第11話

 彼女らの母親に、娘に近寄る男の情報を値踏みするかのようにあれやこれやと聞かれ、その都度曖昧な返事をするのだが、それをニヤニヤして見ている長富杏香がちょっとだけ嫌いになりそうだった。


「二人はお付き合いされているの?」

 って爆弾発言にコーヒーを吹き出さなかった俺を褒めてあげたい。


「いやいや。ただ学校で佐藤さんの隣の席に座っているだけのクラスメイトの一人なだけです。学校の人気者の佐藤さんとまかり間違えてそんな噂でも出た日には…」

 そこまで言いかけると、腕を組まれてる佳奈美からギュッと引っ張られ


「たっちゃんは将来的私の彼氏になるんだからお姉ちゃんにはあげませんよーだ」

 ガタッと椅子から立ち上がる佐藤愛子


「ちょっと佳奈美。あなた小学生で何言ってるの?冴木君。あなたもさっきから何も否定しないけど、あなたもしかしたら幼女趣味でもあるのかしら?」

 怒っている佐藤愛子にベーって舌をだしている佳奈美を見て余計怒りを覚えたのか、何かを言いかけた時に


「冴木さん何か好き嫌いはありますか?今から夕飯作りますけどどんなのがお好き?」

 ほんわかと微笑みながら、全く空気を読まない佐藤愛子の母の発言に長富杏香は大笑い。


「夕飯食べていきなさい」

 何故だか命令口調で怒りを俺にぶつけてきている佐藤愛子に、はいって頷く事しか出来なかった。


楽しく美味しい夕食の時間はあっという間に過ぎた。あれやこれやと質問はされたのだが、大抵の質問を否定で返していると何故だかどんどん不機嫌になっていく佐藤愛子が少しだけ怖かった。


「突然お邪魔させて頂いたのに夕飯までご馳走して頂きありがとうございました。お食事もとってもおいしかったです」

 あらあら、ご丁寧にと申し訳なく思うくらい深々とお辞儀をされてしまった。

 玄関先で二人でそんなやり取りをしていると


「たっちゃん、また遊びにきてね」

 とチョコを抱いた佳奈美が手を振ってくれている。佐藤愛子は食事を終えても機嫌が収まらなかったのか、俺の答えがいけなかったのか、佳奈美が火に油を注いでしまったのか、食事を終えてすぐに寝るって言ってリビングから出ていったところでお開きとなったため今こうしている。


「疲れてるのに付き合わせて悪かったな」

 佐藤家を出て、長富杏香の車に乗り込むと開口一番の謝辞。


「楽しかったです。久々にああいう団欒。飯もめっちゃ美味かったし」


「だろ?愛佳さんの料理本当美味しいんだよな。あ、佐藤愛子と親戚なの内緒にしてくれ」

 佐藤愛子の母親が愛佳って名前を知る。そして長富杏香と佐藤愛子が親戚だと言うことも知る。そんな話しを内緒だと言われたとしても、学校でそれを言う相手がそもそもいませんけどね。


「囲まれるのはまだ苦手か?」

 運転中、前を見ながらの問い。

 体育祭でのことを言っているのであろう。助手席に座る俺が頷くのが見えてるかは分からない。


「別にそれに慣れろとは言わない。得て不得手は誰にでもあるからな。昔言ったかもしれないが、冴木龍臣に今をたくさん楽しんで欲しいと思ってる。その為の手助けならいつでもするからな。その時は頼れよ」


「泣かせる事言わないでくださいよ先生」

 

「いい先生だろ私って」

そう言って長富杏香は笑っていた。


 家の前で車を下ろしてもらうと、窓を開けた長富杏香に


「明日はどうする?いけるか?」


「期待してくれている女子が二人もいますからね。出来る限り全力でいきます」

 乙女心分かってるねと微笑む長富杏香は親戚だという情報を知った後だと、佐藤愛子に似ているのがよく分かる。


「おやすみなさい」

 走り出す車にしばらく頭を下げていた。


 シャワーから出るとアドレスに登録されていない相手からのメッセージが届いてる事が携帯電話のホーム画面で知らせている。

 開くと佐藤愛子からだった。


『佳奈美からたっちゃんの連絡先聞きました。勝手に連絡先を聞いてごめんなさい。私が知らないで佳奈美が知っているのには驚きでしたが、そちらは今は不問にします。』

 そこで一度メッセージは切れている。

 何これ今から裁判でも始まるの?

 そちら以外で不問に出来ない事俺何かしたかな。

 これそもそも有罪判決が決定している状態?君はギルティーって言いたいのかよ…

 既読がついたからか


『今日は無理させてしまってごめんなさい。明日はたっちゃんが無理しなくても優勝出来る様に私が頑張りますので今日はゆっくり寝てください。おやすみなさい』

 その後に何かのキャラクターが寝ているスタンプが送られてきた。


『ありがとう。飯も美味かった。お前のお母さんにお礼言っておいてくれ。お前が応援してくれるなら明日も頑張るよ。今日はありがとう。おやすみ』

 なんかカッコつけたメッセージを送信して、恥ずかしくなり取り消そうか悩んでいるとまもなく既読の文字。それ以降返信はなかったので、キモッとか思われていたのかも…寝て忘れることにしよう。


 アラームをかけていなくてもいつもの習慣で同じ時間に目が覚める。

 そこまでの疲労の蓄積はない。まだ朝は冷たく感じる水で顔を洗い、丁寧に歯を磨くとジャージに着替えて外に出た。

 昨日のダウンのつもりで軽く流す。

 今日の俺の予定は確か400mと800mか。


 正直これ以上目立ちたくは無かったのだが、昨日の格好つけたメッセージの手前頑張ろうとは思っている。

 もしかしたら、なんであなたの応援なんかしなきゃいけないの?って思われてるかもしれない。疲れている時の変なテンションの時は絶対メッセージのやり取りをしないと心に決めた。


 公園まで来ると彼女が一人で立っていた。

 今日はチョコは同伴していないらしい。


「どした?」

 いると思っていなかったので、少し驚いた。


「私も軽く走っておこうと思って」


「俺来なかったらどうするつもりだったの?連絡先知ったんだからしてくりゃいいのに」

 二人でトラックを軽く流しながら話す。


「約束もせずに偶然会えたら、なんかドラマみたいで素敵かなって」

 昨晩のやり取りもあって、なんだか恥ずかしくなってしまい、おぅって短い返事。


 二人で何周かした後、彼女を置き去りに軽くスピードをあげる。400mトラックを7割程度の力で走る。昨日のダウン。今日のためのアップを同時に終了させ、佐藤愛子に並んだところで話しかける。


「シャワーも浴びたいしそろそろ行くわ」


「うん。無理はしないでね。あ、今日一緒に学校に…」


「絶対行かない」

 被せるように最後の件には否定すると、お互いに笑ってしまう。

 また後で。そう言って公園を出た。


 クラスメイトに昨日のことをあれやこれや言われるのが嫌で、遅刻ギリギリのタイミングで教室に向かう。

 人があまりいなくなった廊下を歩いていると、階段を上がってきた長富杏香に遭遇。


「昨日はよく寝れたか?」


「どうなんですかね。朝いつもの時間に目が覚めたから、昨日のダウンと今日のアップを兼ねて軽くジョグしておきましたけど」

 薄く微笑んでいる長富杏香はやはり佐藤愛子にどことなく似ている。


「佐藤さんもなんか公園にいたんで、朝一緒にアップしました」

 言わなかったら言わないで、後からなんか言われそうだったので自分から暴露する。

 ほーと感嘆したのち、待ち合わせして?と聞かれたので偶然ですね。と答えると


「なんだよ。運命的なやつか?もう二人付き合っちゃえよ」

 揶揄うように肘でウリウリしてくるので


「止めて、マジ鬱陶しい…先生こそ早く彼氏作るなり結婚するなりしなよ」


「お、お前、バカ、あれだぞ…私はこの仕事が今は恋人みたいなものだ…から」


「あれ?それってヤバい発言じゃないですか?」

 彼女を見る俺の目がとても悲しそうにしていたのがバレたようで


「言わなきゃよかった」

 って半泣きの長富杏香。なんかゴメンなさい…


「とりあえず席に着け!」

 先程までのやりとりの怒りをぶつけるように、教室の扉を勢いよく開けた長富杏香が一声。

 その後に続き俺が入ってきた事で、おってなる数人のクラスメイト。

 長富杏香が今日の説明を始めているのを背中に聞きながら、自分の席に着席した。


「遅かったのね。みんな冴木君の話題で持ちきりだったのよ。もう少し早く来ればよかったのに」

 俺の方を見ている人が何人もいる事が視線でわかる。それを踏まえての佐藤愛子のこの発言。だから遅く来たんだよ。分かってるくせに。その意味合いで彼女をチラリと見ると、そうねって口元に手を当て笑っている。


「今日も大活躍期待しているから。優勝しましょう」

 こいつも本当役者だよな。どこまでもこの学校でヒロインの佐藤愛子を演じている。

 俺にもそれが出来れば良かったんだけどな。

 今日のことを考えると、前で話している長富杏香の話も頭の中に入ってきていない俺がいた。


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