31:メスガキは旅立つ。そして天騎士は動き出す

「そんじゃ、そろそろ行くわ。お世話になったわね」


 アタシは四男オジサンに手を振って、館を出る。


 時間は夜中。昼間に出ると町の人に見つかって、面倒なことになるから今の時間がいいって事だ。


「はい。各方面の根回しは終わりましたが、それでもトーカ殿を恨んでいる方はおりますので」


 四男オジサンは貴族や騎士と言った政治や警備関係、そして商人ギルドとかに色々都合していたとか。アタシが街を歩いていきなり捕まったり、店に入って不審者扱いされないように手まわしてたという。


 アタシは悪いことをしてないつもりなんだけど、まあ皇子を好きな人から逆恨み? そう言うのがあるんで、そう言うのが無いようにしてくれたらしい。


 それでも個人レベルでアタシを憎む人まではどうにもできないので、そこは注意してねって事だ。


 まあ要するに、普通にゲーム的な買い物とか施設利用はできるようになったけど、突発的なイベントは起きるかもよ、って事でしょ。よくあることよくあること!


 アタシはそう割り切って、頷いた。


「ヘルトリング様には色々お世話になりました。お体に気をつけて、これからも頑張ってください」

「もったいないお言葉。その一言だけで、十分報われました」


 聖女ちゃんがそう言うと、四男オジサンは頭を下げて感謝の意を示した。なんか仰々しい。


「旅の準備は滞りありませんか?」

「ばっちりよ。トーカが間違えるとかありえないわ」

「何かありましたら、またよろしくお願いします」

「は。このゴルド・ヘルトリング、トーカ殿とコトネ様の為なら如何なる助成も拒みませぬ」

「いらないわよ。そんなのなくてもトーカは大丈夫なんだから」

「はっはっは。そうですな。ですが何かあったらいいように利用してください」


 そんなのいらない、って言ってるのにオジサンは笑顔でそう返す。


 まあ、そんなことはないかもしんないけど、でも利用していいっていうんならその時は利用させてもらうわ。


「ちなみに、次の目的地は決まっておいでですか?」

「チャルストーンよ。あそこのオーガでレベリングするわ」

「オーガ……トーカさんに聞きましたけど、人を喰らう巨大な鬼ですね」

「そそ。聖女ちゃんはそこで人を癒しまくって『優しき者』系の称号を得てもらって、アタシはオーガを狩ってレベルを上げていくわ」


 先ずはアタシと聖女ちゃんのレベル底上げね。


 お金稼いで新しいドレスとかの装備も整えて、レベルを上げてから次に向かうわ。


「人食い鬼に困っている人達を助けるんですね。流石はトーカさんです」


 いろいろ勘違いされてるけど、まあやる気が出てるならいいや。

 何事もないならレベリングも称号獲得もすぐに終わるだろうし、チャルストーンは通り道程度よ。


「そんじゃ、またね。オジサン! ケーキおいしかったわ!」

「そう言っていただけると、手間暇かけて作った甲斐がありました」

「はぁ!? あれオジサンの手作りだったの!?」


 最後に、とんでもないことを聞かされて驚くアタシだった。


――――――――――――――――――――――――――――――


 ――チャルストーン近郊にある山のふもとより。


「【エデンスラッシュ】!」


 聖なる剣が振り下ろされ、そこに英雄のアビリティが加わる。


 二重に重ねられた聖なる力と、そして振るったものの力と技術。それらが見事に融合し、剣の先に乗る。


 それは戦士の極み。ただひたすらに研鑽を重ねた努力の極み。その一撃は、自分の数倍もあろう体躯をもつジェネラルオーガを一刀両断する。


「ジェネラル、ヤラレタ!?」


 先陣を切って戦端を開いていたジェネラルオーガを失い、百を超えるオーガの群れは足を止める。徒党を組んでチャルストーンを襲うオーガの群れ。その戦術は最大戦力を最速で最適な場所に送り込む電撃作戦。ジェネラルオーガの力は並の人間には止められない。


 だが。そこに立つのはただの人ではなかった。英雄の中でも有数の強さを持つ天騎士。一刀のもとにジェネラルオーガを断ち、その勢いを殺す。


「その通り! 我が聖剣『コルバー』は魔を断つ刃! そして『天騎士』は人の守り! 貴様らの将は討った! これ以上の戦いは無益! 逃走するなら追いはしないと約束しよう!

 だが来るというのなら――」

「ニゲロニエゲロ!」

「テッタイ、ダー!」


 聖なる剣を持つ戦士――クライン皇子が召喚した英雄の一人『天騎士』ルークの言葉が終わらぬうちに、オーガ達は踵を返して山に去って行く。


「オーガを追わないのですか!?」


 そう問いかけるのは、オルスト皇国の兵士である。


 オーガの群れの動きを察した兵士。その報告を受けて国に援軍を要請した。そしてクライン皇子より『天騎士』ルークが派遣されたのだ。


 その実力は高く、わずか一振りでオーガの進軍を止めた。その実力はまさに英雄最高峰。英雄の誉れと言ってもいいだろう。


 だが、オーガの群れはまだ残っているのだ。なのにルークはそれを追おうとはしない。


「戦いは終わった。無益な殺生は不要だ!」


 言って剣を納めるルーク。


「こ、困ります英雄様、あれだけのオーガを残しては! また徒党を組み、いずれ禍根となるのは確実――」

「その時はまた退治すればいい! オーガも生きている。命の価値に貴賤は、ない!」

「そんな――!」


 また退治すればいい? それは街の人間にオーガの脅威に身を晒せと言っているも同然だ。人の何倍も強い筋力を持ち、容赦なく人を襲って食らう種族。それに襲われる脅威を味わいつづけろと?


(そんな……しかし、ルーク様の行動には口を出すなとクライン皇子からの命令が……)


 クライン皇子から兵士達に出された命令は、『英雄の行動に指図するな』とある。あからさまな違法行為でなければ、英雄の行動を止める事は許されなかった。


 つい先日、貴族侮辱罪などで投獄された英雄がいたらしいが、基本的に召喚された英雄は法を守ってくれる。なのでさほど気にはならなかったが……。


(価値観が違うとは聞いていたが、ここまでとは……!)


 異世界から呼び出した英雄は、奇妙な価値観を持っていると聞いていた。だが、人間に相対するモンスターを見逃すまでとは思いもしなかった。


 クライン皇子がルークを洗脳などをせずに放任している理由は、そうせずともモンスターに立ち向かってくれることや、わざわざ指示を出すのが面倒というだけである。最低限、強いモンスターを倒しているなら構わないという事だ。


 かくしてこの地方の兵士は住民の安全を守るために警備を強化し、過酷な労働を強いられることになる。それでも被害はゼロにはできず。月に数名レベルのオーガによる犠牲を出すこととなるだろう。


 だがそれは未来に予測される懸念。今は今の問題がクローズアップされる。


 つい先日、皇国首都オルストシュタインで起きた事。クーデターに匹敵する大事件だ。


「大変です! 皇子が……クライン皇子が!」


 ルークの元にやってきた兵士の報告。


 親衛隊を倒した罪人が皇子にけがを負わせ、療養するまで追い込まれたという。その為、英雄召喚の儀式はいったん中断することとなった。


「なんだと!? 何者だその不埒物は。このルークが断罪してやる!」

「ル、ルーク様!?」


 言ってルークは自ら魔力を発動させてオルストシュタインに移動する。そこで慌しく働く貴族を捕まえて事情を聴き、罪人トーカとそれに手を貸した聖女コトネの事を聞いた。


「『傾国の指輪』……まさか、皇子が――いや、あの皇子に限ってそんなことはない!

 何よりも英雄召喚の義を止めた悪行を見過ごすわけにはいかない!」


 半信半疑……疑い3割と言った割合だ。ともあれ、真実を確かめないといけない。そして話を聞くと――


「罪を雪ぐための闘技場戦で偶然倒した相手を面罵し、その誇りを傷つけた……?」

「公然で親衛隊を蹴り倒して見下し、皇子を足蹴にした、だと……!?」


 なんという事だ。それが事実なら、遊び人トーカにはしかるべき処罰を下さなければならない。


 そう、硬く心に誓う『天騎士』ルークであった。

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