第30話 黒姫 テュアル=ユーディット

 メレディス探しの途中、市場を散策していた一行を呼び止める声に振り向くとそこには。


「あれっ?テュアル……?」


「やはりそうか。久しいな、ヴェルデファース、ウェルテンス」


「その呼び方……やっぱりテュアル!?え……ライトブレード隊の印章……黒姫って……もしかしてキミなの!?」


 偶然の再会に驚くシュレス。

 さらに驚きだったのは、ライトブレード隊の隊印章を身に付けている事だった。


「黒姫か……その呼び名はあまり好きになれないんだけれどな」


 『黒姫』 テュアル=ユーディット


 腰まである流れるように長い黒髪は、太陽の光を受けて濡れたように艶やかに輝いてみえる。

 黒髪を引き立たせているのは透き通るように白い肌だ。胸元が大きく空いた黒のビスチェは、白い肌と豊かな胸をひときわ目立たせていた。

 すらりと伸びた長い脚。腰履きした黒パンツの太もも部分は複数の菱形にデザインカットされ、白く美しい脚部を惜しげもなく夏の太陽の下にさらしていた。

 切れ長の瞳、光彩の色は鳶色。長い睫毛はまばたきをする度に前髪を揺らす。

 それがまた、彼女の色香を増幅させていた。

 男共の視線を確実に奪い取る美しい容姿の麗女。


 いつ、誰が言い出したかは不明だが「黒姫」と呼ばれるに相応しい妖艶な美女である。


 無論、反感を持つ者も少なくない。陰口はいつの時代、どこの土地でもあるものだ。


 露出女、騎士団の腰巾着、御抱え妾。

 嫉妬心から生じる心無い悪口は少なからずテュアルの耳に嫌でも入ってくる。 

 だが、テュアルはそんな事など気にも止めない。言いたい者には言わせておけばよい。スズメのさえずりを咎める鷹などいないように。


「ちょ、めっさエキゾチック美人じゃん!知り合い!?紹介してよシュレス!」


「ファイス……身の程知らずだねえ。彼女はテュアル。マジクス隊の同期訓練生だったんだよ。みんな別々の部隊に配属されたから3人揃うのは久々だよ」 


「へー!」


 テュアルはファルナルークを『ヴェルデファース』シュレスを『ウェルテンス』と、姓で呼ぶ。

 テュアルの出身地の名残をそのまま引き継いでの呼び方であり、特別な意味がある訳ではない。


「仲良くつるんでたワケじゃないけど、辛い訓練こなしてきた仲間、って感じかな。黒髪の凄腕剣士が入隊したって話は知ってたけど、まさかキミっだったとはね!」


「初めましてテュアルさん!オレはファイス。マジクス707部隊に所属してましたっす!」


 差し出した右手はしかし握り返される事はなかった。

 

「私は、テュアル=ユーディット。ライトブレード隊に所属している。私の出身地の習わしでね、初対面の者とは握手しないんだ。悪いね」

 

「いえ、とんでもないっす!」

 

「707部隊か。激戦区専門じゃないか。生き残りも少なかったとか」

 

「いやあ、たまたま運が良かったから生き残れただけっすよ!こうして美人さんと話せるのもそうっす!」

 

「面と向かって言われると照れるよ」


「こんな所で会うなんて。テュアルも市場なんて来るんだねー」

 

「隊服を脱げば、私だって一般人だ。市場くらい来るさ。まあ、警邏も兼ねてるんだが」

 

「……もうちょっと目立たないカッコ出来なかったかなー」

 

「そうか?これは普段着だ」

 

「普段着に隊員章付けるのはアリなの?露出度多すぎでしょ。めちゃ目立ってるよ」

 

「夏だから開放的な気分にもなるさ。ライトブレード隊は騎士団ほど堅苦しくないんだよ。ところで、ヴェルデファース」


「……にゃにか?」

 

「……剣術は続けているのか?……にゃ?……ネコミミ?」

 

「にゃんでもにゃい。気にするにゃ」

 

「……しばらく見ない間に変わった話し方になったな、ヴェルデファース。何があったかは聞かないが……ヴェルデファースは飾り気の無い服が好みだったかな?」

 

「実用的で問題にゃい」

 

「……それもそうだな」


 テュアルの剣に目を落とすファルナルーク。

 やや湾曲した黒塗りの鞘には金細工が施され浮き彫りで『切(きる)』と、この島の東方に伝わる文字で彫られている。

 

「そうか。魔剣使いに……」

 

「ああ、先代の魔剣使いから受け継いだんだ。流石だね、ヴェルデファース。一目で魔剣と見抜くとはね」


「魔剣ならファルも……」


 持ってるじゃん、と言いかけた所でファイスは横腹にどすっ、と強めに肘打ちを食らった。

 

「いて!なんだよっ?」

五月蝿うるさい」


「すごいねえ、魔剣使いかあ」と、シュレスも感嘆する。


「力を得る代償としてついてくる『魔剣使い』の重圧は呪いのようなものだよ」


「呪いならファルも……」


 持ってるじゃん、と言いかけた所でファルナルークに横腹をどすっ、と再び強めに肘打ちされた。

 

「いて!また!?」

「ほんとに五月蝿うるさい」

 

「仲がいいんだね。ところでヴェルデファース、帯剣許可印を見せてもらえるかい?悪く思わないでくれ。決まり事なんでね」


 ファルナルークは長袖を捲り、左手首の内側に特殊な液体で捺印されたアールズ帯剣許可印を見せた。

 アールズに入る際に街壁門で受けたものだ。

 テュアルが鏡を使い太陽の反射光で許可印を確認すると、オレンジ色の印がぼんやりと紫色に変色して光った。

 

「ありがとう、問題ない。帯剣者はヴェルデファースだけだね」


 ファイスとルディフも小剣やナイフを持っているが、それらは許可は不要である。ファルナルークの持つような長剣、いわゆる長物は許可が必要となっている。

 

「なるほどねー。太陽の反射光に反応するんだね。やっぱそれ、魔術師が作ってるの?」

 

「いや、製造販売元は魔女らしい」


「魔女っすか!?」


 一瞬、時が止まったように静まり返る一同。


「えっとー、今のって『魔女』と『マジ』をかけたんスけど!」

「セルフ解説ほど恥ずかしいボケってないなあ。ああなっちゃダメだよ、シルスちゃん」


「ならないです。絶対に」

「キミは……?」


 シルスの目前でテュアルがすっとかがみこみ、目線をあわせる。

 大きく開いたビスチェの胸元がシルスの眼前にせまり、

 

「おっ……おぱっ……」

 つい、口に出てしまった。

 

「へえ、ハーフエルフ?……コンニチワ」

「ち……チワーッス」


 緊張のあまりおかしな返事をするシルスに、テュアルはにこやかに答えた。

 

「面白い娘だね」 

「いいニオイです。あと、スゴいです」


「すごい?なにが?」


 オパイです。とは言えずシルスは、アハハと笑って誤魔化した。


「あのっ、魔女さんって、この街にたくさんいるんですかっ?」


「大きな街だから何人かはいるだろうけど、私の知る限りでは二人だね」


「二人……!その内の一人……って、メレディスさん、じゃないですか?その人に会いたいんですっ!ご存知ないですかっ?」

 

「メレディス、か。トリーネの仲間だね。25番区で占い小屋をやってる、って聞いた事がある。売れないから副業で魔法薬や魔法液も造ってるんだそうだ。ヴェルデファースの手首のそれがそうだ」


「25番区、ですねっ!分かりましたっ、ありがとうございます!」


 ――そう言えば、売れない小屋のメレディスってシェラーラが言ってたんだった!


 お辞儀をしてぱっと顔をあげると、同じ目線に同年齢くらいのフードを被った者がいる事に初めて気が付いた。


「女の子……?」

 テュアルの後ろに影のように隠れて見えなかったのだ。


「ネコミミデカ女……オマエ……ノロイクサイ……太陽エルフと猫エルフのノロイのニオイする」 


 ファルナルークの姿を見て鼻を摘まみ、しかめっ面をする。

 

「失礼だよ、フェルヴェル。初対面の人にでかいとか臭いなんて言うものじゃないよ」 

「ダって、クサイんだモン。ヘンなネコミミっ」


「……我は臭くにゃどにゃいっ」

「ファルナルークさんのネコミミはカワイイもん!」


 たまらずファルナルークとシルスが反論するが、フェルヴェルはプイッとそっぽを向いてしまった。


「私には分からないけど……この子はフェルヴェル。私のパートナーだ。済まないねヴェルデファース。まだまだ世間知らずなんだ」

 

「ダークエルフ……ライトブレード隊って二人一組らしいけど……ダークエルフと組んでるのって、テュアルくらいでしょ?」 

 

「そうだね。そのせいで珍しがられてしまうんだよ」

 

「あ、気に障ったんならゴメンね」

 

「イヤ、構わないよ。時間を取らせてすまなかったね。キミ達も観光かい?」

 

「そ!花火大会!」

 

「それじゃ。楽しんでいってね。ヴェルデファース、ウェルテンス」

 

「お勤めお疲れ様っす!」


 去って行くテュアルの後ろ姿をずっと目で追いかけるバカ二人。


「見たかよ、ファイスっち」

「見たともさ、ルディフ。あれは……」


「間違いないな」

「ああ、間違いなく……ファルよりデカイな!」


「な」

「チャンスないもんかなー!」


「ムリだろー。イイ女すぎて腰引けるわー」


「おバカさん二人はほっといて行きましょう!ファルナルークさん、シュレスさん!思わぬメレディスさん情報ゲットです!メレディスさんが呪いを解いてくれますよ!」


 ―メレディスさんに会えば……ファルナルークさんの呪いが解ける……ハズ!……わたしはっ……未来に帰れる!たぶん!

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