5:メスガキはオーガと戦う

「イタダキマース!」


 言いながら聖女ちゃんに拳を振り上げるオーガ。それ絶対食べる前の動作じゃない。


 4体のオーガがほぼ同時に聖女ちゃんに向かって攻撃する。


 聖女ちゃんは前衛職じゃない。『聖女』は育てる方向性によっては前衛で聖武器を振るうファイターにもなれるけど、そんな割り振りはしていない。


 なので【深い慈愛】の防御があるとはいえ、パワー型のオーガの攻撃四回を一度に食らえば聖女ちゃんのHPは耐えられない。もって三回。四度目の攻撃で力尽きるだろう。そして死亡キャラ復活なんてないから、そのままお亡くなりだ。


「……くっ!?」


 一撃毎に体が耐えきれずに曲がり、意識が飛びそうになるのが見える。それでも倒れないのは、彼女自身の意地と信念か。


 HPの値を確認するまでもなく、長くはもたないのは明白だ。そして【深い慈愛】を使っている間は、彼女は他の行動はできない。HPポーションを使って自分のHPの回復をする事もできないのだ。


 囮になるという事はそういう事だ。この事は聖女ちゃんに何度も何度も説明した。それで諦めてくれるなら良かったのに、聖女ちゃんは頑なに『構いません』って言ったのだ。


『耐えれば、トーカさんがどうにかしてくれますから』


 そう言って笑った聖女ちゃん。アタシが助けると信じて疑わない心が、いやになるぐらいに伝わってくる。


 なんなのよ。なんなのよそれ。


 アタシとアンタは出会ってからそんなに時間経ってないでしょう? あの時助けたのだって、そうするしかアタシが助かる道がなかったからだし、皇子を殴ったのもアタシの私怨だ。信用する要素なんか、何処にもないはずなのに。


 アタシからすればここであの子が死ぬまで囮をしてもらって、逃げる方が絶対にいい。聖女ちゃんを見捨てて、自由になって、好き勝手やるのが一番だ。勝手に信じたアンタが悪い。騙したアタシが悪いけど、不用意に信じるアンタも不注意すぎる。


 アタシがアンタを助ける義務なんてない。ないったらない。


 だから――


「やだー、ちっちゃい子に群がって、そういう趣味なんだ。ふーん」


 これはあの子を助ける為なんかじゃない。


「だったら、アタシとあ・そ・ぼ」


【微笑返し】――相手の殺意い割り込むように笑顔を浮かべ、相手を<困惑>させるアビリティ。もって数秒だが、これで命中率は大きく下がる。


 これはアタシのレベリングの為だ。オーガ4体を不意打ち同然に攻撃できるなんて、リスキーだけど超経験値的においしいからね!


「んで、アンタは凍っちゃえ。ぺんぺん!」

「ア? なんだコノガ……キ……」


 そしてペンギンローブを着て【カワイイは正義】で別のオーガに攻撃。<毒>と<凍結>でオーガの一体の動きを封じる。MPポーション飲みながら、次手を思考する。どうするのが最適か。思考と同時に体を動かす。

 

 オーガ4体の1体を<困惑>させて、もう1体を<凍結><毒>にした。これで聖女ちゃんにもアタシにも攻撃は当たらないし動けない。それを確認して【早着替え】で狼パーカーに着替え直した。


「おにーちゃん、おっきー。トーカがやさしくシテあげるね」


 にこっと、微笑んで【笑裏蔵刀】。確定クリティカル+攻撃力マシマシの一撃。ダガーがオーガのお腹に突き刺さる。けど――倒すには至らない。


「ブゴー!」


 攻撃を加えたアタシに向かって拳を振り上げるオーガ。これを避けれれば、どうにか――


 あ、これ、避けられない。当たる――


「――――あ」


 真上から振り下ろされるオーガの腕。何が起きたか一瞬分からず、気が付けば地面にうつぶせに伏していた。地面にたたきつけられたんだって理解した瞬間に、胸が、腕が、そして殴られた頭が痛みを訴える。


 痛い。痛い。痛い。


 呼吸をしようとするとそこに金属の棒を突っ込まれたかのような感覚が運れて、そこから脳を貫くような痛みが走る。腕を動かそうにも酸素がないから力が入らない。殴られた頭はもしかしたらなくなってしまったかもしれないぐらいに痺れてる。駄目、耐えられない。我慢の限界を超えてる。精神が痛みでぐちゃぐちゃになる。


(これ、無理――)


 限界。心が壊れる前に、意識が暗転する。スイッチを切るように、痛みから逃れるように脳が全部の痛みをシャットダウンするように、アタシの意識は――


「トーカさん! ……はぐぅ……!」


 聖女ちゃんの声。アタシが殴られて倒れたのを心配する声。そんな声を出しながら、あの子はオーガに殴られてる。


 ばっか。アンタの方が痛そうじゃないの。アタシはたったの1発で、アンタはもう2発も殴られてる。痛みで言えばあんたの方が2倍辛いはずなのに。なのにアタシの心配とかよくできるわよね。ホント、信じらんない。


「大丈夫、よ……。アンタの【深い慈愛】が効いてるわ」


 言って立ち上がるアタシ。囮を提案したアタシの方が先に倒れたんじゃ、示しがつかないもんね。


 実際、聖女ちゃんの【深い慈愛】の効果でどうにかHPは保ってる。折れかかった心も、どうにかなった。それに何よりも、


「追い詰められたウサギは、強いのよ!」


 HPは2。一桁。クリティカルバニーの条件達成だ。【早着替え】でバニースーツに着替え、殴ってきたオーガに一閃を喰らわせる。


「トーカのちっちゃい手で昇天しちゃうんだー? おっきいのになさけなーい」


『格上殺し』シリーズの攻撃力アップにくわえ、3倍ダメージのクリティカルヒット。流石にこれには耐えきれず、オーガは崩れ落ちた。


<アサギリ・トーカ、レベルアップ!>

<アサギリ・トーカ、レベルアップ!>

<アサギリ・トーカ、レベルアップ!>


<イザヨイ・コトネ、レベルアップ!>

<イザヨイ・コトネ、レベルアップ!>


 おー。流石レベル50のモンスター。一気にレベルが3も上がったわ。聖女ちゃんも2つ上がってるし。


 レベルアップ効果でHPもMPも全快。これで仕切り直しよ。


「アニキー! コノ、チビドモガー!」


<困惑>から回復したオーガが、アタシに向かって叫び、突撃してくる。


 だけど勝敗は既に決していた。


 オーガ4体。総力としては厄介だけど、オーガ単体は自分に対するバフしか使えないパワーファイターだ。その一撃は恐ろしいが、聖女ちゃんの【深い慈愛】でアタシでも一発は耐えれる。


 2体か3体に同時に殴られたなら耐えきれないけど、1体ずつならバステつけながら対応はできるわ。


 アタシが行ったのは、戦場のコントロール。<困惑>や<凍結>を用いて、オーガを一斉に攻撃させないようにしたのだ。時間にすれば数秒程度のずれだが、そのわずかなずれでじゅーぶん!


 ……ただ、まあ。


「痛いのはやだなぁ……」


 あの痛みを何度か味合わないといけない、っていうのはちょっと心が萎える。HPとかあるんだから、その辺は勘弁してほしい。


「ですがオーガを放置すれば他の人がそんな痛みを味わうことになります。それを思えばこの程度」

「アタシは他の人がどうなろうが知ったこっちゃないし。でもまあ――」


 ホントそれ。他の人がどうなろうが、アタシの心は痛まない。でも、


「オーガを倒して、一気にレベル上げるわよ!」


 レベルアップをやる気に変えて、オーガに挑むアタシ。


「こんなのが弱いんだー。なさけなーい」


「んー? どうしたのそんな顔して? 涎垂らして変な顔ー」


「ここまでされてるのに逃げないなんて、そういう趣味なんだー。あたまわるーい」


 そうして残り3体のオーガを倒した後には、痛みとダメージをレベルアップとポーションとやる気で乗り越えたアタシたち二人がいた。二人とも脱力して、岩の大地に寝転がってる。


「もー、むり。HPは大丈夫なんだけど、いたいの、やだ」

「流石に私も、堪えました……」


 バニースーツとビキニアーマーで寝転がるあたしたち。ステータス的には大丈夫なんだけど、激しい戦闘で気力が萎えてた。


「でも、やれました。私達、人を救えたんです」

「人救うとかどうでもいいけど、オーガ4体は経験点的においしかったわ」

「ふふ。トーカさんらしいですね」


 言って聖女ちゃんは、倒れたまま手を伸ばしてアタシの手を掴む。その温もりが、心地いい。


「あったりまえよ。トーカはいつだってトーカなんだから」


 自分でも何言ってんだか、って気がするけど。


 とにかくそう言って、アタシは聖女ちゃんの手を握り返した。

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