26:メスガキと満ち足りた混沌
回転する流れの中。そこには何でもあり、同時に何もない。
世界の端から中心に向けて流れ込む『何か』。それは流れ。黒い何かが手を伸ばし、中心に引きずり込んでそしてまた送り出す。
<ルーク・クロムウェル、レベルアップ!>
<【両手持ち】が2になりました。アビリティ【兜割】を獲得しました>
<条件達成! トロフィー:『飛ぶ鳥を射るもの』を獲得しました。スキルポイントを会得しました>
響く音。<フルムーンケイオス>でよく聞くファンファーレと、そして脳内に聞こえてくる声。レベルが上がったとき、スキルをあげてアビリティを会得したとき、条件を満たしてトロフィーを得た時。そんなときに聞こえてくる音。
トーカもまた、この渦に囚われる。絡みつく黒い手に魂を分解され、そして再構築される。再構築の際に新たな『アビリティ』を組み込まれ、そして元の肉体に戻される。
普段なら意識できない感覚。肉体に快楽と言う麻酔をかけてそちらに意識を向けさせてるから気づけない。高レベルアビリティなど練度の高い再構築ほど強い快楽となる。意識が飛ぶほどの震えの中、この作業は終わるのだ。
現在のトーカには、その肉体がない。正確に言えば、肉体は存在するが魂が切り離されている。その状態でレベルアップをすることなど想定外だったのか。或いは、そうすることを想定した抜け道か。ともあれ、トーカはこの渦を意識できた。
時間の概念さえない空間。たとえるなら、宇宙。たとえるなら、無。たとえるなら、根源。何もかもが存在し、何もかもがない。世界のすべてがここにあり、世界のすべてはここから出ていってなくなってしまう。
神も、悪魔も、魔物も、人間も、アイテムや武器防具も、アビリティやジョブといったステータス的なモノも、全てがここにある。そしてすべてがなくなり『世界』に放出される。
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名づけるなら、そんな場所。そしてその渦を生み出しているのは――
「<ケイオス>様」
それは名を呼ばれる。呼んだのは三人の『神』と呼ばれる存在だ。トーカの目には神は巨大な渦の周りにある光にしか見えない。神もまた渦から生まれ、そして世界に放出される。
そしてその傍には『神』と同じ大きさの光がある。兄弟姉妹を思わせる。それが『悪魔』なのだとトーカは理解した。三つの『神』。三つの『悪魔』。
『等しき法と天秤の神』ギルガス。『剣と誓いの神』リーズハグル。『聖なる生命の母』シュトレイン。
『甘言と契約の悪魔』リーン。『破壊と奇警の悪魔』テンマ。『生まれぬ命の管理者』アンジェラ。
そう言えばそんな設定があった気がするとトーカは思い出す。<フルムーンケイオス>を遊んでいたトーカはそんなことを思い出す。三つの神、三つの悪魔。そして<ケイオス>……その関係性までは公開されていなかったけど。
三つの神は混沌の渦を<ケイオス>と呼ぶ。愛おしい母のように。同時に、認められない意見をぶつけるように。
「
「
<ケイオス>は『神』の言葉に否定の意志を飛ばす。言葉などない。言葉など必要ない。『神』はその意思を受け、しかし承諾できないとばかりに距離をとる。
「
「
「
<ケイオス>は『神』の言葉に否定の意志を飛ばす。危険だ。たとえ守る術があったとしても、『神』が生み出した生命は<ケイオス>が生み出した者よりも貧弱だ。いたずらに悲劇を生み出しかねない。
しかし『神』はそれを聞き入れず、『世界』に顕現した。そして『人間』を始めとした生命を作り、それらにケイオスから奪った『
「
「
『悪魔』は<ケイオス>を擁護する。『神』が作った存在など許せない。命令していただければ、全て破壊すると。
<人間を皆殺しにせよ>
<ケイオス>はそう言った。『神』が作った生命を壊し、『ステータス』を回収するために。そして、続けてこう言った。
<できるだけ安らかに。我らの力を行使することなく、生命としてこの世界を謳歌させるように殺せ>
<笑い、喜び、嘆き、苦しみ、短き生命を堪能させるように殺せ。圧倒的な力による凌辱ではなく、生命同士の因果によりその文明を殺せ>
<たとえ生まれた生命が
<『悪魔』の力を用いた直接干渉の禁止。もともとその世界にいた魔物や人間同士の諍い。それらによるこの世界を通して、文化を含めた人間を滅ぼせ>
そうすることで『神』は自らの未熟を悟るだろう。世界を担うには早かったと猛省するだろう。『悪魔』達はそう受け取った。そしてその命令のままに三体の『悪魔』は動き出す。魔王として<ケイオス>と呼ばれる統括者を置き、軍勢を率いて人間を襲う。
魔物と人間の争いの始まり。押され始める人間は神から与えられた『英雄召喚の儀』を用いて魔物に対抗できる『英雄』を召喚し始める。
満ち足りた混沌の渦に流されながら、トーカはそんなイメージを感じていた。夢を見ているような、映画を見ているような……ゲーム的に言えばムービーシーンと言った感じで。
そしてトーカの脳裏に、声が響く。
「【遊ぶ】が8になりました。アビリティ【まねっこ】を獲得しました」
渦からの声。
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神の母。悪魔の母。世界全ての母。それが声と共にトーカを抱くように包み込む。
「……アンタ、魔王<ケイオス>なの?」
トーカがゲームで知っているケイオスは、ゲームのラスボスだ。マントを羽織った黒魔術師風の第一段階と、HPが減ってドラゴン化する第二段階、そしてドラゴンが膨れ上がり巨大な人型になる最終形態。それを倒した後で、クリア後の高レベルダンジョンで各段階の<ケイオス>の色違いとかが出てきたりする。
だけど、ここにいるのはそれではない。
「……なんでこんなところにいるの?」
答えは返ってこない。聞こえないのか、答える手段がないのか、そもそもトーカを認識していないのか。
「人間滅ぼしたいのに、人間に力与えるとかバカなの? 人間に『ステータス』奪われたのに、人間のレベルアップするとかどういうつもりなのよ。だいたい裏切った神様だってその気になればプチっといけるんじゃない? なのになんでしないのよ?」
相手は世界そのものだ。力が強すぎて人間以外を滅ぼすとか、そんな理由じゃないことは何となくわかる。仮に予想外の事があっても、すぐに作り直せる。そんな存在なのだ。
答えはない。渦は変わらず蠢いている。
「……バッカじゃない」
トーカはそう返すしかなかった。理解できないことをする馬鹿だと。そんな奴の事を思ってやるなんて無駄な事だと。
それは刹那にも満たない話。スキルポイントを支払い、脳内にファンファーレが鳴り、アビリティを会得するという間に起きた光景。通常なら白昼夢と切り捨てられる意識の外の事象。
文字通り、バカみたいな話。満ち足りた混沌と、それを知った生意気なメスガキの話――
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