まギだち!

渡貫とゐち

第1話 弱小ギルドのちいさな「あるじ」くん1


「あぁ……今日も入団者はなし、依頼もなし……アハハッ、笑えてくるぜ……!」


 手元にあるのはダイエットに成功したうっすい財布だった。


 逆さまにして中身のコインを確認……今日の食料分はあるが、明日の分はない。

 ……ほお、おれは人並みの生活さえも送れないらしい。


 前世では一度も思ったことがなかった願望が溢れ出てくる……「仕事をくれ」


 だが、頼んで、「はいどうぞ」とくれるものでもなかった。


 おれには強い信頼がない……。


 よそのギルドへいって、なんとか仕事を譲ってもらおうか。

 しかし、躊躇っている自分がいる。だって……他人と関わると少なからずのいざこざがあるだろう。全員がそうだ、と言っているわけじゃないが……怖いなあ。


 結局、異世界にやってきても抱える悩みは同じか。


 現状、自分の生活すらまともにできていない。向こうでは完全に庇護下だったからなあ……それがどれだけありがたいことなのか、やっと今、分かった。もう遅いけど。


 養う側に立つと今日を生きるのだって必死だった。

 はぁ、と溜息を吐き、外へ出ようと席を立つ。


 金がないなら仕事をするしかなく、やっぱり外に出るしかなくて……――ん?

 扉を開けて、店の前――倒れていたのは、赤い女の子だった。



 ……ぐぅぎゅるるる、と、でっかい腹の虫を飼っているようだ。

 彼女を見ると、じー、っと。

 うつ伏せの少女が上目遣いでおれを見ている。


 ……なにを望んでいるのかは一目で分かった。演技ではなさそうだ。

 こっちを見る瞳は強いが、実際にぐったりしているし、頬もこけている……見るからにげっそりとした状態だ。

 空腹で死にそうなんだろう……だけど、こっちだって金がない。


 そう、今日分の、おれのっ、食料分しかないのだ。


 余計なことに使わなければ、今日を生き抜ける程度の残金しかなく――――


 余計なことに、使わなければ、な。


「う、」


 と、女の子が顔を伏せた。


 怪我をしている様子はないから、空腹が限界にきたのだろうか。

 …………、


 ふぅ。……目の前で倒れている女の子を助けることは余計なことだろうか。

 ここで見捨てて、今日を越したとして、明日、おれは笑って過ごせるか?


 答えは出た。


「ッ、分かったよちくしょうめ!!」


 彼女の手を掴んで引きずりながら……近くの飲食店の中へ。


 今のおれの小さな体では背負うこともできなかったのだ……まったく、なんでこんな姿に。

 見た目は子供、頭脳は、別に大人でもない。

 元が十五歳だとそんなにアドバンテージなんてないんだけど!?


 とにかく、今は彼女の空腹を満たすことが優先だ。



「――ぷあはっ、ありがとっ。すっごく助かっちゃったよ!」


「ああそう……こっちはこれで今日のメシがなくなったわけだが……いや、責めてないけどさ。……助けてほしいのはこっちだっての」



 分かった上で助けたのだ……だから本当に責めるつもりはなかった。

 だが、責めたような言い方になってしまった……許せ。


 彼女への奢りで財布の中身は完全に0となった。すっからかんかんかん。

 おっと、無意識だったが、やっぱりおれは本音では怒ってるのだなあ。理性で押さえているだけで。


 はあ。さてさて、マジでどうしよ……。

 時刻は昼過ぎ……、仕事を貰うにしても、貰えたとして、今日で終わる?


 日が暮れても続く仕事は勘弁してほしいな。


「どしたの? 分かりやすく頭を抱えて。抱くなら大きな夢の方がいいよっ」

「抱くなら女の人がいい」

「あはっ、大人びてるぅー!」


 こつん、と拳で頭を小突かれた。

 そうか、相手には、おれが子供に見えているのか……中身は思春期だから仕方ない。

 下品な発言も出ちゃうもんだよ。


「うぇ、睨まないでよ……こわーいよ?」


「オマエのせいなんだけどなあ」


 彼女はきょとん、としながら。

 軽口ばっかりで、こっちは苛立っているんだ……殴っちゃうよ?


 女の子だが、なんだか彼女の場合、殴ることに抵抗がないのだ。なんでだろ。


「あっ、いま失礼なこと考えてたでしょ!?」

「べつに。精神的に同じくらいに感じたから、話しやすいなって……それだけ」

「えへ、そんなに褒め……あれっ、褒めてる?」


 褒めてない。

 ただ、こうして接していると分かるのは、扱いやすい子だということだ。


 とりあえず、バカに傾いているということは分かる。


「あーっ、また人を馬鹿にして……っ、そのニヤリ顔、分かるんだからね!? 君っ、年上をからかって遊ぶものじゃないんですぅ!!」


「年上……? ああ、年上か……うん、年上だね」


「どこ見てる? もうっ、えっちな男の子だね、君っ」


 視線が引き寄せられた……ちくしょう。

 ……意外と膨らんでいる。


 よく食べるなあと思えば、栄養素が全てそこへ向かっているのかもしれない。


 彼女は腕で胸を隠しているが、だけど、寄せて上げているのは誘惑か? 挑戦か? もちろん、受けて立つが?


 彼女は――見た目は十五歳ほどだった。

 前世のおれも十五歳……、合っていれば同い年ということになる。


 彼女がこんな見た目でも実際はすごい年上だった、とかでなければだが。


 ――十五歳、か。


 十五歳の知恵と知識では、異世界転生したところで無双はできなかった。


 シビアな世界だからなあ……。

 子供の知恵で、より子供の体じゃすぐに死んじゃうよぉ……。


 ――転生して一年。まだ慣れない。

 周りばかりが発展していくから置いていかれている……、こっちの助言(ゲームとアニメ知識)を上手く使われて取り残された気分だ。


 気分というか、実際そうなんだけど。

 なんにも還元されていないんだよな。


 自然、むすっとしてしまった。

 それを見た、目の前の彼女が、「怒らせちゃった……?」と勘違いして、


「えと、……ごめんね? 助けてくれたのに、えっち、とか言っちゃって。……お姉さん、謝るから許してくれる?」


「許すよ。だから二度とお姉さんと言うな」


「なんでよもー」


 あの……冗談じゃないんだけど。


「そうだっ、自己紹介しよ! わたし――ルルウォンっ、よろしくね!」


 彼女は元気に、ぶいさいんっ、を見せてきた。

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