童貞よ、大志を抱け

 騒がしい一日が終わった。


 あの後、泣き疲れて廃人のようになってしまったアリップを部屋の隅に置き、男三人で女子に土下座をし、誠心誠意謝るも、解散になってしまった。


 ある者は怒り、あの者はアリップを心配し、様々な反応をしつつも、帰って行ってしまった。


 そして残された男達は、一発ずつアリップに拳骨を落とした後、彼から事情を聞いた。


 実はバイト先の先輩に背中を押され、今回の合コンに挑んでいたこと、自分でも気づかない内にその先輩に恋をしていたこと、そして彼氏連れのその先輩とカラオケボックスの廊下で出くわしてしまったこと。


 それを聞いたむさ高男子の三人は、一人になりたがるアリップを無理矢理引っ張って、バッティングセンターに連れて行き、各々叫びながら涙のホームランが出るまでバットを振り続けた。


 そしてその後は、ミノルの部屋で鍋を囲んで、今回の合コンの途中までの手応え、反省会を開いていた。


 あの時のあの子の反応が可愛かった。


 あの時のモジャの対応が良かった。ミノルのボケが良かった、など。


 だがどうしても最終的には「あのままアリップが暴走さえしなければ」という話題に戻ってしまう。


 その度、気まずそうに「気にすんなよ」と声を掛けてくる仲間達に、ようやくアリップは泣きながら謝った。


「ごめん……本当に」


 その言葉を聞いて、それでもアリップを責める者はいなかった。


「ビチジョのみんなにも迷惑かけちゃった……謝りたい」


 ただでさえ小柄なアリップが膝を抱えて顔を埋めている為、いつも以上に矮小に見えてしまう。


「……分かった」


 槍チンが小さく頷いた。


「?」


「アリップ。実はここに着いてから、ここまでの会話、動画に撮ってあるんだ」


「え?」


 そこでアリップが、今まで伏せていた顔を上げる。


「これ、モエに送っていいか? 今の言葉を聞けば最悪の結果にはならない……てか、これ以上悪化することはないと思う、多分」


「……分かった。本当にごめんなさいって伝えて」


「ああ」


 そう言って、槍チンがスマホを操作する。


 そして再び男達は、あの時こうだったら、こうしてれば……と未練がましい話に花を咲かせた。


 そして夜が明け、それぞれが自宅へと帰り、泥のように眠った。


 


 それから、少しばかり時が流れ、コレまでと同じ日々が流れるのだと、各々が実感してきた頃。


「で、どうだった? 今回、ひたすらに浸かっていたぬるま湯から出て、違う世界に触れたワケだけど」


 槍チンが、三人に問う。


「……俺は、アリップのせいだけでなく、そもそも不慣れなことをしたのが原因ではないかと思う。もし仮にあの場で上手くいってたとしても、いずれ自分を偽っていた反動が来たと思うぞ。やはり、俺はこうやってお前らと何でも思ったことを言い合いながら、そのままの自分でいたい」


 モジャ兵はそう答えた。


「俺もそう思う。もし、あのまま上手くいって、誰かと付き合って、彼女が出来たとしても、完全に彼女に合わせて自分の趣味とかを封印するのは無理かなぁって」


 ミノルもそう答える。


「じゃあお前ら、もう女には興味ないか?」


『そんなワケないだろう!』


 槍チンの質問に二人が声を合わせた。


「自分を偽るつもりはない! だが、少なくとも一般受けしない趣味を持っている、というだけだ。異性から見て気持ち悪い男に戻るつもりも、ない! 自分の趣味を理解してくれる女性と出会えるまで、研鑽を怠るつもりはない!」


「俺は……案外、普通でもいけるんだなぁって思った。だから、変にプラスを目指して背伸びしないで、少なくともマイナスではない、普通の自分を保つことはしたいなぁって思った」


 二人の返答に、槍チンは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑ったという。


「それで、アリップは?」


 槍チンの質問に、モジャ兵とミノルの表情が少し陰る。


「……僕さ、アレからバイト先で北方さんに会ったよ」


「……そうか」


「合コンの結果がどうだったかとか、今のアリップくんカッコいいからすぐに彼女できるよとか、本当に楽しそうに笑って言われたよ」


「……そうか」


「滅茶苦茶辛かったし、滅茶苦茶悔しかったけど、無理して笑ったよ。そんで、もっとカッコよくなってやろうと思った」


『……!』


 アリップを除いた三人が顔を合わせる。


「もっとカッコよくなって、彼女が僕と付き合えば良かったって思うくらい、いい男になってやろうって思った」


「そうか……そうか……!」


 槍チンは本当に嬉しそうに、そう言った。


「勿論ゲームの完全封印はしないよ。一般的に受け入れられない趣味とか言ってるけど、要はその趣味を嗜んでるヤツの見た目で決まるだろって、僕は気づいちゃってるんだよ! イケメン芸能人がゲームが趣味とか、特撮が好きとか、アイドル好きとか言っても、絶対あいつら非難しないもの!」


「おお!」


「成長している……!」


「気づいたか。要は、自信なんだよ……」


「だから僕は、『え、アリップくんってゲーム好きなんだ……あたしもやってみようかな』て普通に言われるような男になるよ! もうどうせキモイですよって諦めた自分にはならない! 何より――」


「何より?」 


「――元の気持ち悪い自分に戻った状態で、鏡を見るのが辛いんだよ!」


「それな!」


「すっげー分かる! あ、間違えた! 普通に分かる!」


 モジャ兵とミノルが同意する。


 槍チンはとても、とても嬉しそうな顔をしていた。


「勝負しようぜ。この中で誰が一番最初に彼女が出来るか」


「……いいだろう! 負けたヤツは素直に祝って、僻まない!」


「そんで最初に童貞捨てたヤツの奢りで、焼き肉な!」


「よし、槍チン、また合コンセッティングしてくれ!」


「いやいやいや、まずは彼女の機嫌取らないと俺もやばいって」


 こんな風に、以前と状況が変わっても、自分達は変わらず、いつまでも騒がしく過ごしていくのだろう。


 そして変わらずと思っていても、少しずつ、少しずつ何かが変わっていき、いつか全員で振り返った時に驚き、その度に彼らは笑い合うのだろう。


 失敗を糧とし、成功を目指して、共に戦う仲間がいる限り、その胸から大志が消え去ることはない。


 童貞達よ、大志を抱け。






 おまけ。




「おはようアリップくん」


「おはようございます。店長」


「うんうん。しっかり目を見て、ハッキリと声出して挨拶出来てるねぇ。前と比べて凄い進化だよ。髪切ってコンタクトにしてから、いい感じじゃない」


「そうですか? ありがとうございます」


「うんうん。今の君なら、任せられるかな。新人の教育」


「……え?」


「いやね、今日から新人さんが入って来てね。今着替えてるから、もうすぐ来ると思うんだけど……その子の教育、アリップくんに頼みたいんだ」


「は、はぁ……でも、なんで僕なんですか? 他にも、何でも教えられる先輩、たくさんいるのに……」


「それがねぇ、その子の注文なんだよね」


「……はいぃ?」


「『私、チャラい男、大嫌いなんで、小さくて、趣味に生きてるような人畜無害の、最近になって髪を切って眼鏡をやめて社交的になり始めたような人がいいです』って」


「何ですか……その具体的かつピンポイントなリクエストは……」


「そんなヤツいねーよって思ってたら、いるじゃんここにねぇ、あっはっは」


「いやあっはっはじゃなくて」


「そんなワケでアリップくんにお願いするよ。あ、丁度きたきた」


「……ッ!?」


「こちらの、アリップくんにキミの教育係をお願いしようと思います。挨拶して」


「はい。はじめまして。アマネって言います。ご迷惑をおかけしますが、ご指導よろしくお願いします」


 そう言って彼女は右手を差し出した。


「……ハジメマシテ。アリップです」


 真っ白な頭でその手を取るアリップ。


「ど、どうかなぁ? 一応キミのリクエストを全部満たしてると思うんだけど」


「はい。ありがとうございます店長。ワガママ言ってすみません」


「じゃあ、アリップくん。あとよろしく!」


「……マジスカ」


「ふふ……マジデス。やっぱり、手、小さくて、綺麗だね。でも、長くて、しなやかで、ちゃんと男の子の手」


「あ、あの……あのあのあの、あの時は――」


「よろしくね……先輩」


 そして、戦いの末、何も残らぬ焼け野原だと思っていても、知らぬ内に撒かれていた種が、芽吹くことも、ある……?

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男捨離ッッッッ! ~童貞よ、大志を抱け~ アンチリア・充 @Anti-real-m

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