第16話

「やっと来たか。よしじゃあ冴木、みんなにサッカーの基本を教えてやってくれ。サッカーやってたやつも沢山いるみたいなので、そんなの分かってるよって思うかもしれないけど、やってた奴ほどみればわかると思うから」

 長富杏香の説明の後、俺のサッカー講座の解説のはじまり、はじまり。

 半田和成相手にパスをする。

 ボールを受ける位置。ボールを蹴る場所。相手の足のどこに蹴るのか。それは何でなのか。すぐに出来る訳がないけど、知ってると知らないじゃ全然違う。

 ポジションによってもボールの受ける位置、受けた後のボールの置く位置は違うし、試合中に何処にパスを出すかによっても違う。止める蹴るが一番の基本であり、サッカーの中で一番難しかったりする。

 ま、あれだな。フランス料理で言うところのオムレツみたいなものか?オムレツに始まりオムレツに終わるって究極の料理の山岡家なんとかさんって人が言ってたようなきがする。


 最初はそんな事かよみたいな感じのクラスメイト男子も、やってたやつほど今俺が見せてる止める蹴るがいかに凄い事かに気づいてくれたようでドヤ顔。

 無論俺がしているわけじゃない。

 半田和成と佐藤愛子と長富杏香がだ。


「じゃあ試合始めようか。最後の方はあちらの大学生グループが一緒にやってくれるって言うから、胸を借りよう。経験者はAチームに、冴木はBチームに入れ。私もAチームに入るからな」

 キッって俺を睨みつける長富杏香。これあれか、あの時のリベンジ的なやつか。

 なんだよ、また泣かされたいのか。仕方ない。どちらが上なのか骨の髄まで染み込ませて、絶対服従させてやる!下卑た笑いを長富杏香に向けると、意図に気づいたのかたじろいでいた長富杏香は少し可愛かった。


 前回は同じチームでたくさん特典させてあげてた佐藤愛子も、今日は敵チーム。

 同じチームの茅ヶ崎彩音や他のクラスメイトに同じ戦法とらせて、シュート打たせまくった。

 いくら蹴るのが下手でも、力がなくても、何本もゴール前にパスを通せば点数は決まっていく。

 今日泣いたのは長富杏香だけでなく、佐藤愛子もだった。


「たっちゃんが同じチームじゃないと全然楽しくない!」

 ぷりぷり怒ってる佐藤愛子に何も言い返せない半田和成with経験値な仲間たち。


 休憩時間に半田和成が俺が今現在所属しているチームの事を話したらしくサッカー経験者なクラスメイトは驚愕してた。

 足があんなに速いのも納得だわって。


 こうやってクラスメイトAの設定から、冴木龍臣って配役に他のクラスメイト達にもどんどん上書きされていっている。

 いいのか悪いのか。

 ただ、半田和成が俺の事を自慢してくれていて、佐藤愛子もそれが嬉しそうでニコニコしてて、それを見る俺は複雑だけどやっぱり認められるのは嫌じゃないのかもとも思えてくる。

 そんな事を考えながら、ペットボトルの水を煽り、嘆息を吐くように、息を細く長くはいていた。


 本日のメインイベント。濱野と澤田の大学生チームと球技大会特訓チームでの対戦。

 俺は守備に徹するためにゴールキーパー、フットサルで言うところのゴレイロで出場。

 長富杏香と半田和成に得点を委ねるとしよう。


 結果は俺のパワープレー、ゴールキーパーも攻撃に参加する戦法で見事に勝利。

 皆んなの自信も上がったし、何より長富杏香がめっちゃ嬉しそうだった。

 あなたは球技大会出場しないからね…


「龍臣さっき聞いたらあのチームのユースなんだって?通りでめちゃくちゃうまい訳だ…

 レベチだもんな」

 呆れたように濱野に笑われたが、そんなのと知り合いになれて嬉しいし、一緒にサッカー出来るのが嬉しいって言ってくれて、出会った頃からいい人のままだなこの人もって俺も嬉しくなった。


 フットサルコートの入り口のとこでクラスメイトの皆んなとお別れ。

 明日はバスケの練習が待っているらしい。


「龍臣君。またLINEするね!サッカーもいいけどお姉さんとのデートはいつでもオッケーだよ」

 態とらしいウインクをして見せるのだが、隣で腕組んで唇とんがってる佐藤愛子を見て、愛子ちゃん可愛いって言ってる。


 あれだよな。俺に関わる女の人って、漏れなく佐藤愛子を溺愛していくんだよな…

 なんなんだろうこの子。

 女子にモテるα波とか出してるのかな。

 それ出す方法解明出来たらノーベル賞取れんじゃない?

 俺大学行く事になったら卒論は佐藤愛子が出す女子にモテるα波についてとか書いてみよう!大学行く前から卒論のテーマ決まっちゃったよ。


「この人こう言う顔してる時って、絶対気持ち悪い妄想してる事が多いので、菜緒さんも気をつけてくださいね」


「さすが許嫁!よく分かってる」

 二人に長富杏香と濱野を加えた四人で笑っている。本人目の前にして悪口言うのってどうかと思うけどね。

 そう言うのは俺のように心の中で言ったほうが軋轢を産まないいい社会になれると思うよ。


 長富杏香の車で佐藤愛子を送っていってから二人で帰宅。

 車の中で散々にいつも泊まってる杏香ちゃんは狡いって連呼していた。

 長富杏香は許嫁なんだからそのうち一緒に住めるんだろうし、風呂だって二人で仲良く入ればいいだろって軽口叩いて、顔真っ赤にした佐藤愛子に叩かれていた。

 恥ずかしかったのか、真っ赤な顔してチラッとこっちを見る。

 エヘヘって笑う佐藤愛子は息が詰まっちゃうほど可愛いから車内暗くてよかった。なんなら今の俺、佐藤愛子より顔赤い自信あるからね…


 一緒に風呂に入るって定番になりつつある茶番をし、小春の食事にありつけたのは帰宅してから一時間以上経ってからだった。


「私も今日は会社だったから夕飯遅くなっちゃってゴメンね」

 作ってもらってる身分で文句言える権利もないし、謝らせてしまって逆に申し訳ないって思いもあって、一緒にキッチンに立ち、夕飯の準備を手伝った。

 うちにいる居候はノートパソコンで今日撮ったフットサルの映像を見てて、何やらノートに書いている。

 出来たものからテーブルに並べていく時に、手伝うって言ってくれたのだが、球技大会の事を一生懸命考えてる担任の教師に、大丈夫って遠慮した。

 小春もテーブルに並べてる時にその映像を見たらしく


「あれ?これって菜緒ちゃんじゃん」

 ってびっくりしてた。聞くとどうやらねぇねと同じ大学で後輩らしい。

 ねぇねと長富杏香が知り合ったように、卒業した年にサークルに遊び行ったら新入生としていたんだとか。

 あの人あんなチャラそうに見えて国立大学かよ。人は見かけによらないなって思ったけど


「よし!次はこれで行こう!」

 って纏めたノートを閉じると、ニンマリして俺を見る。球技大会の攻略方を考えていたと思ってたら、俺への対策だったらしく心底呆れた。この人もねぇねと澤田菜緒と同じ大学なんだよな…

 勉強出来てもバカなのもいるって理解した秋の夜長だった。


 あくる日の放課後。


 俺がプロの下部組織に所属しているって事や佐藤愛子の許嫁発言などは、半田和成と茅ヶ崎彩音の陸上部コンビが緘口令をひいてくれたらしく、特に騒がれる事なく穏やかに一日が過ぎてくれた。

 下部組織所属はまだしも許嫁の威力はやばすぎるので心底ホッとしていると、うちの球技大会の秘密兵器だからなって名前も覚えてないやつから言われて、なるほどって笑いあったけど、名前知らなくてゴメンねって内心ずっと謝っていたのは卒業しても言わないつもり。


 放課後体育館に集まる十六人。昨日と同じメンバーなのは佐藤愛子と半田和成とwithの人たち数名。

 うちのクラスでバスケ部に所属しているのはなんとかさんって名前も知らない背の高い女子とナントカさんって言う背の低めの女子の二人のみらしく、男子バスケ部がいないうちはちょっと厳しいかもって始める前の説明を受けた。

 この後夜までやってるバスケコートがある公園を予約してるとかで、今日も帰宅は遅くなりそう。明日はクラブチームの練習があるし、今週は忙しい…オーバーワークにならないよう気をつけないと。


「冴木君上手いね!」

 ナントカさんの方に褒められた。カタカナのナントカさんさんが背が低い方だね。


 その昔サッカーやってるやつは空間認識能力に長けてるやつが多いからバスケも上手いって体育教師に言われたことがある。

 俺から言わせればバスケやってる奴はその逆でサッカー上手い奴が多い印象だった。


「半田、半田。アリウープってやつやってみたいから、チャンスあったらゴール前で空中にパス出してよ」


「は?出来る訳ないだろ。空中でボール受け取ってダンクシュートする奴だよな?それ出来たら、マジで冴木と友達なこと一生自慢するわ」


「元ゴールキーパーのジャンプ力と俺の身体能力にビビるなよ」

 ミニゲームが始まる前にそんな事を笑いながら話していたのだが、いざゲームが始まってすぐ、なんとかさんからパスをもらった俺は意外と上手に出来てるドリブルやフェイントで敵を交わし、スリーポイントラインで半田和成にパス。

 そのまま中に切り込んで半田和成にアイコンタクト。

 敵を交わし気味にリング方向にパスを出してくれたのを見て、フリースローライン内側から思いっきりジャンプ。

 なんと自分でもびっくりするくらいドンピシャのタイミングでリング上でボールを右手で掴むとそのままダンクシュートが出来てしまった。


 後から聞いたら球技大会用にゴールは少し低いと言われたのだが、アリウープを決めた俺にみんな大口開けてあんぐりしてた。


 喜んでいたのはかれから一生自慢されちゃう俺とぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ佐藤愛子だけ。

 なんなら隣のコートでバスケやってた他のクラスの人たちもプレーが止まったくらい。


 その後大歓声でもう一回!って次はゲームじゃなくてナントカさんがバックボードにわざとぶつけて跳ね返ったボールをダンク。

 大歓声だった。


「俺マイケルなんとかの生まれ変わりだわ。半田、お前は俺のこと一生自慢してくれ」


「ジョーダンは死んでないわよ。ん?たっちゃん言ってるのジャクソンの方?」

 どっちか分かんないけど半田の自慢になれるのは嬉しいって笑って言ったら、半田和成に抱きつかれた。


 あれかな?俺は佐藤愛子の影響で男子にモテるβ波とか出せるようになったのかな?

 あれ?佐藤愛子は元々男子にもモテモテだったから、αもβも出してたのか。最強生物だな佐藤愛子は。


 なんとかさんとナントカさんもこれ勝てるよ!って大興奮してて、ますますクラスメイトAじゃなくってきているのを実感。去年までは確実に俺もナントカ君だったのになって独りごちていた。

 男に抱きつかれてても佐藤愛子は若干機嫌悪いのがちょっとだけ面白かった。


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