33:メスガキは悪魔をボコボコにする
「そうそう、遺言はゆっくり考えてください。時間はたっぷりますから。
貴方が寂しくて気が狂うまで――え?」
おねーさんとアイドルさんに任せた次の瞬間、一瞬まぶしいと思った後に目にしたのは驚きの表情を浮かべた悪魔の顔だった。セリフと表情から察するに、時間的には1秒程度しか経過してないようだ。
「どうやら、肉の中から出れたようね」
「ええ。時間もあまり経っていないようです」
アタシと聖女ちゃんは、先に肉から出ていたおねーさんとアイドルさんに手を引かれる形で立ち上がる。先に『外』に出た二人がアタシ達に声をかけた形だ。
肉の塊なんてなく、あれは幻覚。夢の産物。その証拠に、ナタはオッサンの姿のまま伏している。捕らわれた人間のうち誰かが脱出したら消えたのかな。一度しか入れないダンジョンとか、そんな感じで。そう考えるとしっくりくる。
「テケリ=リから脱出できた……!? 自分自身を保ったまではわかります。この世界を一線を引いた眼でみることができる貴方なら自我を保ち、しかし何もできないと絶望するはず。そして諦めて夢に埋没するはず……!
ましてや希望の世界ではなく、絶望の世界に戻ろうとするなどありえない! しかも、それが――この世界の理を知る者ではない人間が……!」
睨み奥歯を噛みしめ、全身全霊でアタシ達が肉の塊から出れたことを否定する悪魔。だけど目の前にある現象を否定できない。そんな葛藤が露になっていた。
「何故幸せに溺れない!? 貴方達が何を望んだかは知りませんが、根底にある夢と希望を叶えたのは確かなのに!
人間は欲望のままに動く生き物。幸せを求める精神構造。その欲と幸せを満たした状態から、何故逃れようというのですか!?」
幸せに溺れる。
確かにあの肉の中はそんな感じだった。アタシはともかく、聖女ちゃんやおねーさんやアイドルさんは、確実に幸せな夢を見ていた。
そこから目を覚まさせたのは、確かにアタシだ。だけど夢より現実を選んだのは、皆だ。実のところダメ元だったけど、それでもアタシの声で目覚めることを選んだのは皆の判断だ。
「ま、アタシのカリスマってやつね」
なんかドヤるターンなのでドヤってみた。自分でもちょっと強引かなと思いつつ、すぐに来るだろう聖女ちゃん達のツッコミを待つ。
「ええ。全部トーカさんのおかげです」
「貴方の信頼に応えただけです」
「がきんちょのくせに、いいこと言ってくれたもんね!」
なんだけど、帰ってきたのは意外にも肯定の言葉だった。あれ? アタシなんかしたっけ? アイドルさんに至ってはいつもの口調じゃないし。
「確かに甘く幸せな夢でした。現実は辛く、戻ることを忘れるぐらいに。それでも、積み重ねた針と糸で得た信頼を選んだだけです」
「笑顔にしたい人を笑顔にしないまま寝てお終いなんて、カッコ悪いもんね!」
おねーさんとアイドルさんはそう言って悪魔を見る。その声にはゆるぎない何かを感じる。もう一度甘い夢の中に落とされたとしても、すぐに戻ってくる。そんな言いようのない何かを。
「……認めましょう。その意思の強さは本物のようです」
悪魔は言って落ち着きを取り戻す。冷静さを取り戻した、と言うよりは失敗と損失を認めて割り切った感じだ。どんだけのダメージかはわからないけど、かなりの痛手なのは見てわかる。声からも悔しさが伝わってくるほどだ。
「で、どうするのよ。もう一回あのナタに変身させて戦わせるつもり? それともアンタ自身が戦うの?」
油断なく構えるアタシ。ダメージやリソース的にはまだ戦えるけど、強さのわかんない相手との戦いは避けたい。一応相手はアタシをどうにかしたいようなことを言っていたから、ここで襲い掛かってくる可能性はゼロじゃない。
「やめておきましょう。手持ちの
私自身が戦うというのもパスします。戦闘許可はもらっていませんので。大人しく撤退させていただきますよ」
だけど悪魔は肩をすくめて両手をあげた。降伏とばかりに首を振ってため息をつく。許可さえもらえれば戦えるしアタシ達に勝てる。そんな口ぶりだ。
「ふーん。許可貰えないと戦えないんだ、アンタ。ってことは今は殴りたい放題よね」
「え。」
だけどそんなの知ったことか。
せっかく目の前に高レベルの悪魔モンスターがいてそれが抵抗しないって言ってるのだ。攻撃しないゲーマーがどこにいるっていうのよ。
「ここで終わりにしましょうムーブかましてるところ悪いんだけど、アンタのおかげでアタシすんごく迷惑被ったのよね。クーデターに巻き込まれたりなんやりで。その事を無しにしてサヨウナラ、っていくと思う?」
「あ。いや、この騒動は8割方ナタさんの思惑で。人間の欲望の結果であって私のあずかり知る所ではないというか。あの、平和的にここで終わりにしませんか? そういう流れと思うんですけど」
「その様子だと本当に反撃できないみたいね。殴られたらアクティブになるモンスターとかじゃなく、攻撃自体ができないようにプログラムされてる感じ。きゃー、そんな状態なのに偉そうにしてたんだー」
アタシの問いかけに沈黙を貫く悪魔。その態度がアタシの推測を肯定していた。
「いろいろストレス溜まってんのよ、こっちは。思いっきり殴らせてもらうわよ」
「あばばばばばば。転送! 転送まだですかー!?」
「【ハロウィンナイト】で動物属性にして、プリスティンクロースに着替えて【笑裏蔵刀】! きゃー、結構ダメージはいるじゃない。防御力ゼロなの? 鎧も服も着てない痴女だから仕方ないわよねー。へんたいちじょあくまー」
「痛い痛い痛い! こんなことされるなんて想定外だから、
「どうやら今はムービーモードとかそういうのもできないみたいね。予想されたパターン以外は何もできない感じ?
あはは。悪魔とか言ってるくせに情けなーい。ぼこぼこにされて頭抱えて涙するとか、恥ずかしくないのかな?」
「に、人間の欲望なんか大嫌いー!」
たっぷり5秒間。悪魔がこの場から消えるまで、思いっきり攻撃し続けるアタシ。
「ふん。たいしたことなかったわね」
悪魔が完全に消えてから、アタシは腕を組んで胸を張る。別に経験点が手に入るわけじゃないけど、憂さは晴れた。
「……ちょっと悪魔さんに同情します」
「なんでよ。恨みを返しただけじゃない」
「恨み云々は否定しませんし、今回の事の元凶なのでこれ以上擁護はしませんが……トーカさんは少し遠慮というモノを学んだほうがいいです」
額に手をやって、聖女ちゃんがため息をついた。悪魔の方が悪いと分かっているのに、それでもやりきれない思いがあるらしい。いいじゃないあれぐらい。
「キミたち、何をしている!?」
そんなアタシ達に、武器を持った複数の兵士が現われて、叱咤してくる。あ、そういえば城に強引に侵入したんだっけか。いろいろあって忘れてた。もしかして兵士ともう一戦する流れ?
「ここは危険だ! 6本腕のモンスターが城を占拠している! どこにいるかはわからないが、かなり高い戦闘力を持っている! 早く避難地域に――」
そして兵士達は叫びながらアタシ達を守るように展開する。安全な方へと誘導するように陣を敷き、周囲への警戒を行いながら、盾でアタシ達を守ってくた。
「ぷっ、あはははははは!」
「わ、笑ったら失礼ですよ。トーカさん」
「実はその魔物ですが――」
その真面目な態度に思わず笑うアタシ。聖女ちゃんもアタシを諫めながら笑顔を浮かべていた。怪訝に思う兵士達に、おねーさんが説明をする。
――こうして魔物によるラクアンのクーデターは終息したのであった。
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