第6話

 明日に迫った文化祭の準備のため、徹夜も覚悟してるクラスや部活があるんだとか。

 学校側も教職員や有志の保護者や卒業生なども参加して大わらわな状態。

 一番バタバタしててもおかしくない実行委員会は、フィクサーのお陰か本当に余裕の程でお茶してるし。


「これ私が焼いたクッキーなんですけど良かったら食べてください」

「クッキー作れて羨ましい」

「美味しい!彼氏が羨ましいね」

「女子力高いじゃん」

 いやいや。それ女子力じゃないから。料理が上手ってだけだから。もしくわ優秀な全自動オーブンとかのおかげだからね。


 そもそも俺が美味しいクッキー焼いたら冴木龍臣くん女子力高いねーって言うのかよ。

 そもそも女子力ってなんだよ。男子の顔見ながらサラダを取り分ける能力か?それだと守谷恭子も女子力めっちゃ高そう。

 なんだ。

 女子力ってのは守谷恭子のことか。それなら納得かも。


 視線を感じてそちらを見るとにっこりして胸のとこで小さく手を振る守谷恭子。

 あれが女子力だよ。

 無駄にドキドキしちゃうから。

 軽く頷いてご挨拶。ドキドキがバレちゃうからと視線を逸らした先にいるのは案の定佐藤愛子さん高校二年生。

 特技は声が出せなくなるような強い眼光と手から何か出ているんじゃないかと思えてくる破壊力。

 なんならミュウツーなみのサイコブレイクかけてるまである。


 つかつかと俺のそばまできた佐藤愛子は


「たっちゃん…私たちってお付き合いしてるわけではないらしいのでとやかく言う筋合いはないって思うかもしれないけど、多分私怒ったら怖いと思うわ」

 誰にも聞こえないような小さな声で、ニコニコ笑いながらコショコショと話してる俺たちは、側から見たら中良さげに見えたことだろう。


 実行委員会でも佐藤愛子は大人気である。

 男子は勿論、女子からだって不動の人気第一位だ。

 あれだけ周りを煽って、時には高圧的に、時には論理的にら学年問わず相手を屈服させて準備させていたにも関わらず、今日まで誰からも不満が出なかったのは、彼女が人の三倍くらい仕事していたのもあるし、困ってる人、滞ってる人がいればすぐに人員を補充したり、アドバイスしたりなどとにかく、全員を凄く見ている。

 お前は心を開いてないって言われた時は、俺の事こいつ大好きかよって自惚れた時もあったけど、そうじゃない。

 佐藤愛子は全ての人、全員を的確に観察している。

 見てないようで見てるのだ。

 そんな大人気の佐藤愛子が、男子に密着してるのを初めて見た人たちから驚愕の視線。

 密着度は恋人なみ。でも会話内容は脅迫である。

 佐藤愛子の親戚の叔母と一緒でグレると長い。そして拗ねる。

 私なんて可愛くないし、こんな性格だしって本当面倒臭い。なので


「文化祭終わったら休みあるじゃん。俺もサッカーないし、どこかお出かけする?」

「え…」

「サッカー意外でお前と出かけたことないからさ。どうかなって…あっ、無理しなくてもいいから。突然だし。予定あるだろうし、何もなければだけど」

「いく。行くー!絶対行く!どこがいい?たっちゃんどこに行きたい?一緒ならどこでもいい。出かけなくても家でまったりでもいいから。そうね!インドアでも全然いいわ」

 大興奮しちゃったね。声大きかったね。見てごらん。みんながこっちを見てるよ。みんな引いちゃってるよ。

 ぴょんぴょん飛び跳ねて男にくっ付いてるの見て男子なんてドン引きだよ…


「声、大きいから…」

 え?って顔をして、周りを見渡すと、誰もが視線を逸らすことに気づいたらしい。

 顔を真っ赤にして、モジモジし始めた。


 何度か深呼吸を繰り返し、見た事あるような佐藤愛子流気持ちリセット術を発動して、誤魔化すように


「休憩終わりにして最後のスパート頑張りましょう!」

 大笑いしながらも、おーって答えてくれたのは望月朱美だけだった。田原祥も顔を上げられないのか肩が震えてるし。

 せっかくリセットしたつもりが、それで居た堪れなくなったのか、真っ赤な顔をして、各クラスの状況確認してきます。ってそそくさと出て行った。


 それから今に至るまで、佐藤愛子を学校で見かける事なく、下校する時間に。彼女はきっと困ってる人を東西南北で探しては宮沢賢治してるんだと思う。


 生徒会長、副会長は他にもやる事が沢山あったらしく、佐藤愛子と共に教室からいなくなっていた。

 帰り間際に実行委員会の教室に現れた二人は俺に歩み寄ってくる。


「おつかれ。昨日早く帰りたくて、そそくさと学校出ちゃったからさ。後回しにしちゃった案件今日はやらないと来週フットサル行けなくなりそうでね」 

「愛子ちゃんもフットサルの時はデレデレして冴木くんにべったりなのに、学校ではああでしょ?そのギャップが面白かったのに、なんかさっきは凄い飛び跳ねてたね」

「佐藤さんにさっきはなんて言ってたの?」

「文化祭の代休の時に出かけない?って言っただけなんですけどね。なんかすんません…」

 なんて言っていいか分からず、そのままの事実を伝えたのだが分かって貰えるか…


「双葉学園のアイドルも恋する乙女って事なのよ田原くん」

「そうみたいだね」

 楽しそうにひとしきり二人は笑ったあと、他の人たちにさあ片付けちゃおうって声をかけて回っていた。

 俺は…

 周りからの視線が未だに痛い…


 下駄箱前まで来ると、あからさまに誰かを待っている人がいて、出口付近に置いてある自動販売機に寄り掛かりその時を今か今かとキョロキョロしている。

 佐藤愛子って一瞬思ったが、そこに立っているのは守谷恭子だった。


「じゃあな。おつかれ」

 最近知り合いになった後輩に最大限の社交辞令を示し横を通り過ぎようとしたらガシっと腕を掴まれ進むのを拒否された。


「冴木先輩を待ってたんですけど」

 その上目遣いで男子見るのやめた方がいいと思うよ。女子力高いって言われちゃうから。


 テクテクと隣にきた守谷恭子に


「あれで付き合ってないとか頭悪いんですか?」

 なんかうえーって顔をしてるんですけど、心配ご無用。マジ俺頭悪いんです。佐藤愛子はむちゃくちゃ頭いいけど、空気読めないとこがあるだけなんです。


「側から見ると付き合ってないとおかしいだろ?って見えるのかね…」

 はぁーって嘆息を吐き、でもそれは私的にもチャンスなんだよねとかぶつくさ言ってる。

 その発言も女子力のステータスの一つでしょどうせ。

 俺にはそんな精神攻撃効きませんよ。


「じゃあ聞きますけど、先輩は佐藤先輩の事どう思ってるんですか?」

「え?そんな事人に聞かれたからって言わないだろう普通。そんな事言うのは修学旅行とかで散々枕投げやって先生に無茶苦茶キレられて、半ば強制的に部屋真っ暗にして、それでもみんな興奮して寝れなくて、一人ずつ好きなやつを言っていこうぜ!みたいなノリの時にしか言わないわ」

「なんですかそれ気持ち悪い」

 君のその独り言隣にいる人に聞こえちゃってるよ。それ完全に悪口だよ。もっと女子力高めてそれもベールに包んであげて。


 チラッと守谷恭子を見ながら嘆息を吐き、歩き始めるとそれに着いてくる。


「佐藤にも言った事あるんだけどさ、彼氏とか彼女とかって言う関係性って何なの?」

 へ?って顔をしてこちらを見るが、はてって言うと、顎に人差し指を当てて考えている様子。


「関係性って言うか特権なんじゃないんですかね?私はこの人の彼女なんだから手を出さないで!って言うやつですよ」

「それでも他から好意を持たれたりもするだろうし、他に好きな人が出来たりして別れたりなんて当たり前のようにあるだろ?婚姻届のように国に管理されてるわけじゃないそんな曖昧な関係になったとこで嬉しいの?」

「うわー面倒くさー。この人面倒くさー。好きなら付き合う。嫌になったら別れる。それでいいじゃないですか」

「嫌だよそんなの。好きになった人は一生好きでいたいし、別れる事があって、そうなると前みたいな関係性が維持できないのならそんな曖昧な資格絶対要らないわ俺なら」


 キョトンした顔をして俺を見上げている守谷恭子は、世間一般的に可愛いと誰からも呼ばれるはずだ。

 現に最初の出会いも茅ヶ崎彩音に可愛い後輩って紹介を受けている。


 そんな女子力高い可愛い女子に、上目遣いで見られると、人付き合いまだまだ苦手な俺は挙動不審になるわけで、それを誤魔化すように


「ま、あれだ。それは俺が思ってる事で人に強制してる訳ではないし、もし佐藤が好きな人が出来たって言ってきたら心からおめでとうって言ってやりたいし、なんかちょっと嫌だけど、イヤ、すげー嫌かもしれないけど、そんな事で自分の好きな気持ちが消えるわけではないからな。

 だからこそ、彼女とか彼氏とかそんな関係でも縛り付けるためにそれが最善と思ってそれを望むのなら、それ相応の覚悟を示したいっていうか、難しいけど一生そばにいるからって確信出来たら言ってもいいかな…って自分で言ってても気づいた!俺ちょー面倒臭いかも。ヤバイ面倒臭いわ俺」


 言ってる最中からなんか段々と気持ち悪い事言ってる自分に気付いて、それを悟られないように次の言葉を紡ぎ出すんだけど、取り繕ったように出す言葉はどれも曖昧で、もう誤魔化しきれないって悟ったから強引に言葉を切った。なんか高校生が言うセリフじゃないよな…

 きっと俺はまだまだ怖いのだと思う。どんなに好きでもそれが壊れてしまうような関係性が。でもそれに付き合ってくれる佐藤愛子がいて、こっちのペースに合わせてくれてるのに、そうではない事をする俺に怒りを覚えるのだろう。

 なんなら自分からお願いしてATフィールド貼ってもらうかな…


「なんかよく分からないけど佐藤先輩の事が大好きって事じゃないですか」

「え?そりゃそうだ。一年以上あんな女子が隣の席にいて、何かと話しかけてきてくれて、それで好きにならないやついたら教えて欲しいわ」

 普通に笑ってた。

「私からもほぇーって見つめちゃうほど美人なのに凄く優しいですもんね。佐藤先輩に怒られて怖くて逃げちゃったときなんて、作業してる私の横に来たからまた怒られるって思ったら、「なんかあの人の事になると抑えられなくてゴメンなさい」って謝ってこられて、いえいえとか言ったんですけど、それは私の男に手を出すなよボケって感じなのかなって。でも佐藤先輩の顔みたらそうじゃなくて、凄く恥ずかしそうにちょっと顔赤くしてて、本当にゴメンなさいって感じで、それが凄く可愛くて、びっくりしました」

 じっとそれを聞く俺を見て盛大にため息を吐き

「それなのに嫉妬深いとかあの人本当可愛いんだよな…」

 なになに茅ヶ崎彩音に続き、守谷恭子まで佐藤愛子に惚れちゃったの?

 なんか俺のライバル女子ばっかり。なんかそれはそれで心配。うんすごく心配…今日も変な夢見て寝れなかったらどうすんだよ。純情な青少年の心を乱さないでくれ…


「じゃあ私自転車なんでまた明日学校で!文化祭頑張りましょう!」

「おう。なんか待っててもらったのに守谷が求めてたの違う回答だったかもしれなくてごめんな」

「なんですかそれ。格好つけすぎですよ。それに先輩言ってたじゃないですか。そんな事で好きな気持ちが消える関係性になりたくないって」

 ニンマリ笑いながら大きく手を振って走っていく守谷恭子を俺はいつまでも見ていた。





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