24.5:天が堕ちるとき(天騎士ルーク&???side)

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 負けた。遊び人トーカに負けた。


 遊び人トーカに挑んで負けた夜、ルークは酒場で一人酒をあおっていた。屈辱を流そうとばかりに度の強い酒をハイペースで飲む。


 だが、そんなもので負けたという事実は消えない。実力をぶつけあうような戦い。互いの技量をぶつけあうような勝負ではなく、バッドステータスでこちらを弱らせて何もできずに負けた。自分が最も忌むべき手段でまけたのだ。


 それをルークは卑劣な行為と罵るが、それもまた技術であることに気づかない。実力差のある相手に思考し、勝機を見出すためにからめ手を使う。知恵を駆使して不利な状況をひっくり返す。


 それは人間が自然の中を生きてきた技術。人間よりも強い動物のいる中、それでも生き延びて文明を作り上げた叡智。それがなければ生きてはいけなかった。毒をもって猛獣を狩り、罠を仕掛けて外敵から仲間を守り、そうやって人間はこの世界を生きてきたのだ。


 だが、ルークはそれを知らない。知ったところで認めない。


 なぜなら、それは自分が信じる正義から最も遠い行為だからだ。努力して強くなる。そうして得た力で勝ち抜くことこそが、正義なのだから。


 なぜならそうでなければ、努力する意味がないからだ。楽して得られる力や勝利など、怠惰である。怠けることを覚えてしまえば人は成長しない。成長しない生き物は、生きる価値がない。


 それは大きな間違いである。人が努力するのは今をよくするためで、それには楽したいという気持ちが大きい。蛇口をひねれば水が出るのは、水道管やきれいな水を作るシステムを作った多くの人間の努力の結果だ。人が作ったものは、今の生活を楽にしたいという思いから生まれたものだ。そこに貴賤などない。


 ルークの中では、努力はつらく苦しいもの。それを乗り越えたモノが得られる達成感。それこそが最大の報酬だ。端的に言えば、その達成感以外はルークにとっては不要だった。


 その努力を否定された。つらく苦しい闘いの日々。地道に築き上げた強さ。それがあっさりと敗北した。


「あんな、あんな卑劣な手段で……!」


 そう、遊び人トーカは邪気のない顔で微笑んでこちらの気勢をそぎ、<困惑>している隙に聖女コトネと同時攻撃。最後の遊び人の攻撃は笑顔でこちらの隙をつくようにナイフを突き刺してきた。


「あんな笑顔で……! あんな笑顔で……!」


 思い出すあの笑顔。小さな体にかわいい笑顔。純粋無垢な少女を思わせる清らかな笑み。あれだけの笑顔を見せながら、戦いが終われな痛烈にとどめを刺しに来る。


『あんだけ偉そうに正義だとなんだの語っておいて、1秒も耐えられないとか情けなくなーい?』


『おにーさん、もしかしてトーカに負けたかったから勝負に挑んだの?』


『やだー、おにーさん何してるのよ。トーカ全然楽しめなかったじゃない。もう少し頑張れないの。ほら、がんばれがんばれ』


『でもまた負けちゃうんだよね。おにーさんよわよわだもん。何度やってもお・な・じ。正義の弱さをみんなに見せるだけだよ』


『あは、おにーさんの努力の結果が今なんだよ。地道な努力、トーカに負けちゃったね。ざ・こ』


 見下したようなあの笑顔。嘲笑う唇。見下す瞳。その表情がルークの脳裏に刻まれている。負けたのは事実だ。そして勝つためのヴィジョンがルークには浮かばない。


「町の人も、あの遊び人の存在を受け入れているようだし……! 何故だ! 何故誰も努力して勝つと言う正義のすばらしさを理解しない!?」


 トーカに決闘を宣戦してから今までの三日間。ルークはチャルストーンで活動していた。近隣のモンスターを狩りながら、トーカの噂を聞いていた。


『ああ、あのお嬢ちゃんか。オーガキングを倒してくれて助かったよ。素直じゃないけどな』


『あの子のおかげでヤーシャとの流通が再開されてよかったですわ。少し言動に難ありですけど、根はやさしい子ですわね」


『聖女を助け、善行を積む。素晴らしいお方です。他人を突き放すような態度を取りますが、頼られれば断れない性格のようですな』


『あの遊び人はボルドー、アガット、グラナートのスカーレット三人組『赤の三連星』の狩りの邪魔をしやがった生意気な娘だ。腹いせにオークションの邪魔をしてやる。お前もあのガキが憎いならコメントに書き込んでくれないか?』


 町の人の意見は、おおむね好意的だ。子供っぽく生意気な部分はあるが、それを含めて力ある英雄に恥じない行動をしている、と言う。なお最後の意見を聞いたルークは二時間ほど相手を正座させて正義の説教を叩き込んだが、それは余談。


 そしてそれは今日の戦法を見ても変わらない。それが遊び人の戦いなのだとしても、それを卑劣と罵る者はいなかった。その戦法で街を救い、町に笑顔を取り戻したのだから。


「勝てばいいのか……! その過程が卑劣であっても許されるのか……!」


 酒を飲むペースが加速する。その度にトーカの笑顔が思い出され、さらに屈辱に塗れていく。悪循環であることに気づくことなく、ルークは限界以上に吞み続ける。


「そう。あの女は卑怯な女。罰されねばならない女」


 いつの間にか、ルークの横には一人の女性がいた。夜の酒場に溶け込むような妖艶な姿をした女性。誘うようでいて、しかし誰も触れさせないトゲを持つ雰囲気。


「そしてそれができるのは貴方だけ。天騎士ルーク。貴方の力があればあの女をボロボロにできるわ」

「……ふん、嫌味か。俺は完膚なまでに負けたんだ」

「それは貴方の心に優しさが残っていたから。反省、なんて生ぬるいわ。痛めつけて、心を折って、二度と逆らわないと泣き顔で謝らせて。そこまでする気概があれば勝てたわ。

 ふふ、見たくないかしら? あの生意気な女が貴方に謝る姿を」


 女の声が、ルークの心に染み入っていく。その言葉に魔力がこもっていることなど、誰が気付こうか。


「そこまでするのは――」

「間違っている? この後あの女が行う悪行で多くのものが不幸になるとしても? 禍根は早めに摘まないとダメ。正義の力はそのためにあるんじゃないの? 卑劣な行為を止めて、正しい道を示さなくていいの?」


 正義。それがルークのためらいを消し去った。そうだ、このままではいけない。あの遊び人を成敗し、心の底から反省させなくては。そのためには多少の体罰も仕方ない。これも正義のためなのだから。


「そう。貴方は正義。あの女をボロボロにいたぶって、心をズタズタに引き裂いて。それが正しい事なのよ」

「そうだ。正義のために、やらなくては」

「そのための力をあげる。肉体と精神を蝕み、相手を破壊するための力を。

 さあ、言いなさい。あの女に『正義の力を教える』『ための』『力が欲しい』、と」


 女の言葉がルークの魂を捕らえる。


「遊び人トーカに正義の力を教えるための、力が、欲しい」


 頷くルーク。その瞬間に、ルークの魂が変質する。注ぎ込まれる魔の力。天騎士の力は黒く塗り替えられ、天使の祝福は魔に染まる。沸き上がる黒のオーラが物質化し、漆黒の鎧を形成する。


「今からあなたは暗黒騎士ルーク。悪魔の祝福を受けた、破滅を運ぶ者よ」


 魔の力をルークに与えた女は、薄く微笑んだ。


「オオオオオオオオ!」


 ルークは叫ぶ。同時にルークを中心に波動が膨れ上がり、チャルストーンの町全体を走る。そして町中の影から、黒い獣が生まれる。


「ワオオオオオオオオオオオ!」


 黒い獣が吠える。そして人々を襲い始めた。


 闇と血の惨劇が、始まる――

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