17:メスガキは大丈夫?
「う……」
ベットから起き上がり、瞼をこする。崩れた寝間着もそのままに、もう一度ベットに横たわる。ほどよい睡魔が体を包み込み、再度意識が遠のいていく。
「……だる……もうちょっと、寝よ」
ここはアルビオンの協会。ブラウニーの宿屋。あの後、おにーさんおねーさんに引っ張られるままに宿屋に帰り、そのままベッドにもぐりこんだのだ。正直、あまり記憶にない。
「トーカさん、大丈夫ですか!? 生きてますよね! 自殺なんかしてませんよね!」
そんな中、ドンドンと戸を叩く音。そしてドアの向こうから聞こえるおねーさんの声。……もう、何なのよぅ。眠気も覚めてベッドから体を起こす。寝間着を直しながらドアを開けた。
「おはよう。何よ物騒ね。自殺とか生きてるとか」
「ぐっはぁ!? 幼女の寝起き姿&気だるげボイス……脳内保存完了! 天使のような悪魔の笑顔……いい。
いえいえ、脳内再生は今はさておき!」
なんか通常運行のロリコンおねーさん。よくわかんないけど、自分の嗜好よりも優先することがあるらしい。
「その……大丈夫ですか?」
「何がよ」
「いえ、コトネさんが……その、いなくなって」
傷に触れるようにゆっくりと問いかけるおねーさん。
「大丈夫だって。むしろ快眠よ。あの子、いつもおんなじ時間に起こしてくれるから。それがなくてぐっすりできたわ」
「さすがに寝すぎですよ。もう昼近くです。ブラウニーさんも朝食をどうしようかと悩んでいましたよ」
あー、もうそんな時間か。こっちの世界に来る前に引きこもっていた時は、夜通しゲームして昼まで寝てたし。むしろ通常運行?
「気にしすぎよ。寝すぎて体が悪くなるわけでもないでしょ?」
「ですけど……その、本当に大丈夫なんですか? コトネさんがいなくなって、辛いとか苦しいとか、そういうことは」
「ないわよ。繰り返すけど久しぶりにゆっくり寝れたんだから。ほーんと、いい子ちゃんがいないと気楽でいいわ」
ひらひらと手を振っておねーさんに言葉を返す。聖女ちゃんがいると、無理やり起こされて規則正しい生活を強要されていたのだ。そういうのがないって素晴らしい。うん、気楽気楽。
「…………わかりました。少なくとも俯いていないのはいい事です」
なんだけど、おねーさんはちょっと暗い表情でアタシを見ていた。体調悪い人を見るような、そんな顔。なんなのよ。アタシは楽だって言ってるのに。
「とりあえずお腹空いたんでご飯食べないとね。行くわよ」
言ってアタシはいつもの癖で振り向いて。
「…………あ」
そこに誰もいないことに気づくのに、数秒かかった。
何時もそこにいるはずの、聖女ちゃんがいないことに。返事が返ってこないままに数秒固まって、
『皆さんは、私が守りますから』
『絶対に、守りますから』
『それが私にできる罪滅ぼしですから』
最後に聞いた聖女ちゃんの声が、アタシの頭の中でリフレインした。何かをあきらめたような、泣きそうなのを我慢するような、大事な何かを切り捨てたような。
「……行くわよ」
もう一度呟いて、食堂に足を運ぶ。誰にでもない。自分に向けて言って。もう、何やってんのよアタシ。
「ちょ、トーカさんせめて寝間着から着替えて――」
「【早着替え】!」
アビリティを使って服を着替えるアタシ。
『そういう横着は癖になるからいけません。きちんと着替えてください』
あの子がいたら、そんな説教を食らっただろう。
「おはようございますトーカ様。昨日はかなりお疲れのようでして。かなり激しい戦いだったと聞いております。なんでも『時計大橋』に魔王が出たと。にわかには信じられないのですが、かの魔王<ケイオス>と戦い生きて逃げられた者はいません。いかなる攻防が繰り広げられたのか、後世に残す意味も含めて教えていただければ幸いです。ところでいい茶葉が入ったのですが――」
話しかけてくるブラウニーたちを無視して、食堂に向かう。悪いけど、返事する心の余裕がない。お腹が空いてるからよ。きっとそう。
『無視はいけません。断るにせよ一言いうのが礼儀ですよ』
あの子がいたら、そう窘めただろう。
「遊び人トーカ。……大丈夫か?」
食堂にいた天騎士おにーさんが、アタシを見てそう尋ねてきた。おねーさんと同じように、心配するような顔で。やめてよね、そんな顔するの。アタシが落ち込んでるみたいじゃないの。
「何よ。いつもみたいに無駄に暑っ苦しく叫んだりしないの? 大声上げて自意識過剰にしないと、おにーさん自分を保てないのに」
アタシはよくわからない余裕のなさを取り戻すために、おにーさんを罵ってみる。みんな心配しすぎ。アタシは全然大丈夫なんだから。
『言いすぎです、トーカさん。……その、ルークさんの声の大きさに関しては些か抑えていただけるとありがたいと思うこともありますが』
あの子がいたら、そう言った後に同意してくれただろう。
「……大丈夫、だから」
わかってる。わかってた。でもわかりたくなかった。
あの子がいない。その事実が、こんなにアタシを揺さぶるなんて。あの子がいないだけで、こんなにつらいなんて。
ずっと一緒にいると思ってた。いつか別れが来るかもしれないけど、それはもっと先だと思っていた。それはもっとお互いが納得できる形だと思っていた。
『皆さんは、私が守りますから』
『絶対に、守りますから』
『それが私にできる罪滅ぼしですから』
アタシ達を守ろうとした行動なのは間違いないだろう。あの子らしい。でも、それ以外の何かがあった。ここでアタシ達を守ることで、自分の罪を許してもらおうというそんなくだらないことが。
一緒に逃げるという選択肢は、なかったのだろう。それができるような相手じゃなかった。悪魔が本気でアタシ達を閉じ込めたのだ。5流男悪魔のような雑なやり方ではなく、魔王<ケイオス>を当ててくるという念の入れようで。
だから、聖女ちゃんは覚悟したのだ。自分が犠牲になることを。
『この聖女、シュトレインと契約しおったか』
あの厨二悪魔の言葉を信じるなら、聖女ちゃんは神と契約した。あのアウタナの頂上の出来事を思い出す。体を乗っ取り、神のモノにする。悪魔と戦うための力を得て、人間を守る。
あの時の聖女ちゃんのアビリティは、確かに魔王にも通じた。<魔王結界>でダメージが通らないはずなのに、それさえ無視して。<魔王結界>が悪魔の作った産物とするなら、それを突破するのはやはり神の力なのだろう。
つまり、聖女ちゃんは神にのっとられた。神の物になったことになる。
『貴様の攻撃ではわらわの力を受けた魔王<ケイオス>を倒すにはいたぬ。このまま1000年ほどにらみ合うか?』
あの厨二メイド悪魔の言うことが正しいなら、1000年は硬直状態。それに巻き込まないように、アタシ達を逃がしたのだ。自分を犠牲にして、悪魔と魔王と戦うために。
いつか帰ってくるかも、なんて楽観はできない。それだけの力の差を見せつけられた。少なくとも神と悪魔に真正面から挑んで勝てるビジョンはない。<フルムーンケオス>の知識も、その世界を作って改造できるヤツを出し抜く程度だ。
もう、会えない。
もう、一緒に歩けない。
もう、話すこともできない。
もう、アタシの傍にあの子はいない。
「だ、だい、じょうぶ……だから」
言葉は意味をなさない。自分を誤魔化すこともできない。
「う、う、わああああああああああ!」
ボロボロと流れる涙をぬぐう力もない。数歩歩いて椅子に座る力もない。自分を支えられない足は崩れ落ち、堪えることのできない涙と口はせきを切ったように我慢していたものを吐き出す。
「ひぐぅ、ああああああああああん! アタシ、アタ、シ! やだぁ、やだあああああああああ!」
泣いた。ボロボロに泣いた。全然大丈夫なんかじゃない。
「ばかああああああ! アタシ、アタシのせいで、アタシの、あああああああああああああん!」
ああ、アタシはバカだ。
居なくなって初めて、あの子の大事さに気づくなんて――
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