26:メスガキは聖女と話をする
『……ほんとうに、魔王を倒す聖女になるには、ひとをころさないで、よかったんでしょうか』
聖女ちゃんは少しトーンを落とした声で問いかけてくる。
前にも言ったけど、聖女は大器晩成型。初期育成がものすっっっっっっっっっっごく面倒なジョブだ。
レベルアップの経験点は他ジョブより多い。スキル成長も大量のスキルポイントが必要になる(具体的には遊び人の2倍)。
さらに言えば、攻撃アビリティも少なく自分から攻撃に出れないのでアタシのような山賊狩りとかはできない。
でも成長がある程度進めば、後は流れだ。アンデッドや悪魔に対しては相性が良く、特に魔王支配地はこれでもかとばかりに悪魔が出てくる。まさに聖女のオンステージだ。
「初期のジョブポイント貯めで癒し続けて得られるトロフィーがあると言い、っていうのは確かね」
癒した人数が1000人、3000人、5000人になった時に得られるトロフィー『優しき者』『天使の癒し』『レディバード』。ジョブポイント獲得だけではなく、聖魔法と回復量のプラス効果まで得られる強トロフォーだ。
……まあ、一度癒した人間は24時間経たないで癒しても人数にカウントされなかったりとこれでもかというマゾ仕様なんだけど。
「でも楽な道じゃないわよ。多くの人を癒さないといけないから。だったら――」
『私は、人を殺しました』
聖女ちゃんは重く、その一言を吐き出した。
「うん。人づてだけど話は聞いてる。それで強くなれたんでしょ? アタシと同時に始めたのに【人に善意あれ】とか覚えてるなんて、すんごいことよ」
掛け値なしで褒められる速度だ。まあ、アタシも囚人イベントで足止め食ってなかったらもっと行けたんだけどね。言い訳じゃないわよ!
『でも、人を殺したんです……! クライン皇子は、聖女として強くなるための犠牲だ。受け入れろ。そう言ってました。私も、そう思う事にしました。
辛くて、苦しくて、夢でうなされて、それでも苦しんでいる人を助ける為だって我慢してきました。だけど――』
呼吸を整えるように一泊置いて、聖女ちゃんは続けた。
『もしかしたら、殺さなくてよかったのなら、あの人は死ななくてもよかったのなら。あの人たちは……!』
あとは言葉にならない、とばかりにすすり泣く声が聞こえてくる。
誰かを殺したこと。その罪悪感。それに聖女ちゃんは悩んでいた。そしてそうして強くなったことを、仕方ないと無理やり納得してしまった自分を恥じていた。
だけどそうしなくてもよかった。殺さなくても、強くなれた。
なら、自分が殺した人は無意味だったのか? 無価値だったのか? 苦しんでうなされて泣き叫んだこの罪は、どうすればいいのか。
そんな悩みをなんとなく察しながら、
「いーんじゃない。聖女ちゃんの好きに考えたら」
アタシは軽く――今日のお昼どうしようと悩む友人に告げるように軽く――そう告げた。
『…………え?』
「アタシだったら経験点ウマー、って思うわ。ま、人に与えられた道を進むのは好きじゃないけどね」
『……ええと。うまー?』
「今更悩んだって、死んだ人間は生き返らないわ。それを苦しいって思うのも、ラッキーって思うのも自分で決めればいいのよ。
大体、話を聞く限りでは全部あの皇子が悪いんでしょうが。聖女ちゃんは全部あいつのせいって思って私悪くないって言ってもいいわ!」
つーか、アタシならそうする。この世界にモンブランがないのも、可愛いクツが少ないのも、でっかい虫がいる事も、ドロップ率が悪いのも、全部全部あの皇子が悪い! 決めた、そう決めた!
『自分で、決める……。そんな事をしても……私みたいな子供の判断が正しいはずがありません』
「じゃあ大人なら間違えないの? 大人なら正しくてみんなを幸せにできるの? 聖女ちゃんの苦しみを解き放ってくれるの?」
『それは……』
「そんなわけなわよ。大人だってみんな弱っちいのを認められないぐらいに頭悪いの。自分の事ばっかり考えて自分の価値観に拘って新しい考えを受け入れられないバカばっか。無能で無価値で無駄ばっかりでムサくて変態でキモいクセにプライドだけ高くて成長しないでひきこもってるよわよわざーこなんだから」
『そ、そこまで言うのは……』
アタシの的確な指摘に、何故か聖女ちゃんは言葉を失ったかのように言葉を返してきた。似たような年齢だから共感されるかな、って思ったんだけど?
「と・に・か・く! 大人が絶対正しいとかそんなことないから。自分の事だから自分で決めないと面白くないのよ」
『自分で、決めていいんですか?』
「とーぜんよ! 聖女ちゃんは何がしたいの?」
『私は…………』
返事が返ってくるまでに、時間がかかった。それだけ真剣に悩んでいるのだろう。
そして、
『この力を使って困ってる人を助けたいです。この世界の人を助けるために、魔王を倒したいです。
私が奪った命を、何らかの形で世界の為に使いたいです』
ん。それは間違いなく聖女ちゃんの言葉だ。アタシはそれを感じ取れた。
まあ、アタシには全く理解できない価値観だけど、それはそれでありだろう。
「そ。ならそうすればいいわ。楽な道じゃないけど、聖女ちゃんが苦しくない程度に頑張ればいいわよ」
『はい、それで相談なんですが――きゃあああ!』
穏やかな会話を断ち切るように。脳裏に響いた聖女ちゃんの悲鳴。
『あ――クライン皇子――やめ、殴るの――ごめんなさい――ごめんなさい――っ』
『え? 待ってください。それだけは――私、あの子と戦うのだけは――』
『や――それ――頭ぐちゃぐちゃにな――ああ――』
なにがなんだかよくわからない言葉。悲鳴と叫びと、そして突然切れるチャット。
よくわかんないけど、皇子がやってきて聖女ちゃんに何かしたって事? あの子と戦うって言ってたけど、どういうこと?
全然わかんないけど、いやな予感がする。
「ちょっと、アンタ! 何か言いなさいよ!」
チャットを再開しようとしても、何の反応もない。フレンド欄から名前は消えていないから、殺されたとかキャラロストとかそういう事はないんだろうけど……。
「囚人トーカ。お前の次の相手が変更された」
「何よ。今それどころじゃないの。空気読めないオジサンはどっか行って」
話しかけてくる兵士NPC。悪いけどホント空気読めないんで帰ってほしい。
次の相手は悪魔使い倒したんだから魔法学園が作ったバカでっかいキマイラか、騎士団長の人? どっちでもいいし、今すぐ聞かなきゃいけない事じゃない――
「クライン皇子の召喚した聖女コトネ様だ」
――あ。
『それだけは――私、あの子と戦うのだけは――』
「多くの罪人を浄化した聖女の裁きを受けることになる。貴様如き遊び人には過ぎた勲功だ。その身に余る幸運を味わうんだな」
「ふっざけんなああああああああああああ!」
アタシは思わず近くにあったゴミ箱を蹴っ飛ばす。兵士NPCに取り押さえられるけど、かまわず暴れ続けた。
「こら、暴れるな! 逃げようったってそうはいかんぞ」
「これまで運よく勝ち残ってきたが、もう命運は尽きたんだ。聖女様は神の力を持つ乙女。貴様如き穢れた女が触れるには値しないがこれも皇子の慈悲」
「なにが罪人の浄化よ! 何が聖女の裁きよ! 何が皇子の慈悲よ!
アンタらあの子の事何にも知らないくせに、何もかも知ってるような顔してるんじゃないわよ! あんなクソ皇子崇めてるとか、頭腐ってんじゃないの!」
暴れるけど、兵士と振り払う事なんてできない。その内兵士の数が増えて、完全に動けなくなる。
「なんだと!? おい、皇族に対して何たる口の利き方! 懲罰房に連れて行け!」
「最後の晩餐ぐらいは肉を出してやろうと思ったが、それもなしだな。ざまあみろ!」
「遊び人如きが運だけで勝ち残れるほど、世の中甘くないんだ!」
「お前が負ける方に賭けてたオレの給料を返しやがれ!」
散々罵倒されながら押さえ込まれ、そして時々殴られる。
「ばーかばーか! 大人なんな大っ嫌い! ちょっとは頭使って考えなさいよ!」
口に猿轡をはめられるまで、アタシは散々叫び続けた。
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