20.5:悪魔テンマは失敗しない(テンマside)

「人間を皆殺しにせよ」


 テンマ、リーン、アンジェラの三体の悪魔は<ケイオス>にそう命じられた。自分達から『ステータス』を奪った神。その庇護を受けた神の創造物。それを全て壊し、その力を回収する。


 そのためのモンスターであり、そのための悪魔の力。それを振るい人間を壊すことに良心の呵責などない。むしろそれが生まれてきた意味だ。


 モンスターに『親』の概念はない。生殖活動で生まれてくるわけではなく、気が付けばその場に存在し、そして本能的に活動する。ある程度の魔物は知識もあるが、基本的には野性的で暴力的だ。まるでそうプログラミングされたかのように。


 テンマを始めとした三体の悪魔は、モンスターが<ケイオス>の魔力により生まれたことを知っている。否、人間や一部の家畜を除けばこの世界は全て<ケイオス>が作り出したものだ。神はそれを奪い、我がものとしたのだ。


 正義は我にある。奪われたものを取り返す。これは正当な事だ。


 しかしその活動は遅々としたものだった。全モンスターを人間の住む場所に襲わせればいいのに、それをしない。戦争や大暴走。それをせずに、生活圏外に出た人間たちを襲うことを主にしていた。まれに一定の種族が徒党を組んで人間の街を襲うこともあるが、散発的な活動と言ってもいい。


「私達は魔王様の指示に従うだけです。私達にはわからない深い考えがあるのでしょう」


 リーンはそう言って、魔王の指示に従う。人間を堕落させ、魔物を憑依させ、内部から人の営みを崩壊させようとする。人間の集まる皇国を少しずつ切り崩していく。馬鹿らしい、とテンマは思った。そんなまどろっこしいことなどせず、一気に殺せばいいのに。


 自分に課せられた禁止命令。直接人間を襲ってはいけないという魔王からの枷。曰く――


『悪魔本人の戦闘を禁じる』

『人間を殺すのはモンスターでなくてはならない』

『一定以上の能力を振るってはいけない』

『封印された魔物はその功績により与える』


 これらがなければ、テンマは人間の街に行って殺戮を行っていた。それができるだけの能力もあるし、躊躇する理由もない。人間はゴミクズで、生きている価値もない。死ぬ瞬間の断末魔や泣き顔だけに価値がある。


 テンマは人間が死ぬ様が好きだ。知性ある存在が感じるあの絶望が好きだ。苦痛にあえぐ姿が、痛みに悶えす姿が、悲しみに泣き叫ぶ姿が、大事な物を壊されて忘我する姿が好きだ。


 できることなら自分で人間を壊したい。丹念に壊したい。無慈悲に壊したい。暴力的に壊したい。時間をかけて壊したい。幸せそうな場所から一気に叩き落とし、自分が無価値な人間なのだと刻み込みたい。


 しかし、それはできない。魔王に人間への直接攻撃は禁止されているからだ。人間への干渉はモンスターを通してのみ。しかもその数も限られる。これでは存分に楽しむこともできない。


 自らに課せられたルールに舌打ちしながら、しかし逆らうこともできずにテンマは自分に与えられた地域の人間を殺し続ける。魔物を使って様々な遊牧民族を襲った。移動する奴らを探し、そこに魔物を向かわせる。逃げられることもあったが、数は少しずつ減ってきていた。


「我ラ、テンマ様ニ忠誠ヲ誓イマス」


 そんな中、テンマにへりくだる人間も出てきた。ムワンガ族と呼ばれる彼らを生かしたのは、気紛れだ。契約の証として仮面を宛がう。人間同士の戦争を促すのも悪くないという理由だった。


 ムワンガ族は稀に生贄をテンマに捧げてくれる。物理的に人間に干渉できないテンマだが、この時一つの考えに至った。


『このムワンガ族に命令して拷問させればいいんじゃないか?』


 こうして、ムワンガ族は多くの人を狩り始める。そしてテンマの『天啓』のままに捕らえた人間に苦痛を与えていく。ムワンガ族の悪辣さは広まり、ムワンガ族の住む森は禁忌とされた。


 ほとんどの生贄は拷問の末に息絶える。生き残ったのは、偶々テンマの目に留まった存在だ。


「お願いです! 子供には、子供にだけは手を出さないでください! 私には、何をしてもいいですから!」


 そう懇願する者がいた。


「言ったな? では俺に従い、この魔物を受け入れろ。そうすれば、お前の子供は生かしてやる」


 テンマはそう言って封印された魔物の一つ、エキドナと契約させた。追いつめられたが故の契約故に魔物の能力を100%引き出せない状態だが、それでも十分な戦闘力だ。


「たのむ、なにか、たべさせて」

「いいぜ。お前は生かしてほしいって頼まれたからな」


 その子供は四肢を拘束され、食事を与えられない状態だった。餓死する寸前にテンマはケルベロスの因子を植え付け、契約させる。訳も分からず魔物となり、飢えるだけの獣と化す。


「ねむい、ねさせて……」

「いたい、いたいよぉ……」


 寝ようとすると殴って起こし続けた者。針を突き刺され続けた者。それらもアルラウネやキュウキの因子を与えられ、契約させられる。力など望んでいない。ただ、この状態から解放されると言われて承諾したに過ぎない。


「ああ。拷問からは解放してやるよ。ただし苦痛はそのままだがな」


 嘆く母親。飢える子供。眠れぬ怨嗟。苦痛の叫び。


 それらはテンマの心を昂ぶらせる。テンマはそれらを使い、さらに人間を襲わせた。痛快だった。心地よかった。人間たちがもっと苦しむように思考した。そしてアウタナの事を知る。


 この地の人間が崇める山。そこを征服すれば彼らは絶望するだろう。山を襲う理由はその程度。しかしテンマは人間達の信仰と結束を侮った。彼らは聖地を守るために結束し、山へと向かう道を封鎖した。魔物避けのトーテムポールを立て、その場所を認識できないようにした。


「人間のくせに生意気だ!」


 テンマはトーテムポールの影響を受けないが、エキドナを始めとした魔物はそうはいかない。あそこを襲えと命令しても、その『あそこ』が分からないのだ。テンマの目には集落があるのに、魔物はそこに目を向けることができない。


 何度か襲撃を命令するが、集落を攻めることはできなかった。悪魔がアウタナを狙うという事実が集落の結束をさらに高め、彼らの警戒心は高まっていく。リーンにそのことを揶揄され、テンマは怒りを覚える。


「……っ、うるせぇ! それも時間の問題だ。戦力差は圧倒的だからな。じわじわと攻めればいいんだよ!」


 そうだ。戦力差は圧倒的。あと一押し。あと一押しでいい。なのにそれができない。そんな硬直状態が続いているのだ。失敗か? いや、俺は天才だ。失敗なんかするわけがない。


 原因は魔物の頭が悪いからだ。だが、そうなるように魔物と契約させたのは他ならないテンマである。リーンのようにきちんと契約すれば、理性も知性も維持できた。契約内容に縛られこそすれど、テンマの指さす方向を攻めることぐらいはできるのだ。


「あそこが見えないのか。じゃあ、その目は要らないな」


 テンマは躊躇なくエキドナの目を潰す。そして聴覚と嗅覚を強化させた。子供の声と匂いを強く感じることができるように。


「お前の子供はあそこにいるぞ。言って抱きしめて来い」


 こうして、エキドナはまっすぐに集落を目指すことができた。子を求める本能が集落の方向をかぎつけたのだ。テンマはこれで終わったと思った。あの集落にいる戦士の実力と技ではエキドナに致命傷は与えられない。愚かだから、弱点である子宮を狙うという発想はできないはずだ。わざわざさらしてやってるのに、バカな奴らだ。


「……負けた、だと!?」


 だが、エキドナは破れた。的確に弱点を突かれ、集落の戦士も重傷者はいるが死んだ者はいない。短時間で弱点を理解され、そこを攻められたのだ。碌な文明もない奴らに!? 天災の考えが看破されたのか!? バカな、バカな!


「ふ、ざけるな……! まだ、まだ終わっちゃいないぞ!」


 そうだ、まだ失敗じゃない。まだ終わってはいない。封印された魔物みしようでーたはあと3体いるし、使用していない因子もまだある。減った分はムワンガ族に生贄を捧げさせてその因子を使えばいい。今から酋長に命令して人間を――


酋長ドラゴからの反応がない……!? あの役立たずが!」


 テレパシーを送った相手がもうこの世にいないことを知り、舌打ちするテンマ。


「まあいい。あの集落を落とせればいいんだ。エキドナの匂いを目印にして攻めさせる。ケルベロス、アウラウネ、キュウキを使って三方向から攻めてやる」


 集落近くで倒れたエキドナ。その血はまだ大地を濡らしている。それを目印に魔物を突撃させれば、大きく集落を外れることはないだろう。三体のどれかがトーテムポールを壊せればよし。そうでなくても集落の前で暴れられれば戦士達も出てこざるをえまい。まさか3体を相手できるはずもない。


「簡単に倒せないように、データを改造しておいたからな。エキドナはたまたまやられたようだが、他の3体はそう簡単にはいかないだろう。力押ししかできない戦士ごときにやられるような外皮じゃないからな」


 事実、エキドナを始めとしたテンマの作った魔物達は他の魔物ではありえない防御力とHPを持っている。しかしそれは『外皮』の強さで、本来のHPは別にある。コアHPともいえるそれを0にしない限りは死なないように設定してあるのだ。しかもそれは、簡単にわからないようにしてある。


「俺は天才だ。失敗などしない!

 リーンみたいに型を重視するやるよりも、自由な発想をする俺が正しいのだと証明してやる!」


 そして魔物は解き放たれる――

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