第10話
「冴木先輩って龍臣のお姉さんだったのか。どおりでサッカー上手いわけだ」
どおりでサッカーが上手いのはどっち?って聞くことはなかったが、濱野さんが驚いてるのを見てしてやったりな感じの俺。
澤田菜緒の方は驚いたと言うよりは姉の小春が登場したことに凄く喜んでいて、俺たちが姉弟って事に関しては、へーそうなんだって軽く流されたし。
「菜緒ちゃんもいるってタツに聞いてたから、濱野君もいるんだろうなって思ってたよ」
思い出したかのように告白はしたのか?って濱野さんは小春にウリウリされてる。
どうやら濱野さんは澤田菜緒の事が好きなようで、その澤田菜緒は茅ヶ崎彩音と急遽参加になった守谷恭子といつのまにか意気投合したようで、バーベキューの火を見ながら黄昏ている。
あれかな?ソロキャン?でもやりたいのかな…
キャンプの魅力についてでも聞こうと思って近づいたら
「なんか二人で同じような腕輪つけてラブラブしてるのはどうかと思うんだよ。特に男の方。もうねケッって感じだよ」
「わかります!わかります!なんか愛子先輩なんて分かりやすいラブラブ光線送ってて、それに照れてる感じの冴木先輩がケッって感じですよね」
「なんか二人ともやさぐれてるね…龍臣君モテモテだ」
炎をみてなんだか黄昏ていると思ったのは間違いで、俺の悪口が聞こえてくる。
そっと退散するしかないようです…
そんなこともありつつ、夕方から始まったこのパーティーも佳境を迎えていた。
ジュースとかお茶とかしか飲んでいないはずなのに、渡辺真那まで加わって何度絡まれたことか。
お酒飲んでないよね?って確認したのも一度や二度ではない。
サッカーをやりながら、飲み食いをしながら、語らいながら、絡まれながら、それぞれがそれぞれの形でこの日を楽しんでいる。
「龍臣は楽しんでいるか?」
珍しくそこまで泥酔していない長富杏香に声をかけられると、俺が座っていた横に、飲み物が入っている紙コップを持ちながら腰掛けてきた。
チラリとそちらを見やると、彼女と目が合う。
茅ヶ崎彩音と守谷恭子に悪口を言われた事を態とらしく嘆いてみせたり、俺が肉を食べようとしたら奪われたとか、オレンジジュースにコーヒを混ぜられたとか、俺って実はいじめられているかもとか、そんなくだらない話を嫌な顔をせずに微笑みながら聞いてくれている。
話せば話すほど、自分が今いるこの時間や、場違いを感じている自分の心境や、そんな内心に戸惑っている自分がいる事も分かっていて、そんな時に声をかけてくれた長富杏香を見て苦笑してしまう。
「なんだかんだ言っても見てくれてんですよね先生は」
何がとは説明しなくても、長富杏香なら俺が言う意図を理解するはずだし、だから声をかけてくれたんだと思っている。
「私は多分教師には向いていない。大丈夫だと思い込み、危ない目に遭わせてしまった龍臣の事を気にかけてしまう。もう二度とあんな目に合わせてなるものかと思ってしまう。龍臣や愛子の事を気がつくと目で追っている。つまりそれは他の生徒の異変に気づかない可能性があるんだ。それが分かってもお前たちを心配してしまう。それは贔屓なんだよ。あってはならないのにな…」
少しだけ苦い顔をしてそう言うと、目を瞑り小さくため息をついている。
長富杏香にそんな事でそんな顔をしてほしくなくて、でもそんな事を悩んでくれている事が何だか嬉しくて笑ってしまった。
それを見た長富杏香も釣られたのか、苦笑している。
「俺はまだまだこういう時間に戸惑いを感じちゃいます。何でここにいるのかとか、うまく笑えているかとか、心開けているのだろうかとか。でもそんな気分になっている時は必ず先生と目が合う。今だってそうだった。それは先生にとっては贔屓なのかもしれない。でも俺は凄く嬉しい。俺のことを見てくれているって言葉が本当なんだって安心する。ここに今俺がいるのも、先生のおかげなんだって身をもって分かるからね」
座ったまま天を仰ぐように空を見上げるも、コートを照らす照明が空にまで影響されていて、星一つこの場所からは見えない。
「ほらあれだよ。うちにいる時はさ、先生じゃなくて、もう1人の姉貴なんだから、たまには弟の俺を頼ってよ。酔ってない時なら愚痴も聞くからさ。ね、杏香ねぇね」
言い終わると同時くらいに次のコートに入る順番が来たようで名前が呼ばれた。
軽く勢いをつけて立ち上がると、長富杏香の名前も呼ばれている。
振り返ると、俺の顔を見ているが、ぽかーんとして座っている彼女に手を差し出すと、おずおずと伸ばしてきた彼女の手を握り引っ張り上げた。
少し勢いが強かったのか、よろけるように俺にぶつかると、肩口におでこを付けて生意気な弟だなと呟き笑っていた。
耳が少し赤くなっている彼女の顔を見るのが恥ずかしくて
「一対一の連敗記録脱出脱出できるように頑張ってくださいね」
ニッと笑う俺をしばらく見つめていたが、目を瞑り苦笑しながら、頭をぐりぐりと撫でてくる。長富杏香はその勢いのままコートの方へと歩いて行った。
いつもとは違ってこの場所全体に漂っているいい匂いがコートの中でもする。
ギラギラした目で皆がボールを見つめているその空間はとてもではないが、クリスマスらしさは一欠片も無く、絶対負けられない戦いがあるんです!って実況が聞こえてきてもおかしくはないくらい皆が真剣な表情。
お遊び的な要素が全然無くて、相手チームの人たちのほとんどが俺の事を睨みつけては、目が合うとニヤリと笑う。
なんだか対戦相手全員が俺個人に一泡吹かせてやろう的なものを感じる。
そんな空気を読んで、同じチームの佐藤愛子に作戦でも伝授しているかの如く耳打ちしているのだが、内容はと言うと、ただ一言、メリークリスマスって伝えただけである。
最初は驚いた表情をしていた佐藤愛子だが、意図がわかったのか、適当にゴール前とかを指さしたりしながら同じように口に手を当て、耳に顔をちかづけてくると
「メリークリスマス」
いたずらっ子のような幼い笑顔で微笑む彼女はどこか嬉しそうで、俺が着ているシャツの裾を指先で摘んでいる。
ホイッスルがなると、その笑顔のまま駆け出していき、ゴール前まで行ったのを確認した後そこにパスを出すふりをしながらゆっくりとドリブルで仕掛けていった。
一人抜き、二人抜き、長富杏香もマルセイユルーレットで抜くと、悔しそうな彼女の顔に笑顔を向けたまま足を止めることはない。
再び佐藤愛子にパスを出すフリをしながらも、ふわりと浮かしたボールを打つと、時が止まったかのように誰もが動かずそれを見ている。
ゆったりとした時間のままゴールネットが揺れると、ホイッスルが鳴りシュートが決まった事を教えてくれた。
それぞれが思い思いの時間を過ごし、プレゼント交換も終わり、その輪に入れなかった守谷恭子はいじけていて、そっと彼女個人へのプレゼントを渡したら、抱きついてきて
「今夜は家に帰らなくてもいいんですよ」
って過激な事をぽそりと耳元で口走る。
どんな内容を呟いたかは分かっていない筈なのに、鬼の形相の佐藤愛子に恐れをなしたのか慌てて離れると
「大切にしますね」
俺からのプレゼントを確認した後、嬉しそうに言ってくれたのでそれに笑顔で頷いた。
横目で見えた佐藤愛子は、嘆息を吐いているのだが、それでも顔は笑っている。
聖なる夜。
致し方ないと思ってくれたのかもしれない。
個人的に渡したプレゼントに驚いてくれたり、喜んでくれたり、涙ぐんでくれたり、でも、皆嬉しそうにしてくれていたので俺的には満足なものとなった。
佐藤愛子は方角が一緒の渡辺真那たちと帰宅して行って、俺たち姉弟と長富杏香、それと何故か澤田菜緒も家に来ることになったようだ。
最後に見た濱野さんの顔が寂しそうだったのだが、気のせいだと思いたい…
シャワーを浴びリビングに戻ると、バーベキューで余った肉などを貰ってきたようで、この遅い時間にちょっとしたレストランのディナーのように、何品もの料理が並んでいた。
「こんな時間に誰が食うんだよこれ…」
呆れて言った本音の独り言。それに澤田菜緒が笑顔で、だよねって言った後に
「でも小春さんの料理美味しすぎてびっくりなんですけど」
太っちゃう…端が止まらないよって泣き真似をしながらも嬉しそうにぱくぱくと食べている。
しばらく飲み会に付き合っていたが、明日は練習もあるし先に寝ると伝えると、今度練習見に行ってもいいかと澤田菜緒に聞かれた。
練習よりも試合を見にきてくれと伝えて自分の部屋に引っ込んだ。
ベッドに潜り込むと布団の冷たさに身震いする。けど、この冷たい布団が体温で徐々に温かくなってくるのが嫌いではない。携帯のアラームをセットしようとした時に、佐藤愛子からLINEが来てる事を告げている。
開いてみると、今日の感想が書かれているメッセージが何回かに分けて送られてきていて、最後に今まで生きてきた中で一番幸せって書いてあって、その昔に競泳の選手がオリンピックで優勝した時のようなセリフだなってYouTubeで見た事がある動画を思い出して苦笑してしまった。
でも…
俺もそうなんだと思う。
こんな充実した一日がもっと長く続けばいいのにと何度願った事か。
あと一時間もすれば日付が変わってしまう。
本番当日よりも前日の方が重要視されているこのイベントを、本来の意味を知っている人間が日本にどれくらいいるのだろう。
それでも、彼女も彼氏も、家族も子供達もこの日を一年の間、首を長くして待っているはずだ。
来年のクリスマスも、その次のクリスマスも、この先出来る事ならば、毎年の楽しみにしているようなそんな日になって欲しい。
今俺が願うとしたらそれだけだった。
クラスメイトAの役だったはずなのに、気がついたら学園のヒロインに主役級で舞台に上げられそうになっているのを阻止したい〜空の境界線〜 永谷園 @nagatanien
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