第4話 キッチンできりきり舞い!雑用係の初仕事

 オレの名前は若松優士。元・フツーの男子高校生。

 突如魔界に召喚されてから、およそ一週間が経過した。紅葉城の姫兼城主、紅華べにかによって雑用係に任命されたオレであるが、いくらNGなしの雑用係とはいえ城の知識が皆無な男に用事を頼もうなどという猛者はいないらしく、今のところ毎日とてつもなく暇である。

 唯一、真月まつきさんだけは暇人のオレに気を使ってときどき図書館に呼んでくれる。その際オレに任されるのは、何冊あるのか見当もつかないような本たちを一冊一冊チェックして五十音順に並べるという地味な仕事。どうせ暇なんだ。文句はないがな。……激かわなメガネ真月さんをひとりじめ(幽霊たちはいるが)できるし!



 朝食を食べ終えたオレがフォークを置き、柄でもなく将来は司書にでもなろうかななどと考えた、そのとき。

「ゆーうしクン!」

 名前を呼ばれると同時に、背後から肩に飛びつかれた。驚いて振り返ると、そこには不気味なほどニコニコ笑った風丸かざまるさんの姿が。

「風丸さん!おはようございます」

「ん、はよ!」

 ……文字に起こすと非常に分かりにくいが、丁寧に表すならば「うん、おはよう」である。

 今日もあいかわらずチャラい彼は、ガタガタと音を鳴らしてオレの隣の席に腰かけると、

「優士クンさぁ、今日ヒマ?」

 オレンジ色の瞳から忙しいですとは言えない狂気を感じたオレは、薄く笑いながらはい、と頷く。

「マジ!?よかったぁ!そんじゃさ、今日厨房入ってくんない?」

 勢いで頷きかけ、あわてて首を止めた。

 今、なんて言った?

「ちゅ、厨房に……入る?」

 風丸さんは平然と頷き、うん、と大きく笑った。

「今日さ、ちょっとお客さんが来るんだけど、コックが一人体壊して休んじゃって。代わりに入ってくんない?」

 数秒の間、オレは反応できなかった。

 休みのコックに代わって厨房に入る……。それはつまり、オレに料理をしろということか?

 彼の言葉の真意に気づき、オレは思わずとびあがった。

「むっ、むりですよ!オレ料理なんてしたことないし!」

 と、必死に両手を振る。

 あくまでオレの持論だが、今どきの男子高校生の大半は料理なんてできないんじゃなかろうか。自分で作るより、食堂のおばちゃんが作ったほうが確実にうまいからな!

「大丈夫大丈夫!ウチの料理長いいやつだし!教えてくれるって」

 風丸さんはオレの背を容赦なくばしばしと叩き、な?ともう一度笑った。



 もはやオレに、拒否権などはなかった。



「ふむ。これがウワサの人間の男の子ね」

 むりやりコック服を着せられたオレのまわりを、一体の幽霊がふよふよと飛びまわる。

 一応お揃いのコック服に、やや長すぎる縦長の帽子。レンズが渦を巻いている厚いめがねをかけたこのメタボの幽霊が、紅葉城の料理長らしい。

 料理長は以前から人間に興味がある……と風丸さんから聞いてはいたが、まさかだったとは。


「ふむ。腕はこんな感じね……。髪はマヤ草の質感に近い……。これは調理のしがいがあるわ」


 と、ぶつぶつとつぶやく料理長。お気づきいただけただろうか。この料理長、人間の生態や文化ではなくなんと人肉に興味があるらしい。

「料理長ー、早く取りかからないと間に合わないっすよー」

「料理長ー、働いてくださいよー」

 平コックたち(こっちも幽霊だが)は口々に言うが、おだまんなしゃい!!とものすごい剣幕で怒鳴られておしまいである。

 もちろんつぶやかれているオレはたまったもんじゃない。小声ではあるがちょくちょく抗議しているのだが、彼には聞こえていないようだ。

「ちーっす!」

 軽い挨拶とともに厨房の扉が開き、風丸さんがやって来た。オレは全身の緊張がとけていくのを感じる。……まさか、この人の到来にここまでほっとする日がくるとは思いもしなかったな。

「あ!何してんの料理長ー!そいつ、一応食材じゃなくてコック代理なんだけどー」

 ここで訂正です。一応ではなく、オレは立派に食材ではない。

 どういうわけか料理長は風丸さんに弱いらしく、かざちゃんにそこまで言われたらしかたないわね、と引き下がり。

「いいわね人間!厨房に来たからには、馬車馬のごとく働いてもらうわよ!!」

 と、オレをビシッと指さした。

 こうして、オレの多忙な一日が始まったのであった。





「人間!リズの実持ってきて!」

「はい!」

「人間ー!マラトックの肉ー!」

「わかりました!」

「おーい、シェリの葉まだー?」

「はい、ただいま!」

 調理師免許どころかカレーの作り方すら怪しいオレに任されたのは、冷蔵庫及びその他の棚から食材や調理器具を運ぶ係。

 そのくらいなら……とたかをくくっていたオレであったが、それはある意味カレーを作るよりはるかに難しい仕事だった。なぜかって?理由は簡単。見たことのある食材がないからだ!

「ちょっと!これカラルの卵じゃなくてヒオルの目玉じゃない!」

「す、すみません!!」

 幽霊コックの怒鳴られ、オレは厨房で一番大きい木の棚へ走った。

 棚の三段目にはカラフルなかごがいくつも並べられてあり、その全てに白くて丸い物体が入っている。オレからすれば目玉と言われれば全部目玉だし、卵と言われれば全部卵だ。

「風丸さん、カラルの卵ってどれですか?」

 オレは棚の前で椅子にふんぞりかえっている風丸さんに問いかけた。風丸さんはかなり前から絶妙に邪魔な位置を占領しているのだが、不思議なことにコックたちは誰一人として注意しない。厨房の上下関係、意外と厳しいんだろうか。

「ん~?一番ピンクっぽいやつだよ」

 ピンクっぽいやつ?

 棚に向き直り、白い球体たちの微妙な色味に目をこらす。

 それらしい物体を一つ手に取り、怪しげな肉と向き合う幽霊のもとへ走りだすと。

「おぉ、やっと雑用係の仕事を始めたか」

「こんにちは、優士くん」

 突然耳にとびこんできたのは、無愛想な声と女神の呼びかけ。

 料理の受け渡しが行われるカウンターに、紅華と里乃りのさんがやって来ていた。

「こ、こんにちは!」

 挨拶を返すオレ。しまった、声がうわずった。

 里乃さんはふふ、とかわいらしく笑い、

「風丸、むちゃなこと言ってない?」

 と首をかしげる。優しい気づかいに、すでにへとへとのオレは内心非常に癒される。

「大丈夫ですよ」

 朝からの風丸さんの行動を思い返し曖昧に笑って答えたオレに、

「あ、そっか。むちゃもなにも、あいつ働かないのか」

 全てを察した里乃さんは呆れたように言った。

 むちゃな頼みこそされていないが、働かない厨房リーダーというのは存在がむちゃな気がしてしまう。

「ふん。どうせ暇人じゃ。むちゃでもなんでもよいであろうに」

 と、いちいちつっかかってくるのは紅華。

 お前、ほんとしゃべると損だぞ。

「ダメですよ姫。ここのコックさんたちのむちゃは、本当に命に関わってきちゃいます」

 里乃さんの言葉に、オレの脳内を一瞬あのアブナイ料理長の顔がよぎる。「コックさんたちのむちゃ」を想像したオレは思わず身震いした。

「ちょっと人間!カラルの卵まだ!?」

 ばっちりのタイミングで幽霊コックの怒号が響き、オレはとびあがる。紅華と里乃さんにすみません、と頭を下げ、駆け出そうとすると。

「あ、待って優士くん!」

 里乃さんに呼び止められ、振り返る。

「それ……たぶんジーナの卵だと思う……」

 気まずそうに眉をひそめた里乃さんが、静かに言った。




 カラルの卵事件からしばらく経った頃には、厨房のあちこちで料理の下ごしらえが終わりだしたらしい。数えきれないコンロやらかまどやらが一斉に火をふきはじめ、厨房は息苦しいほどの熱気に包まれる。

 オレは額の汗をぬぐいながら、必死で大鍋をかき混ぜていた。

 鍋の中では、正体不明の赤いドロドロがぐつぐつしている。よく言えばトマトソースもどき、悪く言えば魔女の殺人薬、といったところか。

「よっ、順調?」

 不意に、風丸さんが明るい声とともに現れた。

 オレは湯気越しに目をこらし、はい、と答える。

「へぇ~、ヨックのスープか……。うまそ」

 数時間ぶりに立ち上がったであろう風丸さんは、コンロの横の調理台に寄りかかって鍋の中に手を伸ばした。激アツの湯気にあちっと悲鳴をあげ、あわてて手を引っ込める。

「厨房ってこんなに暑いんですね」

 苦笑しながら言ったオレに、風丸さんは

「いやいや~、あったかいって幸せだろ?文句言わずに働け!」

 と明るく笑いかける。

 あんたもな……という一言は飲みくだし、オレは風丸さんの首もとに目をやった。

 魔界に四季があるのかは知らないが、紅葉城は現在体感的には春まっただなか。毎日実にすごしやすいぽかぽか陽気だが、風丸さんは初めて会ったときからずっと、いつでもどこでもマフラーを巻いている。見たところニットではなさそうだが、それにしても暑いのではないだろうか……。

 などと疑問には思うものの、口にはしない。なぜって?今は、もっとききたいことがあるからさ。

「風丸さん……。いつもこんな感じなんですか?」

 オレは、おそるおそるきいてみた。

 風丸さんは、ん?と首をかしげる。

 うーん、オブラートにつつんでも伝わらないか……。

 困ったオレが黙りこんでいると。

「そーよ、優士くん」

 カウンターに頬杖をついた里乃さんが、にやにや笑いながらオレに言った。隣では紅華がこくこくと頷いている。

「間違いなく、いつもこんな感じじゃな。料理人たちから苦情がこないのが奇跡じゃ」

「コックさんたち、風丸に甘いですからねー」

 しみじみ言う二人に、風丸さんだけがえ?なんの話?と真剣に眉をひそめている。

「ほんと、働いてないのに同じ待遇なのが頭にくるのよね」

 里乃さんが冗談ぽく言うと、風丸さんはやっと一連の会話がなんの話かわかったらしく急にムキになって否定しだした。

「はぁ!?オレだって働いてるって!ねぇヒメ?」

 話をふられた紅華は、苦笑しながらどうかの、と返す。

 風丸さんは大げさにのけぞってショックをうけ、戻ってくるとびしっと里乃さんを指さした。

「里乃!お前なぁ、会うたび会うたび変な言いがかりつけてくんなよ!お前のせいで優士にまで誤解されちまっただろ!!」

 と、大声でまくしたてる風丸さん。

 いや、オレが自分で感じたんですが……と、反論する間もなく里乃さんが負けじと口を開いた。

「はぁ!?そっちこそ言いがかりでしょうに!だいたい、あんたが働いてないのはほんとのことでしょ?」

「お前だってたいした仕事してねーだろ!」

「誰のおかげで毎日お風呂に入れてると思ってるのよ!」

「千歌さんだろ!!」

 お互いをにらみつけながら怒鳴りあう二人。その剣幕に圧倒されたオレは、助けを求めて紅華を見た。お前、この城のトップなんだろ?部下のケンカくらいとめろ、よ……。

 しかし、カウンター越しの紅華は、穏やかな表情で今にも取っ組み合いのケンカを始めそうな二人を見つめていた。優しげに細められた水色の瞳。うっすらと微笑む口もと。絵画のように美しいオニヒメに、オレは思わず見とれてしまう。

 やがてオレの視線に気づいた紅華は、ふっと表情をひきしめた。口もとだけで苦笑し、いつものことだ、と告げる。

 口を開こうとしたオレを遮るように、風丸さんが

「あー!もういいよ!」

 と叫んだ。

「そんなに言うなら見せてやるよ!優士、よく見とけよ!?オレだって……オレだって働いてるんだー!」

 風丸さんは絶叫とともにばっと両腕を広げ、それを勢いよく自分の体に引き寄せた。

 その瞬間。

 ふっと、厨房の熱気が一斉に消え失せた。

「またやりおったか」

「ちょっと風丸!」

 紅華は肩をすくめ里乃さんはあわてた様子で声をあげる。オレだけがわけがわからずたちつくす。

「ちょっとぉぉぉぉ!!」

 突然遠くからテノールの絶叫が響き、膨れっ面で顔を背ける風丸さんがなにかに突進されてふっとんだ。飛んできた物体は、コック服をまとったメタボの幽霊……料理長。

「ちょっ、痛てーじゃん!」

 怒りながら身を起こした風丸さんを再び床に押し倒し、

「どの料理も山場なのよぉ!途中で火が止まって、半生になっちゃったらどうするの!?」

 と怒鳴る料理長。

 もしかして、今風丸さん、厨房中の火を止めたのだろうか。……オレのせいじゃ、ないよね?

「だってよ!ヒメとコイツらがオレが働いてないとか言うから!」

 風丸さんが子どもっぽく言い返す。すると、突然四方から無数のペロペロキャンディーが差し出された。

 何事かと彼のまわりに目をやると、厨房中の幽霊たちが土下座して風丸さんを取り囲んでいた。

「風丸くん、あなたはとてもよく働いてくれています。だからどうか、火をつけてください!」

「いつも風丸くんに助けられてます!」

「風丸くんの火炎術かえんじゅつ、世界一かっこいいです!」

 飴を差し出しながら深く頭を下げ、口々に風丸さんをおだて始める幽霊たち。

 な、なんなんだコイツら……。

 風丸さんはおもむろにそのうちの一つを手にし、口角をあげながらも不機嫌顔を保ったまま包み紙をはずす。

「まぁ?そこまで言うなら?つけてもいいかなぁ」

 渦をまく桃色のキャンディを口にくわえると、ふっ、というかけ声とともに両手を広げた。

 直後、よみがえる厨房中の熱気。

 コックたちは一斉に歓声をあげ、料理長を先頭に散っていく。


 風丸さんが雑に扱われない理由を、思い知ったひとときだった。




「いやぁ、ほんとありがとな、優士クン!」

 真っ赤に熟れた果実を頬張りながら、厨房のガスコンロ(オレが勝手に命名した)こと風丸さんが笑う。

 時は昼。厨房の奥地。

 無事に来客用の料理を仕上げたオレたちは、まかないの果物を味わっていた。

「いえいえ。なにもできてないですよ」

 謙遜するオレに、

「ううん。ほんとにありがとう。こいつのバカの一番の被害者はここの人たちだから、助かったわ」

 と、里乃さんが青い果物を手で転がしながら言う。里乃さんはあのあと、あまりにも無知なオレを見かねて手伝いに入ってくれたのだ。

「そうじゃな。言葉が通じるというのは尊いことじゃ」

 来客の対応を月影つきかげに丸投げした紅華は、そうつぶやいて紫色の木の実を口に放り込む。

「あ!ひどいっすよ、ヒメ!オレだって会話くらいできますって」

 ムキになった風丸さんの口から赤い実が飛び、すかさず里乃さんがその頭をひっぱたく。

 紅華は穏やかにほほえみながら、そばにあった手拭きを差し出した。



 まったく、人って見かけによらないものだよな。

















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