31:メスガキは神と出会う
唐突だが、アタシは死にかけてた。
「こ……こ……こ、きゅう……」
頭がずきずきして、吐き気がする。めまいがして立つ事も難しい。後寒くて体が震えていた。
ここはアウタナの頂上。刃物で切ったような平らな山頂。そこにある岩に腰かけ、アタシは荒く息をついていた。長い山道やら道すらない岩を移動して、上に登るにつれて頭痛が酷くなってきた。そして山頂に着いた時にはそれがピークに達したのだ。
「おそらく高山病ですね。無理せず下山しましょう」
「なんだ、なさけないゾ」
聖女ちゃんに支えられるアタシ。ケロッとしてる斧戦士ちゃん。なんでアンタらは何ともないのよう。
「夜遅くまで起きて体調が芳しくないのに山に登るからです。最初は運動不足がたたったのかと思ったんですけど」
「山の神聖な力にあてられたんじゃないカ? 日頃の行いが悪いからナ」
言われたい放題だけど、不摂生やら日ごろの行いはその通りなので何も言えない。
「……神、とかの、情報、得られると、思った、のに……」
「そうですね。神聖なると土地に行けばそう言った存在に会える確率は高いんでしょう。でもそんな状態だと会えませんから諦めましょうね」
悔しいけど聖女ちゃんの言うとおりだ。正直、頭も回らない。出直すか、あるいは諦めるか。どのみち神とかがいればラッキー程度の感覚だったのだ。無理せず帰るのが一番――
<悪魔を二度退けし英雄。聖女、そして遊び人……>
聖女ちゃんの口から、そんな言葉が漏れる。聖女ちゃんの声なのに、口調は聖女ちゃんじゃない。そんな声。よくわからない何かが、聖女ちゃんの口を使ってしゃべっている。そんな感じだ。
<イザヨイ・コトネ。その正しき心を求める精神はこの
素晴らしきかな、英雄。他世界の存在。未来が行き詰ったこの世界に注ぎ込まれし新たな風。母なる混沌をこの世界から解放する値する存在>
男のような、女のような。そもそも性別なんてないかのような平坦な声。そこには聖女ちゃんの意志はまるで感じられなかった。アタシの方を見ているのに、アタシを見ていない。そんな感じだ。
<しかし惜しいかな、未だ未熟。神の力を完全に宿すには
心のみの幼き子供に用はない。過ちを犯した魂に用はない>
そいつは勝手に喋る。聖女ちゃんのレベルが足りないとか、人を殺したとか。勝手に体を奪っておいて、勝手に要らないと切り捨てる。なんなのよ、それは。
「アンタ、神様なの?」
怒りを込めて、アタシは問いかける。頭が回ってたらもう少し言葉に毒を乗せていただろう。
<然り。汝らは神が宿るに値する魂の形を聖地に捧げたのだ。ならば顕現するのが神たる務め。
我ら神の顕現は、跋扈する悪魔に対抗するための唯一の手段。そのための最適の器の形を捧げよ。そして母なる混沌をこの世界から解放するのだ。母なる混沌の管理を終わらせるのだ>
体を乗っ取ることを当然だ、と神は言った。そうすることが正しく、そうしないと世界は悪魔の思うまま。その背後にいる混沌の管理は続くのだと。
「なに言ってんのよ。この神……!」
聖女ちゃんの――聖女ちゃんが宿った神の胸倉をつかみ、アタシは叫ぶ。高山病とかで足がふらつくけど、何とか気合を入れて堪える。吐きそうになるけど、知ったことか。
「この子をアンタに捧げたつもりはないわよ! 大体、人がレベルアップしたキャラを勝手に乗っ取って使おうなんて虫が良すぎるんじゃない!
楽してレベリングはアタシの持論だけど、他人のキャラ奪うとかそんなの反則じゃないの!」
こいつのやってることは、要はアカウントの乗っ取りだ。育てたキャラを横からかっさらい、自分のいいように使う。その行動が世界を守るためだろうが、許せるはずがない。
<理解不能。悪魔の第一義は人間の全滅にある。人間の欲望を想起させ、魔を憑依させ、混乱を広げる。すでに6割の人間は犠牲となった。命を奪われ、契約により魔に堕ち、今なお命の危機にさらされている。
神の顕現により、その侵攻は食い止められる。それを拒む理由は如何に?>
「悪魔なんか、アタシが二回も追い返したわ。神様なんかが出る幕なんてないわよ!」
<確かに。汝はただ追い返したに過ぎない。リーンもテンマも傷一つ負っていない。一旦引き上げ、また新たな侵攻を開始するだろう>
悪魔は未だにこの世界で暗躍する。それを止めるために神とやらが誰かの体を使って戦う必要がある。そうしないと、別の誰かが悪魔の犠牲になるから。
正しいのは、神の方だろう。多くの命を救うために、誰かの体をよこせ。そもそも奪った体だって、悪魔を倒した後なら戻ってくるのかもしれない。
世界とかそういうのは全部任せて、アタシは楽しくこの世界を満喫するのがいいのかもしれない。もともと世界を担うとか、アタシのガラじゃない。スローライフ? そう言うのもアリなのかもしれない。
「そんなの知らないわよ」
だけど、そんなの知ったことか。聖女ちゃんの服を強く握って、アタシは叫ぶ。酸欠で頭痛くて立つのも苦しい中、残った力を振り絞ってアタシは叫んだ。
「アタシからこの子を奪っていくな! この子は、アタシのパートナーなの! アタシとずっと一緒にいるって言ってくれたの! だから、奪わないで!」
叫んだあとに、泣いている自分に気づいた。涙をふくようにぎゅっと聖女ちゃんの頭に顔をうずめる。言いたいことはたくさんあるのに、呼吸が続かない。だからただ、服を握った手に力を込めた。
<理解した。どのみち、この魂は未熟。罪科もあり、
しかし忘れるな、遊び人。このままではいずれ人類は滅びる。他の世界から来た汝も、そしてこの娘も、等しく混沌の渦に帰るだろう>
天秤神とかいうヤツは、そんなことを言う。
<神の力を宿した器をもってして、初めて悪魔に対抗できる。汝が行ったのは、ルールの隙をついたに過ぎない。悪魔に対抗できたのではなく、悪魔をやり込めただけだ。
真に悪魔を廃するのなら、神の顕現は必須と知れ>
アタシは厳密には悪魔を倒してはいない。
暗黒騎士の時だって、マジックカードの仕様でハメただけ。ナタは火鼠の衣を盗んで弱体化させ、テケリ=リは他人の想い任せ、死神男悪魔は即死が効くのに気づいた。勝ったのではなく、ルールの隙に気づいただけだ。
男悪魔が殴り掛かってきた時、アタシは死を覚悟した。あれが悪魔の本気。抵抗なんてできるものじゃない。悪魔がよくわからないルールに従っていなかったら、世界なんてすぐに壊されてるだろう。
ルールの隙をつき、やり込める。
「上等じゃない。むしろそれがアタシよ」
そんなの、この世界に来てからずっとやってたことじゃない。<フルムーンケイオス>の仕様を利用して、力技とか正攻法とかじゃなく突き進んできた。どうしようもないときは力押ししてたけど、はっきり言って――
「正面突破とか戦闘力で正々堂々と相手を倒すとかそんなラノベの熱血主人公っぽいのは汗臭くて嫌いなのよ。
安全を確保して相手を罵りながら一方的に勝つ。それがアタシの勝ち方なのよ!」
戦闘力とかをあげてドカーンと勝つ。みんなの力を束ねて最終奥義をはなつ。そんなのアタシのやり方じゃないわ。
「もう、トーカさんはしょうがないですね」
叫ぶアタシの頭を優しくなでる手。呆れながらもアタシの我儘を受け入れる聖女の優しさ。
「そうよ。アタシはしょうがないの。呆れた?」
「はい、知ってます。ずっと一緒にいましたから。これからも、ずっとそういう所に呆れるんでしょうね」
帰ってきた。戻ってきた。いつものこの子が、帰ってきた。気が緩み、服を握った力が緩まる。意識が遠のき、体が崩れ落ちた。張り詰めた糸がほどけるように、アタシは意識を失う。
「も、限界……後、任せ……」
ホワイトアウトする意識の中、抱えてくれる聖女ちゃんの手を、アタシは確かに感じていた。
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