30:メスガキとマジメちゃんが手を組んで

 ――あれから一週間は激動だったという。


 なんで他人事かって、アタシには関係のない王宮とか神殿とか政治的な話だからよよ。


 先ずあの皇子――クライン? クレイン? は『療養』という形で一旦政治の場から身を引くことになったわ。これまでは皇子の独断……というか横暴的な独裁で国が切り盛りされていて、いろんなところに不都合が生じていたらしい。


 聖女ちゃんが糾弾したことで『今がチャンス!』とばかりに政治から遠ざけられたとか。そして大臣やら貴族やら? とにかく政治家さんが大わらわで国の体制を整えているみたい。


 よくわかんないんだけど、四男オジサンが言うには『皇子は政治に口出しできない』状態みたい。偉い人なんだけど、国の事には何もできなくなったんだって。ニートみたいなもんかしら?


 当の皇子はその状況をものすごく嫌がって暴れたらしいけど、それを聞いて少しいい気分になった。ざ・ま・あ。


「おかげで吾輩も大忙しです」


 ケーキを届けに来てくれた四男オジサンが、そんなことを言っていた。


 オジサンはガルフェザリガニを倒した功績が認められて、貴族として復帰。そして対モンスター部門の警備団長的な立ち位置に収まったという。そりゃ、フルプレートでモンスターを投げるとか、騎士らしくないもんねー。


 そんな肉体派のオジサンも、貴族という立場と人手不足も相まっていろんな政治の部署のお手伝いをしているという。皇子のワガママでかなりの騎士がやめさせられ、処刑されたとかで、いろいろな部署を兼任しているんだって。


「…………」


 この話をすると、聖女ちゃんは俯き、力無く笑う。


 聖女ちゃんが『傾国の指輪』で魅了されて命令されて、殺した人間の中にはそういう『皇子のワガママで生まれた』罪人もいたのだろう。それを殺した結果が今の強さだ。それをどう解消していくかは、聖女ちゃんが決める事だ。


 アタシはただ、相談されたら応えるだけ。どうするかとか、どうしたらいいとか、聞かれても無責任に言葉を返すだけよ。悪いけど、アタシは人生相談されるようなキャラじゃないわ。


 そう言うと聖女ちゃんは『十分です。ありがとうございます』と返してくる。まあ、当人が納得してるならいいけどね。


「っていうか、アタシは何時までここにいないといけないのよー」


 暇そうにベッドの上で足をぶらぶらさせるアタシ。


 アタシと聖女ちゃんはとある屋敷で一週間ほど一緒に生活していた。部屋は綺麗だし、ベッドは豪華だし、食事もおいしい。わがまま言えばケーキも買ってきてもらえる。はっきり言って好待遇。


 だけど、外には出してもらえないわ。館の中から出る事はできず、庭に出ようとするととめられる。そんな軟禁状態よ。


「仕方ありませんよ。トーカさんの状況は……控えめに言って危険なんですから」

「む。失礼なこと言うわね。トーカの何処が危険なのよ?」

「皇族侮辱罪に暴行罪あたりが、その……」


 曰く、この国のトップである皇子を公然で殴って侮辱したことは、このクレスト皇国全てを殴って侮辱したことに等しいらしい。えー、なにそよれ!?


 最初は思いっきり反論したんだけど、四男オジサンを始めとした皆の反応が結構マジだったので、空気読んで黙ることにした。


「トーカさんを悪く思う人は少なくありません。ほとぼりが冷めるまでは、大人しくして置いた方がいいです」

「何よ。アンタはあんなことされて悔しくなかったの? あの皇子を殴ってやりたいとか思わなかったの?」

「それとこれは別です」


 聖女ちゃんを洗脳していたことも『魔王を倒すためならやむなし』と思う人もいるらしい。そういう人からすれば皇子の行動よりもアタシの悪行は許せないとか。


『英雄召喚が出来る皇子を『療養』させたことで、皇国を守る英雄が召喚できなくなった。魔王の脅威から国を護る者がいなくなったじゃないか』


 そんな理由でアタシを狙うとかなんとか。アタシ殺しても状況は変わらないのにね。


「ふん、アンタはいい子ちゃんなんだから。そんなんだからいいように利用されるのよ」

「それで人が救われるのなら、私は構いません」

「うわ。天然の自己犠牲タイプだ」


 そして聖女ちゃんと一緒に過ごして分かったことがいくつかある。


 何でもこの世界に召喚される前はいい所のお嬢様だったらしく、ゲームとかやったことがないらしい。ゲーム転生なラノベとかもファンタジー世界とかもぜんぜん知らず、その辺の説明が大変だった。


 ちなみにアタシとの共通点は女性であることと、日本人であることと、同年代であることだ。住んでた場所も遠く、血縁関係とかそんなこともない。なんで二人同時に召喚されたのかとか、全然わかんないわ。


 性格も真逆で、その……胸も……ほんとにアタシと同じ年齢なの、この子!?


「……違うわ。アタシがフツーなの。ええ、そうなんだから」

「急にどうしたんですか。トーカさん?」

「持つ者と持たざる者の格差は不条理ねって事よ」

「差別問題は世界各国どの時代でもありますからね。仕方ありませんわ」


 なんかワールドワイドな勘違いをしてるけど、もうどうでもいいわ。


 で、この子についてもうひとつわかったことがある。


「出来る事を少しずつ解決していくしかありません。先ずは魔王<ケイオス>を倒し、人々の不満を取り除かないと」

「……何度も言ってるけど、聖女で魔王倒すのほんとイバラよ? マゾプレイよ? 本気でやるの?」

「当たり前です。それで救われる人がいるなら、その道を進むだけです。むしろ到達可能と分かっているだけ、希望が見えます」


 なんというか、メンタル強い。


 聖女ジョブがどんだけ辛いかっていうのを説明しても、全然聞いてくれない。いや、理解はしてるんだろうけどその上でやるというのだ。


「トーカさんも一緒に頑張ってくれるんですから、私が頑張らないわけにはいきません」

「えー……。やっぱり一緒にやらないと駄目? 遊び人と聖女って方向性まるで違うんだけど。正直、分けて育成した方が効率いいんだけど」


 遊び人はソロで相性いい狩場を選んでの短期育成。聖女は地道に稼ぐ大器晩成。相反する育成手段になるので、ここでバイバイしたほうがいいのよ。


 大体遊び人と聖女のパーティとか、バランスどうなの?


「駄目です。私は全然ゲームとか育成とかあーるぴーじー? とかわからないんですから。

 それにさっきも言いましたけど、トーカさんの立場は危険なんです。私と同伴するという立場を取らないと、何されるかわかりませんよ?」


 うわもう面倒だなー。政治とかメンツとか大嫌い。ただでさえ遊び人ってジョブで差別されること多いのに、その上であの皇子殴ったことで反感食らうとかなくない?


 うんざりした顔をしてると、ちょっと拗ねるような顔で聖女ちゃんは言ってくる。


「それに……一緒に楽しもう、って誘ったのはトーカさんなんですよ。あれはウソだったんですか?」


 闘技場で言った事だ。<魅了><洗脳><喪失>状態だったのに、しっかり覚えてたのね。


 アタシは聖女ちゃんから目を逸らして、手を振ってこたえた。


「うそうそうそー。うそでーす。あれはアビリティ使う時の演出とかRPとか、そんなの。【聖歌】使う時に歌うアンタと一緒でーす」

「じゃあトーカさんのウソに騙されておきます」


 アタシの方を見ながら、満面の笑みで聖女ちゃんは答えた。


「……アンタ、強いわね」

「どうあれ私と一緒に戦わないといけないのは変わりませんから。なら気持ちがいい方がいいでしょう?」


 むぅ。なんか無理矢理押さえ込まれた感じ。


「それに闘技場でトーカさんが言ったことは本気だったと思います」

「何言ったっけ?」

「私のことを、友達と言ってくれたことです。私、あの言葉を信じます」


『アタシたち、友達でしょ! だったらアタシを信じろ! 信じてよ!』


 う。思いだすと恥ずかしくなった。


 いや、ほら、あれはああ言っておけばもしかしたら洗脳が解けるかなー、っていう感じ? 一応フレンド登録したんだし? 友達っていうのは間違いじゃないから決して、その、だああああああ!


 散々心の中で悶えた後に、色々吹っ切るように胸を張って鼻を鳴らした。 


「しょうがないわね。トーカが面倒見てあげる。感謝しなさいよ」


 まあ、この聖女ちゃんなら、ギリ我慢する。


「はい。よろしくお願いします。トーカさん」


 アタシの言葉にイヤな顔一つせず、嬉しそうな表情を浮かべる聖女ちゃん。なんかもう、この顔を見るといろいろな事がどうでもよくなってきた。


 聖女ちゃんは咳払いをして、周りにだれもいないことを確認する。その後で、

 

「あと、皇子に関してですが――」

「うん?」

「トーカさんが殴ってくれた時、すごくスカッとしました。あ、私がこんなこと言ったって秘密ですよ」

「あ、そ」

「はい。皇子から救ってくれて、ありがとうございます」


 言って聖女ちゃんはアタシに手を差し出し、その手をしばらく見て、観念したようにアタシは手を握り返す。


 遊び人トーカと聖女コトネ。


 傍目に見ればアンバランス。性格もなにもかもがアンバランスなデコボコパーティが結成された瞬間だった。


 ……あくまで周りの怒りが消えるまでの、一時的なパーティだからね!

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