15:メスガキは魔王から逃げられない

 魔王<ケイオス>。この<フルムーンケイオス>のラスボス存在。この世界の人間を滅ぼそうとする世界の敵。多くのデーモンを従えた魔の王。


 言ってもこの<ケイオス>を倒した後はダウンロードコンテンツでデーモンの住む世界に行くことができて、この<ケイオス>の色違いもいる。来年の予定には『夢の世界』とか言う別の魔王がいるアナザーワールドが予定されてるみたいだけど。


 何はともあれ、現状一番強いモンスターがこの魔王<ケイオス>。ステータスも扱う特技もぶっちぎりなんだけど、今ここで来られて何が困るかって<ケイオス>が纏っている『魔王結界』。


 名前もダサいけど、効果もエグイ。なんとこの結界がある限り、魔王にダメージを与えることができない。全部の攻撃が0になるのだ。結界解除用アイテムがないと戦闘にすらならないわ。あったりまえだけど、そんなの持ってるはずがない。


「逃げるわよ!」


 36計なんとやら。何かあったら逃げる旨は皆に言ってある。言うと同時にアタシはデーモンがいなくなった階段を走って降りた。他の3人が走ってきているのを察しながら、一気に階段を下って――


「いい判断だ。だが、遅い」


 下りた先に、魔王がいた。はいぃ?


「空間を繋げた。貴様らはここから逃げることもできない」


 魔王からはにげられないって? 知りたくもなかったわよそんなの。


「魔王ってヒマなのね。こんなところに遊びに来るなんて。自分の城にいなくていいの?」

「虚勢を張るふりをして情報収集か。抜け目ないな」


 アタシの嫌味を含んだ言葉に、魔王は平坦な声で返す。


「アサギリ・トーカ。貴様のことは聞いている。暗黒騎士を倒し、ラクアンではナタの野望を砕き、アウタナを攻める魔物を倒した。油断ならない子供だと」

「へえ。アタシの事そこまで評価してくれるんだ。嬉しいけど、作戦実行していた悪魔が間抜けすぎただけよ。

 アンタもそうだと嬉しいわね。っていうか王様が最前線に出るとか大ポカかますんだから、大概か」

「この状況でそこまで口が回るのは大したものだな。勝てぬことぐらい知っているだろうに」


 言うと同時に魔王は人差し指を上に向けてくいっと動かし――アタシの視界が赤く染まった。その後で訪れる全身を襲う激しい痛みと落下感。そして魔王を見上げるような視界。


「属性を持つ魔法を使えば貴様は防御するからな。無詠唱無属性が一番効率的だ。一撃与えれば、それで足りる脆弱さ。当てさえすれば貴様は初級攻撃で倒せる」


 指の動きで発生した無属性の魔力を受けて崩れ落ち、そのまま階段から転げ落ちたのだと気づいたのはだいぶ後。指一本動かせない状況の中、魔王に斬りかかっていく天騎士おにーさんの声を聞いていた。


「おのれ魔王!」

「名乗りも上げぬか、無礼者」


 天騎士おにーさんの両手剣が雷光と聖光を放ちながら魔王に振り下ろされる。だけど『魔王結界』に阻まれ、その動きが止まった。力で押し込もうとするけど、魔王は意にも介さない。その無駄な努力をあざ笑うかのように仁王立ちしている。


「トーカさん!」


 その間に近づいてくる聖女ちゃんとおねーさん。アタシを安全な場所に引っ張りながら、魔法で傷を癒す。……けど、痛みは全然引かないし治る気配もない。


「無駄だ。アサギリ・トーカには人には解けぬ<致命>の呪いがかかっている。如何なる魔法も薬も、届きはしない」


<致命>――HP回復効果を受け付けなくなるバッドステータス。バステならアビリティで治る筈なのに、その気配はない。確かに魔王<ケイオス>はそのバステ攻撃を持ってるけど、アリビティで治る攻撃だ。そんなかかったら終わりとか言う酷い攻撃はなかった。ってことは、


「ステータスを……変えられたってこと? そう言えば……悪魔がいるんだもんね。

 情けないわね……魔王様。アンタも……悪魔のコマ……ってことじゃない」

「その通り。我らはコマだ。故に彼らの意志に従い、人間を討ち滅ぼす」


 痛みにこらえながら、嫌味を言ってやる。その返答とばかりに魔王の瞳がアタシを射ぬき、


「――ッ!?」


 圧し潰すような力がアタシの体を襲った。声を出すことも呼吸することもできない。身をよじって逃げることもできない。


 見ると天騎士おにーさんも聖女ちゃんもおねーさんも吹き飛ばされていた。地面を転がって、立てそうにない。


「この世界を作りし存在。その6子の1人、アンジェラ様。人間が魔物と呼ぶ者を管理するお方。その意思に沿うことが、我が存在価値」

「……っ……あ、はぁ……!」


 圧力が溶けて、呼吸ができるようになる。咳きこむアタシの胸倉をつかむ魔王。そのまま魔王の顔のところまで片手で持ち上げられる。


「このまま殺してもいいが、リーン様が貴様の身柄を求めている」

「リーンてあの巨乳? うわ、ストーカーされるとかアタシ人気者ね」

「テンマ様は八つ裂きにしたいとおっしゃっていたようだ。貴様のおかげでかなり存在が削られたと聞く」

「ああ、あの5流? 自分で喧嘩売って叱られた逆恨みとか、ほんとガキね」

「アンジェラ様は危険視している。貴様のその知識を」


 言って魔王はアタシをつかむ手に力を込める。もう片方の手がアタシの首をつかみ、殺意が伝わってくる。このまま力を加えられたら、アタシの首はあっさり折れるだろう。


「中間管理職は……大変ね。三人の上司の我儘に……挟まれて……。

 で、どうするの? 誰かの願いを聞いたら……誰かを裏切るんだけど」


 怯えを押さえながら、どうにか虚勢を張る。喋るのをやめると泣き出しそうになる。それを堪えられたのは、動けるのはアタシだけだっていう事実。このままだと、聖女ちゃん達まで死んじゃう。それはダメ。だから動かないと――


「貴様を殺し、死霊術で魂と肉体を分離してアンデッド化させる。

 リーン様には魂を渡し、テンマ様には肉体を渡す。精神には激しい狂気を加え、その知識が外部に漏れぬようにする。肉体の痛み、魂の苦しみ、精神の狂気。それは共有されて貴様は永遠に苦しむことになる」

「て、徹底的……じゃないの。悪役の分際で……無駄なく資源を使うとか、なんか違うくない? っていうか、可愛いアタシをリョナりたいとか、趣味悪くない?」

「それが遺言か」


 これ以上は会話する必要はない。そうとばかりに魔王は手に力を込める。魔王の力からすれば、アタシの抵抗なんかか細いもの。爪楊枝を折るように容易く折れるだろう。


「死ね」


 短く告げられる宣告。1秒も経たずに訪れる、死。


「【いと高きところに栄光あれ】」


 それは、そんな言葉で遮られた。


 横なぎに広がる衝撃波。それが魔王を吹き飛ばし、アタシは地面に落ちる。何とか動かせる首で声がしたところを見ると、そこには聖女ちゃんが立っていた。


 ――今の、何?


 多分アビリティだと思う。聖属性の広範囲攻撃。MPも同時に攻撃をして、相手をHPMP共に無力化する攻撃に見えた。何よその無茶苦茶。そんなアビリティ、アタシは知らない。【いと高きところに栄光あれ】とかそんなフレーズ聞いたことない。


 アタシは隠しアビリティも含めて、<フルムーンケイオス>の全データを知ってる。そのアタシが知らないアビリティ。


 悪魔がアタシの知らない未使用データを持っていた。それと同等の存在。でも悪魔が魔王に攻撃するはずがない。ならその悪魔と同レベルの存在。


 そこまで思って、さっきまでかみちゃまがいた場所を見る。だけどその姿は、ない。逃げた? やられた? その可能性はあるけど、聖女ちゃんのパワーアップと関係しているというのなら――


「この力、生命の母シュトレインか」


 魔王じゃない声が、この場に響いた。いつの間にか魔王の傍に立っているメイド服っぽいものを着た幼女。アタシが言うのもなんだけど、こんな場所にいるのは場違いな格好。っていうかこんな状況でしかもいきなり現れるとか、もうあれでしかない。


「アンジェラ様」


 敬服するように魔王がその名を呼ぶ。魔王の上の存在。アンジェラ。


 間違いない。このメイド幼女も悪魔なのだ。


「厄介じゃな。神格化しておる。

 この聖女、シュトレインと契約しおったか」


 魔王と悪魔を見て、仁王立ちする聖女ちゃん。


 アタシはその姿に、あの子がどこか遠くに行ってしまったような錯覚を受けていた。

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