第25話修行した

 二〇二一年、六月一七日に開催される千葉スイーツデザート戦の舞台は千葉県具沢山市ちばけんぐだくさんしにある遊園地、千葉国民ランド内にある具沢山ぐだくさんキャッスルドームだ。


 東京から具沢山市まで至る道中、未練が大学生活を送っていた粋な馬市を通過する。

 首都圏生活便利しゅとけんせいかつべんり高速道路からの車窓の景色は、あまり変化が感じられない。

 高架下の様子はフェンスに遮られあまり確認は出来ない状態だが、一部アクリルパネルになっており時たま街並が顔を覗かせる。

 しかしそれも一瞬過ぎて懐かしさを感じるまでは至らない。


 折を見て行ってみようと未練は思っていた。

 粋な馬市には夏美の在学する力馬女子体育大学があるので、なるべく見つからないようにこっそりと。


 なんでこそこそする必要が、と思わないではないが夏美はいい顔はしないだろうと予想出来た。

 そこに夏美の地雷が埋まっている気がする。


 因みに夏美は野球連盟から特別強化選手に指定されており、プロ野球選手と大学生の二足の草鞋を履いている。

 美々、海鈴、友多も同様である。

 シーズン中は連日試合があり通学が難しいため、通信や課題提出が主となる。

 プロの試合をこなしながらの学業の両立は大変であろう、頑張ってほしいものだ。




 野球と勉学を同時進行で頑張る美々はチームバスの車内で愚痴っていた。

 試合と学業を両立させる苦労、悩みをチームメイトに吐き出していた……訳ではない。

 試合の事だ。

 この日の先発投手は美々である。


「なんでよりにもよって今日なのっ。愛しの粉蜜こなみつ様がいらっしゃる今日に限って何故、美々が先発なのっ……」


 悲劇のヒロインの如く、目を閉じ祈るポーズをとったり車窓に愁いを含んだ視線を投げたりと忙しい。

 窓の外は細かい雨模様で薄暗く、美々の憂鬱を上手く演出してくれている。

 雨空ではあるがこの日の試合は屋根付き球場、問題なく開催出来る。


 美々の扱いに慣れている隣席の海鈴は相手にしない。

 そうなると美々は前席の未練に標的を移すのだ。


 未練は未練で考え事がある。

 先程までは粋な馬市の事、この時は蟹江の事を思っていた。

 しかし表面上は女の子に優しい未練、切り替えて美々の相手をするのであった。





 蟹江と出会ったその日のうちにレッスンは開始された。

 病室で、というのは迷惑極まりないので当然場所を移す。

 病院の中庭でポツンと立たされる未練。


「マズハ僕ガ未練君ノ後ロ二立チマス」


 宣言通り蟹江は未練の後ろにピタッと密着した。

 未練の首筋に蟹江の息が吹きかかる。

 この間も蟹江の口は開閉を繰り返しており、パクックチャッパクックチャッと至近距離で聞こえる。


「ソシテ僕ガ未練君ノ手ヲ掴ミマス」


 蟹江の手が未練の手を後ろから包み込む。

 プルプルとした震えが未練に伝わった。


「ソシテコウシマス」


 急に蟹江の手に力が入った。

 強い力、ガッチリと手を掴まれ未練は動けなくなる。


 次の瞬間、未練の両手は腕が抜ける程の勢いで上に引かれた。

 両手に牽引されそのまま体ごと地面から引っこ抜かれる未練。


「ソシテコウデス」


 吊り上げられたまま今度は右手のみ、横に持っていかれる。

 その勢いで体も横に吹っ飛ぶ。



 蟹江の指導は文字通り、手取り足取りであった。

 未練の体を蟹江自ら操り、カープの投げ方を肉体に染み込ませる。


 蟹江は元一流アスリートだけあって力が凄かった。

 そのパワーに未練は操り人形の如く、右へ左へ上へ下へされるがまま。

 その様子を両手で頬杖をつき、ニコニコと見守る夏美。

 その日の修行は振り回されて終わった。






 千葉国民ランド園内には至る所に、この日の試合の巨大広告やポスターが設置されている。

 ポスターの主役は未練達選手ではない。

 一人は異世界人の甘原甘山かんばらかんざん、もう一人は美々の愛しの粉蜜様である。


 粉蜜様こと粉蜜里子こなみつさとこはパティシエールだ。

 フランスで十年修行し帰国後に神奈川県横浜市にて洋菓子店、菓子折々かしおりおりを開店するや、その季節季節に合わせたスイーツが瞬く間に大人気となった。

 今では関東圏に系列店含め二十店舗を展開、粉蜜自身も熱狂的なファンを持つカリスマ的存在だ。


 ポスターに大きく写る粉蜜は凛とした美人で自信に満ち溢れている。

 一方、甘原甘山も異世界では高名な菓子職人だ。

 ポスターの大部分を占める二人は龍虎の如く並び立ち、お互いを牽制し合うように視線をぶつけ合うのだ。


 美々は菓子折々の、粉蜜のファンである。

 今回粉蜜はこの試合の為に新作スイーツ、紫陽花のケーキを作ったとの事だ。

 しかし美々はそれを食べる事が出来ない。



 千葉スイーツデザート戦はお菓子を我慢しながらの野球となる。

 我慢できず食べてしまえば、即交代の厳しいルールとなっている。

 毎回、有名な菓子職人が招かれ腕を奮う。

 このため野球ファンのみならず、大勢のスイーツファンが会場に押しかけるのだ。



 未練はこの日の登板予定はない、故にスイーツ食べ放題である。

 甘い物にはそれほど興味はないが、美々の熱烈な支持を見て食べてみようという気になっている。

 紫陽花のスイーツ楽しみだな、と美々の前であえて呟くと歯ぎしりをして悔しがった。




 試合会場の具沢山キャッスルドームはお城を意識してデザインされたドーム球場だ。

 試合のためにデコレーションされたこの日のキャッスルドームは、まるでお菓子のお城の様。


 内部はピンクを基調としたメルヘンな内装、足を踏み入れるとむっと甘い匂いが立ちこめている。

 既にスイーツの準備は万端のようだ。




東京野球競技部隊

1(遊)熱原夏美

2(左)八矢文人

3(二)五村圭介

4(一)鬼清勝

5(三)大谷川清香

6(捕)花毟海鈴

7(右)宮本島美世

8(中)久米村ぷりん

9(投)二子川美々


千葉スイーツデザート

1(遊)あま

2(二)美味うま

3(一)甘無量かんむりょう

4(三)舌にとろけし

5(左)濃厚なかん

6(右)甘ーし

7(中)甘味かんみあらし

8(投)かん

9(捕)甘酸っぱし




 アクシデントは試合開始後すぐであった。


 投球動作やルーティンワークは選手によって様々だ。

 例えば投球前、顔の高さまでグラブを上げる者、胸の位置で構える者、腰の辺りまで落とす者。


 美々は第一球投球前、グラブを顔の位置で構えた。

 グラブで顔を覆うように構え静止する……静止する……妙に長い。


 ここで神から美々の交代が宣告された。

 理由はグラブで隠してケーキを食べていた為である。


 美々は一球も投げる事なく、一回表ノーアウト、0回0被安打0失点でノックアウトとなった。

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