汝らに神の加護があらんことを

 翌日は、昨夜の雨が嘘だったかのような晴天になった。

 順調に歩き続け、昼を過ぎる頃には三人はソレア教の支部がある町の入り口に立っていた。

 改めてエルは二人に頭を下げる。

「本当に、短い間でしたがありがとうございました」

「止めてくれよ、大げさだな。まだ支部までついてもいないのに」

 アッシュは苦笑したが、エルにはあまり効果がないようだ。

 既にここにつくまでに、彼は何度も二人に頭を下げていたのだから。

 そこまでされると逆に居心地の悪さを覚えるが、すでにアッシュもクロスも諦めの境地に入っている。

「あの…本当に良いんですか? 教会に行ったら、せめて謝礼くらいお渡しできると思うんですけど」

 頭を上げたエルの言葉は、道中でも何度か言われたことだった。だが二人とて、これ以上深入りするつもりはない。

「良いよ、先を急ぐしさ。面白い話も出来たから、俺は満足」

「うむ。私達が不幸にあわないよう、神様にでもお願いしておいてくれ」

「………わかりました」

 もどかしそうに言うと、エルは手を伸ばした。最初にクロスが、次にアッシュが手を握り返す。二人をしっかと見つめたエルは晴れやかに笑った。


「あなた達の旅路に、神の加護がありますように」


「ありがとう。あんたも元気で」

「今度は無事に帰れると良いな」

 名残惜しそうなエルに笑い返し、二人は踵を返す。

 その後ろ姿を見送っていたエルは、一台の馬車が町の方に近づいてくるのを視界の端に捉えた。

 華美ではないが、しっかりとした造りの馬車は二人とすれ違うように街道を直進し、やがて町の入り口――エルの目の前で停止する。

 間近でその車体を見たエルは、驚きに目を見開いた。

 馬車は、長旅をするのに適した頑丈そうな白塗りのものだ。屋根の隅や扉にはさりげないながらも凝った装飾が青色の塗料で描かれ、品の良さを感じさせるものである。

 だが、何よりも周囲の目を引くのは側面に施された紋章だろう。

 太陽と翼が組み合わさった特異な意匠。ソレア教の紋章。

 この馬車に乗れるのは、位階上位者――すなわち、十三人いる司祭長と法王だけである。

 緊張するエルの前で、窓が開いた。顔をのぞかせたのは、エルもよく知る壮年の男だ。

「ファイ様…」

 反射的に頭を下げようとするエルを男――ファイは、手をあげて制した。

「やはり、エルだったか。お前、どうしてこんなところにいる?」

「恥ずかしながら、使命を果たして帰る途中に荷を盗まれてしまいまして……徒歩かちで帰っていたところです」

 エルの位階は神官長。ファイのように、教会からの馬車に乗るには過ぎた身分である。

 もっとも、それだけ司祭長が外に出るというのが稀ということでもあるのだが。

「ファイ様こそ、なぜこのような場所に。ご視察でしょうか?」

 エルの質問が予想外だったのだろう。ファイはわずかに眉を寄せた。

「聞いてはいないのか? 祭司以上の位を持つ者は、至急ヴァーユに集まるようにとの追加伝令があったのだ。お前も対象のはずだが」

「本山に…ですか? すみません。何しろ、迷っていたものですから。伝令の者と入れ違いになったのでしょう」

「そうか、それは大変だったな」

 エルの言葉に深く頷くと、ファイは馬車の方を振り返った。

「共に乗っていくと良い。時間を無駄にする道理はないからな」

 あっさりとファイに言われ、エルは狼狽える。だが、ここで固辞するのも失礼にあたるだろうと、彼の誘いに甘えることにした。御者が開けた扉から恐縮して乗り込めば、すぐに扉は閉じられる。

 再び馬車が動き出すと、車内に沈黙が落ちた。ファイとは浅い仲では無かったが、以前とは立場も年齢も違う。

 最近は顔を合わせても、儀礼的なやり取りばかりである。

 それらがエルを落ち着かない気分にさせた。

 居心地の悪さを察したように、「そういえば」とファイがゆったりと口を開いた。

「どうしてお前はあんなところで立ちつくしていたんだ? まさか、私を待っていたわけではあるまい」

「見送りをしていたんです」

「ほう、連れがいたのか」

 二人のことを思い出し、エルの顔に笑みが広がる。

「はい、道に迷って途方に暮れていた私を助けてくれました。途中でファイ様ともすれ違っていましたよ」

「――あの二人連れか」

 やはりファイにも見えていたらしい。一度見たら忘れがたい人たちだから尚更だろう。

「はい、文無しで行き倒れていた私を助けてくれた恩人です。先を急ぐと言われていたので別れたのですが……何もお礼が出来ず、本当に申し訳ないことをしたと思います」

 思い出すと、やはり心苦しさがつのる。

 しょぼくれるエルの説明に、ファイは小さく「ほぅ」と呟いた。

「そうか。……ただのいきずりの旅人。それなら良いんだがな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る