18:メスガキは復活する
空が、二つに割れていた。
雷雲みたいな黒と、白雲。それが空に浮かんでいた。それは波が引いてはよせるように時間ごとに動いている。
ブラウニーたちに聞いたら――
「まさに天変地異、吃驚仰天、魂飛魄散! まるで空が二つに割れたかのような騒動です。いいえ、まるでではありませんが! それに呼応するように悪魔達が凶暴化し、紳士的ともいえた彼らが蛮族のように暴れまわりだしたとか。今は紅茶を飲み、静観するしかありません」
「嗚呼、これぞ世界の終わり。天が二つに割れ、魔が跋扈する。これまで一種族による組織だった魔物の侵攻と言うのはありましたが、ここまで大規模なのは生きてきた中で初めてでございます。あの双子時計塔を攻め入った最後の聖戦でもここまでの規模はなかったかと。茶葉のストックはありますので、今は様子見が最良化と」
とか言う言葉が返ってきた。いろいろあるけど、まとめると空があんなふうになった後にデーモン達がチンピラみたいに粗暴になって、暴れだしたという。アルビオン全土のデーモンが、時計塔跡のガラ悪いヤツになったらしい。
それはアタシ達が塔から帰還した時間に起きたらしい。……となると、魔王とあの悪魔、そして聖女ちゃんが絡んでいるのは間違いないだろう。詳細はわからないけど、あの空で何かしているのだ。
そしてその異変は、アルビオンだけには留まっていないようだ。
「オルスト国でもトロールの大規模攻勢が起きているようだ」
「ヤーシャも大変なようです。知恵あるキョンシーが夜毎に町を襲っています」
天騎士おにーさんやおねーさんがそんなことを言ってくる。フレンドチャットでいろいろな場所の情報を仕入れているらしい。アタシもフレンド登録している人たちから安否を確認された。
「あ、うん。大丈夫だから。しばらくはじっとしてる」
定型文のようにその言葉を返す。それぐらいには落ち着けた。聖女ちゃんも無事かと聞かれた時には、すこし泣きそうになったけど、なんとか。
「世界規模のイベントね。まあ、神様と悪魔が争ってるんだから当然か」
言って空を見る。あの白と黒が神と悪魔(+魔王)を表しているのなら、まさに世界規模の戦いだ。いうなれば、バトルマンガのクライマックス。最高の盛り上がりを見せる場面。地上で暴れだしてる魔物はその影響。
アタシ達にできることは、せいぜいがその魔物を倒すこと。神や悪魔みたいな世界を守る主人公には手出しはできない。モブは大人しく露払いでもしてなさい、って? やってらんないわよ。
そんな気持ちもあってか、アタシは部屋で空をぼんやりと見上げていた。特に何をするわけでもない。空を見上げながら、<収容魔法>の中にあるお菓子を食べ、時間が流れるままに過ごす。
ブラウニーの淹れてくれた紅茶を飲む。少し苦いけど、それがお菓子を食べる意欲を加速させる。服らがるような香りが鼻をくすぐり、ほわっとさせてくれる。ずっとこのままでいいかも。そんな堕落感。
「トーカさん……」
部屋にはおねーさんがいる。まだブラウニーのイベント途中なのか、いろいろなものを縫っていた。天騎士おにーさんはデーモンを倒しに行っているという。もうここにいる理由はないのに、残ってくれるらしい。
おねーさんのの傍にいるのが【レプラコーンの弟子】で手に入れた妖精のレプラコーンだ。赤いひげで三角帽子をかぶったちっちゃなオジサンだ。おねーさんが針を通す横で、別の物を作っている。
『レプラコーンはアイルランドの妖精ですね。グリム童話の『小人の靴屋』で有名です。寝ている間に靴を作ってくれる小人の話ですね』
レプラコーンて何? って聞いたときに聖女ちゃんが言ってくれたことを思い出す。その話ならアタシも聞いたことがあった。寝ている間に仕事をしてくれる小人。アタシも欲しいって言ったら横着禁止ですってため息つかれたっけ。
「いいのですよ。しばらくは家にいても。辛いときは心が落ち着くまで寝ているのが一番です。子供一人養うだけの蓄えなら……なんとか、なりますから……食費を切り詰めれば、何とか。レプラコーンもいますし、きっと……」
落ち込むアタシを心配するように、おねーさんが言ってくれる。経済的にいろいろカツカツなテーラーなので、最後は少し尻すぼみだ。
「あ、大丈夫。お金はたくさんあるし。むしろおねーさん雇ってもいいぐらいだし」
「しくしくしく」
「でも、うん。しばらくだらだらする」
言ってまた空を見る。見るたびに形を変える白と黒の空。あそこに聖女ちゃんが言ってしまったのだと思うと、胸が痛い。神と悪魔とか言う輩の戦い。アタシ達人間じゃどうしようもない領域。
アタシはそれを見る。手を伸ばしても届かない場所。声さえも届かない。フレンドチャットから聖女ちゃんの項目は消えている。それが、喪失感をさらに増した。ゲーム的に言えば、キャラクターとしてもあの子は別の存在になったのだ。
「レベリングする目的もなくなったし」
魔王<ケイオス>を倒す。最初はそんな目的で旅立った。この世界のことをなんでも知ってるアタシなら、余裕で勝てる。<魔王結界>を突破さえできればいくつかのレアアイテムがあれば勝ちは拾える。
それがいつからか、聖女ちゃんといろいろ回ることになった。いろいろな場所でレベルを上げて、それがいつからか当然のことになって。悪魔とか神とかが出てきたけど、そんなのどうにかなるって息まいて。
その結果が今だ。倒そうとした魔王<ケイオス>は悪魔の手駒。悪魔が本気で牙を剥いたら手も足も出ず、神の力を借りないとどうしようもない。聖女ちゃんは神の力を得て、アタシから離れていった。
これから何しよう? どこに行こう? そもそも何したらいいんだろう?
この世界に来て初めての感覚。どうしようもない、虚無。それを埋めるように紅茶を飲んだ。当たり前だけど、それで何かが変わるわけじゃない。
「……アタシ、本当にあの子がいないと何もできないんだなぁ……」
こういう時、あの子がいつも動いてくれた。誰かを救いたいという価値観。何かを成し遂げたいという使命感。それがダレているアタシを奮い立たせてくれた。奮い立つっていうか、しょうがないわねって感じで。
今回も、そうだ。アタシは別にあの赤ちゃんなんかどうでもよかった。かみちゃまとかかかわりあいたくなかった。なのにあの子が『助ける』っていうから仕方なく赤ちゃんの片割れに――
「…………あれ?」
双子の時計塔という『聖域』に二分割されたかみちゃま。それをどうにかしようというのが今回の話。
青悪魔の方で手に入れた(?)かみちゃまは、聖女ちゃんと契約だか融合だかして、すうぱぁ聖女ちゃん。そんな感じなことになった。
赤悪魔のところにいるかみちゃまをゲットする前に魔王に阻まれたわけだけど、そうなると今もなおあの塔にかみちゃまはいることになる。
そのかみちゃまを問い詰めれば、何かできるかもしれない。今空で行われている神と悪魔の戦いに関与することが。
「そうよ。何勝手に主人公してんのよ」
「……トーカさん?」
「アタシを差し置いて勝手に行っちゃうとか、何やってんのってカンジ? アタシをモブザコ扱いしてさようならとか、そんなのぜっっっっったい許さないんだから!」
「ひゃあああああ! トーカさんのメスガキムーブが復活! なんだか負け令嬢の敗北フラグに聞こえますけど、これはこれで良し!」
アタシの怒りの言葉に、はわはわ言いながら体を震わせるおねーさん。負け令嬢? 敗北フラグ? 知ったことじゃないわ。
「赤悪魔倒してかみちゃまの首根っこつかんで、あの子のところまで連れて行ってもらうわよ。
魔王はったおして、あの子に首輪つけてでもアタシの元に連れ戻してやるからね!」
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