16:メスガキと聖女の別れ
「厄介じゃな。神格化しておる。この聖女、シュトレインと契約しおったか」
言いながらアンジェラと呼ばれたメイド悪魔は魔王に目線を配る。魔王はそれを受けるように復活した聖女ちゃんの前に立つ。
「消えなさい、アンジェラ。魔物創造に特化した貴方では、私には勝てない」
「ふん。お主こそ生命創造と癒しに依っておるくせに。しかも、出力も不十分のようじゃな。
融合した相手の
「ですが、その魔王を止めるには十分です」
聖女ちゃんの口から出る言葉は、まるで聖女ちゃんじゃない。声色は同じだけど、言葉から感じる威圧感と言った印象はまるで別人だ。
――アウタナで見た時と同じ、神とかが乗り移ったかのような。
魔王が何かの魔法を放つ。黒の二重らせんが槍のように突き進む。『何か』なんていう曖昧な言葉なのは、アタシも知らない魔法だからだ。アタシは<フルムーンケイオス>の技を熟知している。魔王が使う攻撃方法も当然知ってるわ。
アタシの知識の中にない魔法。それを魔王<ケイオス>が使っている。聖女ちゃんに乗り移ったそれは、手のひらをかざしてそれを止めた。聖なる光と闇のドリルが拮抗し、対消滅する。
「どうじゃ。わらわの生みだした魔法『
ほれ、しかと技名を唱えてから放たんか。魔王の礼節だと教えたじゃろうが」
「了解しましたアンジェラ様。セカンドフォーム・ダークスパイラルランス!」
…………まあ、名前のセンスはド最悪なんだけど。何その中二病ネーミング。
「しかもこれで終わりではないぞ。闇の顎がすべてを飲み込む『
名を聞いただけでも絶望に陥るじゃろう。ほっほっほ。恐怖するがいい」
まあ、その。
さすがにどや顔でそこまで言われたら突っ込まざるをえまい。っていうか、皆が何か言いたそうなので、アタシが最初に口を出した。
「むしろ名前を聞いたら恐怖感が薄れたわ。なんなのよそのネーミングセンス」
「クリエイターあるあるですねぇ。当人はかっこいいと思うけど、第三者から見たらいろいろアレな出来と言うのは……」
「なにおぅ!? わらわをイタイ子扱いするな!」
ツッコむアタシとおねーさん。メイド服悪魔はカチンときてこちらを指さした。しかし予想外からの反撃も来る。
「アンジェラ……そのセンスは相変わらずなんですね……」
「天上なる存在の感覚は、私には理解できないものだ」
「素晴らしいじゃないか! 恐怖で身が震えるようだ!」
聖女ちゃん(の中に入った何か)がげんなり肩をすくめ、魔法を放った魔王は中間管理職よろしく平坦な声で否定も肯定もしない。熱血天騎士おにーさんだけは、心の底からネーミングセンスに共感しているようだ。
「ぐぬぬぅ! ともあれ死ぬがよい!」
技名こそいろいろアレだけど、威力はアタシの知らないオリジナルだけあって規格外。それが魔王の魔力スペックで放たれているのだから、防ぎようがない。防御無視とか言ってたから、服の属性防御じゃ防げないんだろう。
「させません」
再び放たれる闇の螺旋を止める聖女ちゃん。片手で止めながら、もう片方の手でアタシ達に癒しの術を放った。痛みが少しずつ引いていく。<致命>の呪いも、いつの間にか消えていたようだ。
「さすがはシュトレイン。守りと癒しにかけては一級品じゃな」
癒されるアタシ達を見ながら、メイド悪魔は言う。そうなることは予想してましたよ、とばかりの余裕だ。
「じゃがそこまでじゃ。貴様の攻撃ではわらわの力を受けた魔王<ケイオス>を倒すにはいたぬ。このまま1000年ほどにらみ合うか?」
「…………」
嘲るようなメイド悪魔の言葉に、無言を返す聖女ちゃん。それ以外の道がないという顔だ。
「やーよ。1000年もネーミングセンス最悪な厨二っ子と一緒にいるなんて」
立って動けるようになったアタシは、魔王の後ろでどや顔するメイド悪魔にそう言い放つ。
「なんでここは『今日はこれぐらいにしてやるわ。覚えておれ!』とか言ってとっとと帰ってくんない? そうしたら万事解決なんだけど」
「ふん、言いおるわ。おぬしらこそ、命を請う立場だというのに」
魔王と聖女ちゃんがバトルマンガみたいに力をぶつけ合ってるのをしり目に、アタシはメイド悪魔と会話をしていた。
「そっちこそ、魔王を城から出すとかRPGのお約束違反をしてもアタシを倒せなかったんだから。恥ずかしいと思わない? 作戦失敗したんだから、尻尾撒いて帰りなさいよ」
「失敗? 強がりを言いおって。仲間が神格化せねば手も足も出なかったくせに」
「最終的に勝てば勝ちなのよ。そんなのもわからないなんてお子ちゃまよねー」
「100年も生きてない子供の分際でわらわを罵るとは。これだから人間は」
「うわロリババア。どんだけ生きてるかわからないけど、未だに中二病卒業できないとか最悪よねー。ただ生きてるだけの老害よねー」
「このハイセンスなネーミングを理解できぬとは。体だけではなく頭も子供とは」
会話って言うか言いたいこと言ってるだけなんだけど。とりあえずすっきりしたわ。
とはいえ、これで状況がよくなったというわけではない。悪魔は人間に手出しできず、アタシも魔王の攻撃を避けて殴りに行く手段もない。事態は見事に硬直しているのだ。
悪化もしないが好転もしない。魔王をどうにかしないといけないんだけど、どうにかできるのは聖女ちゃんのみ。なんで頑張ってもらうしかない。なんでそんなアビリティ手に入れたとかわからないけど、とにかく勝てば勝ちなのよ。
「大丈夫です。トーカさん」
アタシの視線に気づいたのか、聖女ちゃんの声が響く。アタシの知ってる聖女ちゃんの声が。
「皆さんは、私が守りますから」
――その声のトーンに、いやな予感がした。
「絶対に、守りますから」
その泣きそうな笑顔と声が、その予感を確信に変えた。
「それが私にできる罪滅ぼしですから」
その言葉と同時に、アタシとおねーさんと天騎士おにーさんの三人の周囲を包み込むように光り輝く球状の何かが現われる。触ってみるとガラスのように固い。
「何言ってんのよアンタ! そんなつまんないこと言ってないで逃げるわよ! 一緒に逃げて、体制を整えるましょ! アンタがもらったアビリティとか教えてくれたら、アタシが何とかするから!」
白い壁を叩きながら、アタシは叫ぶ。
もう、聖女ちゃんはアタシを見ていない。背中を向け、メイド悪魔と魔王と相対している。
アタシとの、隔絶の意志を示すように。
「……何よ、何のつもりなのよ」
叫んでも、届かない。
「こっから出しなさいよ! アンタも一緒に来るのよ!」
壁を叩いても、壊れない。
「一緒に魔王を倒そうっていったでしょ! アタシと一緒に旅するっていったでしょ! 何勝手なことしてんのよ! 罪とかつまんないことで、アタシから離れようとするなんて――!」
聖女ちゃんを中心に、爆発するような衝撃が走る。その衝撃に弾き飛ばされるようにアタシ達は弾き飛ばされ、塔の外に飛び出る。そして悪魔が形成した赤い壁を貫いて、アルビオンの大地に着地した。
衝撃と着地から守ってくれた白いボールが消える。そこにいたのはアタシとおねーさんとおにーさん。聖女ちゃんは、いない。
…………。
「逃げられた……のでしょうか?」
どこか現実味のないように、おねーさんが言う。実際、あの状況から逃げられたのは奇蹟的なんだろう。
聖女ちゃんがすごい力を得てくれなければ、一巻の終わりだった。だけど、その聖女ちゃんはいない。アタシ達を逃がすために、塔に残ったのだ。
時計塔を見上げると、アタシ達がいた場所に大穴が開いていて、そこから白と黒の光が出てくる。空中に浮きながら数度激突して魔力を放ち、そしてそのままぶつかり合いながら遠くの空に消えていってしまう。
その白光の中に、聖女ちゃんの影をアタシは見た。そしてその光は、遠のいていく。
「……ちょっと、どこ行くのよ」
声は届かない。手は届かない。聖女ちゃんは、どこかに行ってしまった。
アタシの隣に、あの子がいなくなってしまった――
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