35:メスガキは別れを告げ、そして一歩踏み出す

「うぃー。ワシは酔えば酔うほど強くなるんじゃ!」


 勲章授与から数日後、アタシと聖女ちゃんは壁越えイベントの為に闘技場で戦っていた。翼の生えた虎をプリスティンクロースを着て動物属性特攻でぶっ飛ばし、ペーパーゴーレムの虎は久しぶりのクリティカルバニーアタックで倒し。そんで酔っ払ったおじいちゃんは聖女ちゃんにバトンタッチ。


「お酒は節度を守って飲みましょうね」

「おお、優しい子じゃ。こんな子に酌してもらえるなんて。ワシは幸せじゃあ……」

「どっちかって言うと介錯よね。よいしょっと!」


 バステを受けるたびにそれを打ち消してバフがかかる酔っぱらい爺。その対策はって言うと、バステなしで殴るだけ。聖女ちゃんは聖歌を歌ってもらい盾に徹してもらう。そんでアタシがもう一度クリティカルバニーアタックで一気にHPを削り切った。


「勝負あり!」


 かくしてイベントをこなし、壁の向こうに行く権利を得たアタシ達。もうラクアンにいる必要はないと、旅立ちの準備をする。食料を買い込んで<空間魔法>内に収容した。


「ここから先は、大きな街とかあんまりないからね。小規模な村とかばっかだから」

「モンスターが強い区域で、小規模な村や町はどうやって防衛しているんでしょう? 国みたいに城壁があるわけでもないのに」

「……超強い村人がいるんじゃない? 知んないけど」


 RPGあるあるな題材なんだけど、実際にはどうなんだろうと考えてみる。高レベルモンスターが徘徊する地域を守る手段。やっぱり村人のレベルが高いとかだろうか。あとは特殊な結界を張ってるとかそんな感じか。


 とかどうでもいい事に頭を悩ませていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「トーカさん、コトネさーん!」

「もうもう! 旅立つ日ぐらい前もって言ってほしいな! アイドルは忙しいんだよ。ビジービジー!」


 ラクアンの門の前で待っていたおねーさんとアイドルさんだ。


「なによ。フレンド登録したんだから用があるならそれで話せばいいじゃないの」

「あー。そういうこと言うかなこのがきんちょは。こういうのは面と向かって話すのがいいの」

「そういうクールで味気ないトーカさんにしびれます。それでいて実は寂しがり屋と言うギャップがまた」

「アタシ、別に寂しがり屋じゃないから」

「まあまあ」


 そんな会話をするアタシ達。そんな中、すっと手を差し出すおねーさん。


「短い間でしたが、お世話になりました。お二人の活躍を期待しています」


 おねーさんはしばらくヤーシャに残ってテーラーの仕事を続けるそうだ。いろいろ有名になってスポンサーになりたいって人もいたみたい。だけど全部断ったとか。


 実はアタシもパーティに誘った。スペック的にもおねーさんがいたら戦術増えるし相性もいい。だけど拒否されたのだ。


「まだまだワタクシは未熟です。もうしばらく、針を重ねていくつもりです」


 スポンサーになりたいと言った人達全員にもそう返したという。おねーさんの意志は固い。あの肉の塊から脱出できるぐらいに一途で、そしてまっすぐな思いを持っているんだから――


「ああっ! でも幼女に雇われるというのは捨てがたいです……! 禁断のッ! ロリのッ! ヒモッ! 年下に甘やかされながら罵られながらの生活と言うのも……! みにゃああああああああ!」


 ……まあ、その、こういうところもまっすぐ、なのかなぁ?


 そんなことを思い出しながら、アタシ達はおねーさんと握手する。アタシが生まれる前から針を握ってきたテーラーの手を。


「おねーさんも頑張ってね」

「私の服もいつか作ってくださいね」


 言っておねーさんと握手を交わすアタシと聖女ちゃん。別れと言えば別れだけど、別に今生の別れじゃない。フレンドチャットで話もできるし、寂しくなんかない。


「うんうん。いいシーンだね。アミーちゃんはクールに去ったほうがいいかな? かなかな?」


 茶化すようにアイドルさんがそう告げる。


「一応アンタにも世話になったからね。挨拶ぐらいは受けてあげるわよ」

「もう、トーカさん」

「世話になったのはアミーちゃんの方だよ。色々忘れそうになったことを思い出させてくれたからね!」


 何のことだかよくわからないけど、アイドルさんはアタシに感謝するようにそう言って手を差し出した。アタシ何か言ったかなぁ? 疑問に思いながらも手を取る。


「何かあったら、すぐに助けに行くよ。アイドルアミーじゃなく、月原網彦つきはらあみひことして」

「つきはら、あみひこ?」


 握った手は、おねーさんと同じく自分のアイドル衣装を自分で作るテーラーの手。だけどそれはどこか力強かった。まるで男性のような……。


「え、マジ!? アンタ男だったの!?」


 上から下までアイドルさんを見る。茶色のウィッグ。メイクされたきれいな顔。風の精霊を宿した白いアイドル衣装。スカートから延びる足。そして男と思ってもう一度見る。……おとこ? うそだあああああ!?


 ……信じられなくなって、おねーさんと聖女ちゃんを見た。二人は驚くことなく答える。


「はい。アミー様は今は時めく『男の娘アイドル』ですよ。ファンの方々からも『こんなかわいい子が女の子のはずがない』『ついてるからいいんだろうが!』『性癖全壊系アイドル』『俺は今、覚醒めざめた』と大人気です」

「もしかして、トーカさん気付いてなかったんですか?」

「知らないわよ! っていうかなんでアンタは気づくのよ!?」


 思いっきりカルチャーショックを受けてるアタシに、笑顔でVサインを出すアイドルさん。メイクやらなんやらで女性に見えるけど……今まじまじと見ても男だって全然わっかんない。


「いえいいえい! あ、性別は公開してるけど本名はファンにも秘密なのさ! 本名バレはアイドルには致命的なの。シークレットシークレット!」

「そっちは公開して、本名は公開しないんだ……」

「もちもち! アイドルは秘密があるから輝くんだよ。ミステリアスでシークレットなアミーちゃんに夢中になってほしいのさ! どりーむどりーむ!」


 徹頭徹尾の秘密主義。ステータスさえも公開しなかったアイドルさん。キラキラとかよくわかんない目的のためにアタシ達と一緒に戦ってくれた人。


 アイドルなんてただの虚構で、都合のいい偶像だ。だけどこの人――月原網彦はあの肉の塊を突破できるぐらいにまっすぐに何かを目指して歌える人間だ。その理由はうかがい知れないけど、その思いは本物なのだ。


「……そうね。気が向いたら、コンサートに顔出してもいいわよ」

「わおわお! そん時はS席に招待してあげるね! アミーちゃんの熱狂ライブで元気に笑顔にキラキラにしてあげるから! 待ってるよ待ってるよ!」

「そん時に思わず本名呼ぶかもしんないから、覚悟しなさいよ」

「よーし、がきんちょ。きーおーくーをーうーしーなーえー」


 言って頭をゴリゴリしてくるアイドルさん。やっぱりこっちの方がなじみやすい。素の性格なんだろう。


「それじゃあそれじゃあ! アミーちゃんはファンが待ってるからこれで! またねまたねー!」

「アウタナは水が危険と聞きます。お体にお気をつけて」

「うん。おねーさんもアイドルさんも、元気でね」

「それでは行ってきます」


 そして手を振って二人と別れ、アタシと聖女ちゃんは旅路に出る。目指すはアウタナ。そこで一気にレベルを上げるわよ。


「目標はナグアルでレベルを70まで上げて、ウェンディゴからのレアドロ狙い! せっかくカグヤドレス作ってもらったんだから、ガンガン盗んでいくわよ!」

「盗むって言い方はどうかと思いますが、了解です」

「モンスターに人権はないからいいのよ」

「人権がないのと殺したり盗んだりしていいのとは別と思います。いえ、人間を襲う以上撃退することには異論はないのですけど」

「だったらいいじゃないの。資源の有効活用は人類の発展の為よ」

「そうなんですけど、モラル的なものが」


 お互い反発するようなやり取りだけど、アタシは心地いい。聖女ちゃんもそうだったらいいな、と思って顔を見たらアタシの方を見てちょっと微笑んでた。思わずアタシも笑ってしまう。


 壁の門を抜け、向こう側の出口の前で足を止める。あと一歩踏み出せば、魔物の領域だ。アタシはそこで足を止め、聖女ちゃんもその隣で足を止めた。


「行くわよ。せーの、で同時に入りましょ」

「はい。一緒に行きましょう」


 だけど、今は一緒に歩いていける。ついてきてくれる。その事実をかみしめた。いつか道は分かれるかもしれないけど、少なくとも今は――


「「せーのっ――!」」


 二人一緒に壁を越えて、魔物の領域に同時に足を踏み出す。たったそれだけの事なのに、ちょっと恥ずかしくて誇らしい。絶対口には出してやんないけど。


 目指すはアウタナ。はるか遠くに見える、頂上が切り取られたように平らな山。かつてそこに世界樹があったと言われる聖地の跡。


 そこに向かって、アタシ達は走り出した――


 

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