第24話 紅の鶴(1)一見の客
「ほう。昼は1種類だけなのか」
それは、初めて見る2人連れの客だった。どちらも上品そうな身なりの武士で、なかなかの高齢だった。
「はい。その分、早く、お安く、提供させていただいています。
夕方からは、お酒と肴を何種類か出しますけれど」
八雲が説明すると、片方が、
「なるほど。では、今日は定食をいただこうか」
と言い、もう1人も、
「次は夜に来よう」
と頷く。
「2名様ーっ」
八雲の声に、疾風が
「はいよ」
と応える。
そして待つほどもなく、2人分が出来上がる。
今日は、そうめん、夏野菜の煮物、きんぴら、タコ飯、瓜の浅漬けだ。
「はい、2人前!」
疾風が声をかけると、八雲がそれを老武士のテーブルへ運ぶ。
「ほう、これは美味そうな」
相好を崩す彼らに、
「ごゆっくり」
と声をかけ、八雲は離れた。
ねこまんまの客は常連が多いが、こうして一見の客も来る。
最初はメニューが選べない事を奇異に思う客もいるが、今ではこれがすっかり定着している。
昼のピークが過ぎ、客は老武士と富田、近くの藩邸の武士数人くらいになった。
「ああ、美味かった」
「うむ。これは、いい店を見付けた。
御亭主。実に美味かった」
老武士はにこにことして、調理場の疾風の方へ顔を向けた。
「ありがとうございます」
疾風はカウンターからにっこりとした笑顔を返す。
その途端、老武士の顔色が変わった。
「桐吾!?」
それに、全員の注目が集まった。
「どうした佐倉」
片方が言い、はっとしたように疾風を見た。
「まさか――いや、桐吾にしては若すぎる。他人の空似だ、佐倉」
しかし、平然としながらも、疾風、八雲、狭霧は、内心で驚愕していた。
佐倉というのは父の実家の名前で、父の名は、桐吾という。
「あの、お客様?」
八雲が訊くと、佐倉と呼ばれた方はクラリと椅子に座り込む。
「ああ、済まぬ。行方の知れぬ息子に似ておってな……」
「大丈夫か、佐倉」
「あの、よろしければ、そちらで休んで行かれますか」
狭霧は小上がりを示し、精神を静める働きのあるお茶を淹れ始めた。
客が全て出て行き、老武士だけになったので、暖簾をしまう。
「すまんな。すっかり手間をかけてしまった」
佐倉が言うのに、疾風達はとんでもないと笑う。
「お気になさらず」
「私は、佐倉英信。今はただの隠居だ。
長男が家督を継いでいるし、ほかは養子や嫁に行っているが、桐吾という息子だけ、出奔したきりで、行方が分からん。御亭主が、若い頃の桐吾にあまりにも似ておってな。
失礼だが、佐倉桐吾という名に心当たりはござらんか」
疾風は迷った。しかし、孫だと名乗るわけにもいかない。第一、この2人が本当に祖父なのかわからない。
「済みません」
「いや、こちらこそ」
と言いながらも佐倉が肩を落とし、もう1人が口を開く。
「わしは狭間幹介。隠居仲間だ。
もう20年以上前に、一緒になりたいという女がいてな。しかし身分が違うし、桐吾にもいい縁談がまとまりかけていてな。それで、2人は姿をくらませてな。
女を養女にしてやればよかった」
狭間もそう言って、肩を落とす。
「どこでどうしているのか。生きて子供を作っておれば、ちょうどそなたらくらいの年齢であってもおかしくはないだろうな」
(その子供が本当に俺達なんだけどな)
疾風は曖昧に笑い、そう思った。
しばらく佐倉と狭間はなんだかんだと話をし、
「また来る」
と言って帰って行った。
見送って、疾風らは、はあ、と息をついた。
「お爺さん?」
「そうねぇ」
「本物か確認してみようか」
狭霧が提案し、出て行った2人の後を尾けて出て行った。
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