですか! 本気で辛かったんですよ! トーカさんが死んじゃうって思ったから、私は!」
「そんなのアタシだって! アンタが犠牲になって、そこのかみちゃまに『神格化は原則的に解除不可』って聞いて、アタシは!」
アタシ達はボロボロと涙を流しながら、ずっと手を握っていた。
ずっとずっと握っていた。
もう二度と、別れない。言葉にせずとも伝わる想いを込めて。
「トーカさん、トーカさん! わあああああああああああああああん!」
「アンタなんか、アンタなんか、ずっと一緒にいて罵ってやるんだからぁ!」
「そんなことされて我慢できる人なんて、私以外にいるわけないじゃないですかあ! トーカさんのばかああああああ!」
白い空間の中、アタシ達の泣き声だけが響いていた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます