第13話走った

 先に今回のルールを軽く説明しておく。

 試合は山水スタジアムの一階から十五階全層を使って行われる。

 八階にピッチャーマウンドとバッターボックスがあり、そこから試合開始となる。

 一、二、三、本塁、外野スタンドはワンプレイ毎にランダムに生成され守備側、攻撃側共にスタジアム内を探し回らなければならない。

 後は細かい違いを除き、通常ルールと大体同じである。



 山水スタジアム内部は外観と同じく旅館のような構造だった。

 木造の廊下が縦横に走り、廊下に囲まれる形で大小の宴会場、客間がある。

 宴会場、客間にはこの試合の観客が詰め込まれている。

 卓上には料理が並び、飲み食いしながらの観戦となる。

 試合前から酒がすすみ、既にいい感じにできあがっている様子だ。



 酔客から未練に野次が飛ぶ。

 こういう客は一定数いるもので、この手の人間にとっては未練は恰好の的なのだろう。



 未練は二ヶ月ぶりのマウンドに立った。

 前回の登板よりは落ち着いている。

 バッターボックスに立つ相手打者のッは未練達とそう体格は変わらない、さほど威圧感はなかった。

 只、流線形の体でいかにも速そうではある。


 結果を出さないとヤバいという焦りはあったが、少しばかりの自信もあった。

 その気持ちを投球にぶつける。


 初球ストレート、悪くない感覚だった。

 未練の感覚通り、ッは空振りした。

 よしよしよしよし、いい滑り出しだ。

 一回表ノーアウトランナー無しカウント0-1


 二球目ストレート、神の判定はボール。

 際どい球だった為、ッはバットを出せなかったように見える。

 ノーアウトランナー無しカウント1-1


 三球目ストレート、空振り。

 ノーアウトランナー無しカウント1-2


 追い込んだ。ッもタイミングを合わせようと苦心している。

 先頭打者は確実にアウトにしたい。


 四球目スライダーを選択した。

 ッはタイミングを外され出しかけたバットを必死に止めようとした、が止めきれない。

 ハーフスイングを取られ三振となった。


 パスッ、スライダーはキャッチャーミットを掠め後方に逸れていった。

 転々と転がるボールを海鈴が追い、ッはスタートを切る。


 振り逃げである。

 三振にはなったがまだアウトは成立していない。

 ここからはボールを持ってランナーにタッチするか、一塁を探し出して先にボールを送らないといけない。


 ッは速かった。

 海鈴がボールを追い未練が立ち尽くしている間にぐんぐん加速し、あっという間にその姿は小さくなっていった。

 行かなければ、未練も遅ればせながら走り出す。

 ッもまだ一塁を探している段階である。

 先に見つけ出せばアウトを取れる。


「一塁は十五階にあるぞ、急げ」


 客間から声が飛ぶ。

 ふむふむ、十五階か……最上階に向かうべく階段に向かう未練。


「騙されんな馬鹿!」


 海鈴が怒鳴る。

 客間からの情報はフェイクが多い。

 東京野球団とスーパースピードの世界では言語が異なるが、この嘘野次を飛ばす為だけに異世界言語を勉強する熱心な客が存在している。

 野次の方向を見ると異世界人が客間からニヤニヤと笑っている。

 更に追加で飛ぶ情報。

 一塁は一階の北階段にある、いや十二階だ俺は確かに見た、いやいや一塁はここにあるぞよく見ろ、え?どこどこどこ?馬鹿野郎!それは一塁じゃなくて俺の尻だ!


 観戦マナーもへったくれもないとはこの事だ。

 異世界人の民度はこんな物かと呆れ返るばかり。

 と言いたい所だがこっちの世界の客も同じ事をやっている。



 無線でチームメイトと連絡を取りながらの捜索となる。

 まずはマウンドのある八階を探すが、簡単には見つかってくれない。

 廊下を走り、フスマを開け客間を覗く。覗かれた部屋は大盛り上がりである。

 埒があかず夏美と交代で七階を探す事となる、やっぱりない。

 大谷川から三塁発見の報。欲しい情報はそれじゃない。

 続いて六階に走る、ない。

 向井原と交代で五階へ、ない。

 四階へダッシュ、ない。

 木屋田より二塁発見の報、これも違う。

 三階も、ない。

 吉岡崎と交代二階、ない。


 一階の鬼清はダルそうであった。

 もう探したし一階にはないぞと笑う。

 交代で二階に上る気もなさそうだ。

 相手にしていられない。一階の捜索に入る。が、ない。

 どこかに見落としがあったのか……それとももっと上階に?



 発見は偶然であった。

 必死な未練を眺めながら、美味しそうな料理をつつく客。


 ――羨ましい!僕も食べたい!


 未練はそれどころではない。

 たまたま目に入っただけであった。

 一人の客が名物牛タンを皿から取り、網の上に乗せて焼く。

 皿に乗った牛タンの隙間からチラリと白い物が覗く。



 未練は無線を取り叫んだ。

 一塁は一階宴会場、牛タンの下にあり!と。

 一塁ベースは牛タンと皿の間に発生していた。


 後はボールが送られてくるのを待つだけである。

 ボールの到着を牛タンの側で今か今かと待ち受ける。



 予想に反して真っ先に現れたのは、ッであった。

 階段を駆け下り驚異的なコーナリングで体の角度を変え、未練の方に真っ直ぐ突っ込んでくる。


 姿を消したかに思えた、ッだったが実際はボールの近くで動向を観察しチャンスを窺っていた。

 ボールを持つ海鈴を離れてつけ回し、一塁の位置を見定めるや勝負をかけてきたのである。

 遅れて海鈴が姿を現した。鬼の形相で、ッを追う。

 ッは速かった。未練から見て、その姿はみるみる大きくなってくる。


 海鈴は敗北を悟り走るのをやめた。

 膝に手をつきゼェーゼェーと荒い息を吐いている。



 ッは一塁を陥れた。

 一回表ノーアウトランナー一塁である。

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