2:メスガキは水浴びをする

 ミュマイ族の斧戦士ちゃん、ニダウィ。


 年齢はアタシと同じか少し下だろう。背丈もアタシより少し低いぐらい。上から下までの褐色肌。亜麻色の髪を背中まで伸ばし、腕や太ももに施された刺青が部族っぽい。このあたりを走り回っているのか、その体から健康的な印象を受けるわ。


 なんでそこまでわかるかと言うと、現在川で転んで濡れた服を乾かしているからだ。モンスターが出ない場所まで移動して焚火を作り、木の棒で作った即席のラックに服をつるす。こちらも動物の皮で作られたり、鳥の羽が飾られたりと独特の衣装。


「ダーはまだお前たちを信用したわけじゃないからナ!」


 なので当の本人はすっぽんぽん。女性の前だからか、子供だから、羞恥心がないのか、あるいはそういう文化なのか。裸になってもトゲトゲした態度は変わらない。襲い掛かってはこないが、このざまである。


「信用も何も、そっちが一方的に勘違いしてるだけじゃないの。攻撃されて生きてるだけありがたいと思いなさいよね」

「なんだト!」

「ミュマイ族の戦士、とか言ってたのにてんで弱いじゃない。っていうか川で転ぶとか恥ずかしくないの? その後も全然攻撃当たんないし。普通によわよわじゃない」

「うううううう、うるさーイ! ダーは……ダーはミュマイ族の戦士! その名にかけて、アウタナを守るのダ!」


 川ですっ転んだ後、起き上がったこの子は再度アタシ達に襲い掛かり……その弱さを披露した。


 攻撃は当たらないし、アビリティも使えない。遊び人のステータスに当てることができないレベルの弱さだ。テーラーおねーさんでも、アタシに攻撃を当てることはできるのに。


 そんな低レベル斧戦士ちゃんがこんな危険地帯を歩けるのも、彼女が首にかけている『アポシルニクの守り』と言う首飾りのおかげだ。自分から攻撃を仕掛けない限り、どんなモンスターにも気づかれなくなるレアアイテム。ダンジョン内では効果がないが、地上を歩く分には申し分ない。


 ちなみに装備条件レベル5以下の初心者用アイテム。集落の人に『これは絶対外すな』と言明されている時点で、彼女の強さもお察しだ。


「戦士。ぷぷぷ、戦士。ねえ、あのへろへろな攻撃が戦士の攻撃なの? ねえ、もう1回言ってみて」

「黙レ! ダーはまだ負けていなイ! 今は休戦中なだけダ!」

「聖女ちゃんが割って入っただけじゃない。それ無かったら普通に泣かしてたわよ」


 やー、とか、くらえー、とか言いながら当たらない攻撃を繰り返すこの子を見かねた聖女ちゃんが『まあまあ、落ち着いてご飯にしませんか? 服も乾かしたほうがいいですし』と仲裁しなかったら、トランプ兵で囲んでボコらせてたわよ。


「弱い者いじめはダメですよ、トーカさん」

「ダーは弱くなイ! 弱ク……弱ク……うわーん!」

「あわわわわ。ごめんなさいそういうつもりじゃ……」

「あーあ、とどめ刺した。アンタ、おもいっきり的確に相手の弱点つくわよね」


 弱いと言われて泣き出す斧戦士ちゃん。それをなだめる聖女ちゃん。


「ど、どうしましょうトーカさん。その、あの」

「知らないわよ。その胸で抱きしめたら泣き止むんじゃない? 包容力とかそういうので」

「セ、セクハラですからねそれ!」


 言って胸を隠す聖女ちゃん。……くそう、また大きくなったなこの子。


 なんで胸の大きさが分かるかって言うと、聖女ちゃんも裸だからだ。あとついでに言うとアタシも裸。川で転んで濡れたニダウィが近づいて攻撃してきて、水しぶきをさんざんまき散らしたのでアタシ達の服も若干濡れたのだ。その服はニダウィの服と一緒に乾かしている。


 で、ついでなんで水浴びしようということになった。なんだかんだで戦闘続きだったし暑いしで汗だくだったのだ。さすがに真っ裸になるのは抵抗があるので、水浴びが終わってからはタオルは巻いている。そのタオル越しでもわかるぐらいに、聖女ちゃんのは大きい。おかしい。なんだあれ。


 陶磁器のような白い肌。なだらかな肩。そしてそこから存在を示すかのような巨大な胸。大きく柔らかい二つの山。別にうらやましくなんかないけど、誰もが目を引くだろう圧倒的なボリュームがそこにあった。繰り返すけどうらやましくなんかない。


 大きく息を吐きながら、アタシは自分の胸を見る。戦士ちゃん同様、絶壁。いや、少しぐらい起伏はあるかもしれないが、聖女ちゃんのを見た後だとないが如く。その戦力差は9:1レベル。いや、8:2……いやさすがにそれは無理がある。8.5:1.5ぐらいは……。


「なにを唸っているんですか、トーカさん」

「内なる魔物に抗っているのよ。このまま身をゆだねるか、あるいは戦い続けるか」

「何のことかわかりませんが、悩み事があるなら相談に乗りますよ」

「アンタにだけは絶対に相談しない」


 胸を押さえながら苦渋の表情でそれだけ返す。この件は相談したら負けだ。乙女は負けると分かっていても戦わなくちゃいけない時があるのよ。そう、悪魔に魂を売ってでも――


「そうか。悪魔と契約してステータスを弄ってもらえば」

「なにを考えているのかわかりませんが、それはトーカさんには効かないんじゃなかったんですか?」

「う……! アタシの聡明さが恨めしい……!」


 そもそもあの悪魔リーン巨乳てきだったわね。くそう。


「悪魔と契約ダト!? やはりお前はアウタナの敵カ!」


 アタシの言葉に泣き止み、指さしてくる斧戦士ちゃん。嘘泣きと言うわけではなかったのか、涙をぬぐっている。


「いえその、トーカさんはあくまで冗談で言ってるだけですから」

「可能ならガチでやるつもりだったわよ」

「時々トーカさんのIQが下がるのは何か法則でもあるんですか……?」

「アンタには永遠にわからないわよ……持たざる者の苦悩は……。富む者を隣で見続ける者の葛藤は……って、待って」


 何度も言うけど、悔しくなんかないからね! ちょっと大きいからって羨ましいとかそんなこと思ってないんだから! ……その後で、我に返るアタシ。現実から目を逸らしたわけじゃない。絶対違うから。マジでおかしいと思ってのツッコミだから。ホントだから。


「この辺に悪魔なんていないわよ。アタシ、この辺のモンスターデータ把握してるし。悪霊系と動物系が中心でデーモンとか全然いないわよ」


 アウタナ周辺は自然精霊と動物のエリアだ。川の精霊とか北風の精霊とかの類や、悪霊とそれに憑りつかれたモンスター。しかも動物の姿を模している。聖女ちゃんやアタシが楽に勝てる相手ばかりなのだ。


 悪魔系モンスターが主に現われるのは遥か北の方だ。ここにはいない。いるなら相応の対策を立てないと手も足も出ないから、警戒度は高い。こんなところにいるはずがないのは間違いない。


 アイツら硬いしHP多いしと面倒なのだ。聖女ちゃんが【聖魔法】取ってれば弱点の聖属性でメタれるけど、そんなスキルポイントはない。以前闘技場っていうか刑務所で倒したけど、あれは即死攻撃でどうにかしただけだ。基本的に難敵である。


「噓つくナ! ダーたちミュマイ族はずっと悪魔と戦ってきているンダ! アウタナの頂上を狙う悪魔達! そこから守るために、皆命をかけて戦うのが戦士の使命!」


 だけど、斧戦士ちゃんはそれを否定する。自分達はずっと悪魔と戦っていると。


「戦士……アンタみたいなよわよわざこざこばっかりが?」

「ミュマイ族を馬鹿にするナ! ダーは……ダーは弱いけど、ミュマイ族の戦士は強イ!」

「そうですね。悪魔と戦っているんですから、さぞお強いんでしょうね」

「早く……早くダーも強くならないといけないのに……! ミュマイ族とアウタナを守るために、強くならないといけないのに……!」


 言って俯く斧戦士ちゃん。震えながら涙を流し、声を殺して泣いていた。自分が弱いことなど十分に理解していて、それでも強くなりたいと嘆いている。


「ふーん。そう、がんばってねー」


 まあ、アタシからすれば知ったことじゃない。がんばってね以外の感想は特にない。


「トーカさん、少し冷たすぎませんか?」

「いきなり攻撃してくるお馬鹿さんを許すだけでも優しいと思うけど、アタシ」

「その件も元々はトーカさんの発言が原因なんですよ。行動はともかく、ニダウィちゃんは大事な場所を守ろうと一生懸命だっただけですし」


 あ、ヤバイ。この子の良い子エンジンに火が付いてる。早めに鎮火しないと面倒ごとになる。アタシは有耶無耶にしようと早口で心なく謝罪をした。


「あー。そうね。アタシも言い過ぎたわ。だからこの件はこれで終わ――」

「ニダウィちゃんを強くしてあげましょう。レベルアップはトーカさんの得意技ですよね」


 まっすぐな瞳でアタシを見ながら、聖女ちゃんはそう言い放つ。有無を言わさぬその圧力。ちくせう、間に合わなかったか。


「やだー。めんどくさいー」

「はい。めんどくさいかもしれませんが、トーカさんならできると信じてます」


 ささやかな抵抗もまっすぐにアタシを信頼している瞳で封じられ、アタシはため息をついた。

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