第26話

 第26話


 自宅のマンションに着き玄関を開けてリビングへ入ると、姉のあかねと妹のあかねがテーブルに向かい合って座りお茶を片手に何やら談笑していた。そっか、明日も休みだから朱も起きているのか。


朱が僕に気が付き、


「あ、お兄ちゃん、おかえりー」と言うので、ただいまと答えた。


「お兄ちゃん、コッチコッチ」と手招きしてテーブルへ着く様に促す。なにやら含み笑いで僕を見ているな。僕は嫌な予感を感じつつも言われるがまま姉の横に腰掛けた。朱はふふんと鼻を鳴らして、


「で? どうだったの?」と言って身を乗り出してきた。

「何がさ?」

「花先輩とのデートだよ」


 やっぱりか。小学生じゃあるまいし、いちいち報告しないといけないのだろうか。


「まあ、楽しかったよ」とありきたりな返事をする。


「お兄ちゃんってば、花先輩のデートの誘いに気が付かなかったんだよ。私がいなかったら花先輩を傷付けていた所だよ」と自慢げに姉に話す。

「しょうがないだろ、こんな経験初めてなんだから」と反論した。


「それより、朝出かけてこんな時間までなにしてたの? ひょっとして?……」

「おい、朱、へんな想像するんじゃない。下品な奴だな」

「そうよ、朱。厭らしい顔やめなさい」と姉にも注意されてしまいショボンと口を閉じた。


「タロさん、今日一緒だった人は誰なの?」

「クラスメイトの花さんだよ。彼女も友達がいないんだ」

「友達がいないのにあなたをデートに誘ったの?」

「いや、朱はああ言ってるけど、本当に誘われたのかは判らないんだよ。たまたまチケットが2枚あって1枚余っているから差し上げようかって聞かれただけで」


 姉は呆れた様な顔をして、額に手を当てて首を左右に振った。


「はあ……あなた、恐ろしい程鈍感ね。確かに朱がいて良かったわよ、それ」


「花先輩、すっごい美人なんだよ」と息を吹き返した朱が割り込んでくる。


「へえ、そう。どちらにしても、あなたがクライメイトと出掛けるなんて意外ね」

「そりゃあんな美人となら当然だよ」

「おい、朱、花さんとはそんなんじゃないんだから余計な事を言うな」


 本当にそんなんじゃ無いのだろうかと自問するけれど、答えは判らない。姉はなにやら思案した後、


「タロさん、その方はただのお友達? それともあなたにとって特別なのかしら?」


 姉の質問の意味が解らなかった。ただの友達と特別の違いって何だろう。けれど、僕にはただの友達なんて物もいないから特別なのだろうか。


「うーん……特別なんだろうね。友達なんて要らないし欲しくないと思っていたのに、花さんとは仲良くしたいって思ったくらいだから」


 姉は優しく微笑むと、

「あなたのそう言う素直な所は素敵だと思うわよ」と言う。思っていた事を口にしただけなんだけれど。


「それって好きって事?」と朱が聞いてくる。

「好きじゃなきゃ一緒に出掛けないでしょ?」

「いや、その好きって言うのは恋愛対象として?」


 そういう事か。どうなんだろう。恋愛対象として好きになると、どんな感じになるのかが分からないからなあ。


「それはまだ分かんないけれど……」

「けれど?」と朱。

「何て言うか、花さんと一緒にいると、胸が苦しくなったりするかな」


「「え……」」と言って姉と朱が固まる。なんだ? どうした?


「お兄ちゃん、それって……」

「ああ、でもたまになんだよ。ふとしたきっかけで、たまに感じるだけなんだ」

「……」

「……」

「え? なに?」と言って姉と朱を交互に見る。


「タロさん、あなたのその気持ち、私にはなんとなく判るんだけれど、自分自身ではっきりと自覚するまでは口に出さない様にしなさい」


 それは花さんにも言われたなあ。


「いずれにしても、そのお友達の事は大切にしなさい」と姉。

「うん、分かってるよ」


「コーヒーでも飲む?」と姉。今さらかよと心の中でつっ込みつつも、

「うん、ありがと」とお願いした。


 姉がキッチンへ向かうと、朱が顔を近付けてきて、

「で? 今日はなんでこんなに遅かったの?」と聞いてくる。

「夜、花火を観たんだ。で、その後に花さんの家に行って――」

「えええ! 家に?」

 何をそんなに驚いているんだ。彼女を送って行ったら家に招かれた事を説明した。


「もう、ご両親公認じゃん」

「なあに? 楽しそうね」と僕のコーヒーを淹れた姉が戻ってきた。


「お兄ちゃん、花先輩の家にまで行ったんだって」

「あらま」と普段聞かない様な声で姉が驚く。

「いや、送って行ったら招かれただけだよ」

「一方的に招かれるのも失礼よ、今度その子を家に連れて来なさい」と姉がとんでもないことを言う。

「そうだよ、私も花先輩ともっとお話がしたーい」と朱まで姉に乗っかる。冗談じゃないよ。見せ物じゃないんだから。

 僕はだんだん煩わしくなってきて、


「それより姉ちゃんの片想いの人はどうなのさ?」と無理やりターゲットを姉に振った。


「え? わ、私?」と真っ赤になった姉があたふたとし始める。

「なにそれー! お姉ちゃん聞かせてー」と思惑通りに朱が食いついた。作戦成功だ。


 僕達3人は普段しないような話題で夜遅くまで盛り上がった。


 


 ――――――――


「太郎……」


「母さん」


「太郎……寂しくない?……」


「寂しいよ」


「太郎……母さんは太郎に会えなくて寂しいよ……」



――――――――



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