32.5 想い、解き放って――(ソレイユ アミー side)

 ソレイユ・クシャンが服を作ろうと思ったのは、幼いころ。テレビで見たコンサート。そこで歌う人たちに魅了されたからだ。


 自分が輝きたい、と言う思いよりも誰かを輝かせたいという思い。主役になるよりもその主役を引き立てたい。ソレイユはそういう女性だった。誰かの笑顔を見ていた。誰かが輝く様を見ていたい。そんな思いが強かった。


 洋裁を学び、針を学び、ミシンを学び――そして現実の厳しさを知った。服の歴史は深く、そして長い。服を作る世界において、50歳半ばからが一人前。『好き』という気持ちだけでは突破できない壁があった。


 それでもソレイユは針を捨てなかった。鋏を置くことはなかった。ただひたすらに作り、学び、そして作り。認められずに貶されて、狭く寒いアパートメントで薄いコーヒーを飲みながら服を作り――


『オー・ギルガス・リーズハグル・シュトレイン。偉大なる三大神に願い仕る』

『天杯の寄る辺に従い、剣の導きに従い、聖母の歌声に導かれし者よ』


 気が付けば、この<フルムーンケイオス>の世界に召喚された。何が何だか分からないままに召喚され、しかしステータスをいじられたこともあり『異世界召喚』の概念は理解できた。それがなければパニックに陥っていただろう。これは死後の世界だと絶望していたかもしれない。


『テーラー』のジョブに就いたことで役立たずと城から放逐されたソレイユだが、彼女はそれを苦に思わなかった。むしろ歓喜したぐらいだ。やることは変わらない。針を持ち、鋏を持ち、ミシンはないけど服を作るのだ。


 裁縫道具といくつかの布からのスタート。だけど苦労など現実でも培ってきた。むしろ短時間で多くの服を作れるのは素晴らしい。すぐにこの世界を受け入れ、テーラーの修行を開始する。


 ……とはいえ、皮を得るために動物を殺しに行くのはさすがに堪えた。ジョブが戦闘向きじゃないということもあるけど、狩りと言う概念はソレイユのこれまでの人生で未経験だった。ゲームなど知っているけど触ったことのない針子修行だったのだから。


 苦労してウサギを狩って皮を得たり、戦闘職の人から皮を譲ってもらい、そうして得た素材に針を通す。一歩一歩。一針一針。これまでそうしてきたように。これからずっとそうするように。


 この一針が光を浴びることはない。それはわかっている。主役はモデル。着る人で、服を作った人は表に出ない。それでいい。その一瞬のために、苦しみながら手を動かすのだ。


『アタシは服作ってるおねーさんはかっこいいって思ったし、おねーさんの服なら着てみたいって思ったのよ!』


 だから――トーカさんのこの言葉に泣きそうになった。服を作っている自分を見て、カッコイイと称賛した言葉に。着てみたいと言ってくれた言葉に。


『おねーさんはアタシが大丈夫だって信じて認めたテーラーなんだから』


 はい。その言葉に応えましょう。その信頼に応えましょう。


『手足がないとか思わず、昨日アタシの服を作ったみたいにやってみて』


 そんなのお安い御用です。これまでそんなのは何度も繰り返してきました。これからも何度も繰り返すことです。


「一針一針。想いを込めて」


―――――――――――――――――――――――――――――――


 アミーがアイドルになりたいと思ったのは、幼いころ。テレビで見たコンサート。そこで歌う人たちに魅了されたからだ。


 そしてそれは、病に侵された自分には叶わぬ夢だということを知っていた。数万人に一人の奇病。薬を投与し続けないと命を失う原因不明の病。病気と闘う自分にアイドルなど不可能だ。遠い世界を見るように、画面向こうの世界を見る。


 病気と闘うことは辛かった。痛いわけではない。苦しいわけではない。ただ、両親が悲しむのが辛かった。医者が謝るのを見るのが辛かった。嘆く親の顔を見るたびに、無力に苦しむ医者の顔を見るたびに、自分がいてはいけない人間なのだと痛感した。


 こんな体に生まれてごめんなさい。病気になって御免なさい。普通じゃなくてごめんなさい。だけどそんなことを言うと、さらに親と医者が悲しむことは理解していた。


「ダイジョブジョブ! こんな病気なんかいつか治して、元気になるんだから! ガンバガンバ!」


 だから、笑った。


 誰にも心配かけまいと。心に蓋をして。仮面を被って。いつかハッピーエンドになるとそう思わせるように。自分を魅了したアイドルのように。明るく、元気に、能天気に。誰にも不安を与えないように。


「いくぞいくぞ! 病気なんてただのプロローグ! 苦労の後に花開くための前段階さ! 目指せ未来のハッピーエンド! れっつごーごー!」


 ――そんな幸せが来ないことなど、自分が一番知っているのに。


 笑った。見栄を張った。演技をした。そうすることで、周りが少しでも明るくなるなら何でもした。これが自分にできること。アイドルみたいに大舞台で輝けないけど、自分の周りにいる人達ぐらいは元気にしたかった。笑ってほしかった。


 そして、


『オー・ギルガス・リーズハグル・シュトレイン。偉大なる三大神に願い仕る』

『天杯の寄る辺に従い、剣の導きに従い、聖母の歌声に導かれし者よ』


 気が付けば、この<フルムーンケイオス>の世界に召喚された。何が何だか分からないままに召喚され、しかしステータスをいじられたこともあり『異世界召喚』の概念は理解できた。それがなければパニックに陥っていただろう。これは死後の世界だと絶望していたかもしれない。


 病気に侵されているはずの体は『ステータス』の影響下なのか、健康体になっていた。投薬の必要もない体。そのことに歓喜していると、友好的な声がかけられる。


「素晴らしい。貴方のジョブはこの世界の至宝だ。私の側近になる気はないか?」


 レアジョブ『妖精衣フェアリードレッサー』についたことにより、王家から優遇される。アミーは王家――クラインの黒い野望に気づき、距離を置きたかった。前の世界の経歴から人の顔や様子をうかがうことに長けていたこともあり、早々に見切りをつけたのだ。


 ただ、モンスターに苦しむ人を見捨てられないので利害は一致した。モンスター退治をすると同時に、アイドルとして活動する許可を得る。王家はよくわからない文化に渋い顔をしたが、モンスター退治を疎かにしないならという条件で了承した。


「いぇいいぇい! アイドルアミーの活動開始だよ! いくぜいくぜ!」


 アミーのアイドル活動は好調だった。きれいな衣装を作り、ダンスと歌を披露する。同時に妖精衣の育て方を理解し、それに沿って成長させる。常にキラキラ輝き、多くのファンがいた。


 その際に、元の世界の名前をもじってアミーを名乗る。病気のない自分じゃない体。自分じゃない名前。自分ではできなかったアイドル活動。全部偽の、自分。これまで仮面を被ってきたように、ずっと仮面を被るのだ。


『こんなところに夢の中でしか目立てない引きこもりアイドルがいるわ。現実じゃ輝けないから夢の中でいい気になって、情けないと思わないのかなぁ?』


 ……だから、この一言は堪えた。


 この世界にいる自分は仮面を被った偽の自分。現実の自分がどうなっているかはわからないけど、現実じゃ輝けないのは事実だ。あの子が自分の事情を知って罵ったんじゃないと分かっていても、辛い一言だった。


『悔しかったら起きてから現実で頑張ってみなさいよ。夢の中でしかコンサートが開けないねぼすけアイドルさん』


 ああ、悔しいよ。現実じゃできないことだもん。何度嘆いて、何度死にたくなったか。この世界でアイドルになって、すこし調子に乗っていたのは事実だ。だけど本当に笑ってほしい両親や医者は、この世界にはいない。


 この世界で慕ってくれるファンたちを蔑ろにするつもりはない。だけど順列をつけるなら、やっぱり元の世界の両親と一緒に病気と闘ってくれた先生に笑ってほしい。もう元の世界には戻れないかもしれないし、もしかしたら本当に死んでしまってこの世界に来たのかもしれない。だけど、


『どろどろぬちゃぬちゃぐだぐだごりごり! そんな汚泥を踏みしめて、現実の辛さを飲み込んで! それを全部塗り替える光を放てるのがアイドル! キラキラキラキラ、輝くの! キラキラ!』


 忘れるはずがない原初の想い。誰かを笑顔にしたいという思い。現実が辛いのなんて当たり前。それを塗り替えるために、笑顔で歌うのだ。そのために嘘を重ねた。そのために自分を偽った。


 ここにいる自分は自分であって自分じゃないけど、


『最高にキラキラして、最高にピカピカして、最高にギラギラに輝いて、最高にキャアキャアされたいの! 目立つとかそんなんじゃなくて、多くの人ににこにこになってほしいの!』


 この思いは譲れない想いだ。


「言ってろよ、がきんちょ。全部全部、笑顔でアミんアミんにしてやるんだから!」


 そしてアミーは、歌う。


 偽物だらけの、だけど本物の想いを込めて。

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