第46話 与那国島奪還作戦 Ⅴ 悲しき渡し船

鈍い重低音が響く

戦車はそこで動きを止めた。


俺は、M1895(ナガン)を再装填しながら辺りを見回す。

付近に黒っぽい肉と布の混じり合った物が転がっていた。


「昇(のぼる)!」

「…坂上!」


俺は、ひとまず戦車から離れ斜面を登り杏樹とロラの下へ向かった。


「伍長、お怪我は?どこか痛いところはないですか?」

「ああ、大丈夫だロラ。痛いことろはないよ。」

「…まったく、無理しすぎ。」

「まあ、そうだね…。」

「戦車、一両撃破おめでとうラッキーボーイ。」


褒めているかそれともおちょくっているのかよくわかないな。

そう思ったが口にはしなかった。


「伍長、ご無事で!」

「流石です、伍長。」


木下と、レフが俺の所に駆け足で来た。

すぐさま、健之助(けんのすけ)は俺の目にライトを当てた。


「…問題なし…負傷部位も無い…良かった。」


はぁ…っと、木下はため息をついた。


「まったく…無茶しすぎです!」

「ああ、なんというか済まない。」

「だいたい、戦車に白兵戦挑もうとするなんて自殺行為ですよ!」

「あっ…うん。」


確かに無理なのはわかっていたけど…。

どうやら…冷静が足りなかったみたいだ。


「ロラ、昇は頼むわ!」

「はい、坂上伍長!」

「健之助、レフ、もう一台の方を追撃するわ。」

「はい、ですが…間に合いますかね…。」

「追いつかないと、仲間がやられるわ。レフ、対戦車ライフルはここで放棄。」

「はっ…しかし、それでは対戦車能力が…。」

「いいから、どうせ射程には収められないし。」

「はい。」

「昇!私達はこのまま戦車を追いかけるわ。あなたはロラと一緒に南側に向かって。」

「杏樹…俺も行けるって!」

「ふん、ライフルがないくせにどうしようっていうの?いいから、あとは任せて。」

「…わかった。」

「それじゃあ、行くわよ二人とも!」


杏樹はそういうと斜面を駆け下りた。


「また、会いましょう!」


そういうとレフも杏樹に続いて斜面を降りて行った。


「それじゃあ、俺も。」

「木下、待ってくれ。」

「…はい、伍長何でしょうか?」

「これを。」


俺は、木下に先ほど作った航空機誘導用のマーカーを渡す。


「煙でも炊いておけば上空から見つけてくれるかもしれないから…。」

「…わかりました、使わせてもらいます!…伍長は頼みます。」

「はい、任せてください。」


木下は、俺とロラに笑顔を一瞬見せると全力で2人の後を追って行った。


「伍長、杏樹さんの言うとおりに南側に向かいましょう。」

「…でも。」

「心配ありませんよ、伍長の思っている以上にこの分隊は強いですから。行きましょう。」

「…ああ。」


俺は、レフが残した対戦車ライフルと弾を回収して来た道を戻って行った。

心苦しくはあったが、彼らを信じることにした。


「見えてきました。」


海が見えた。

戦闘前はどんな風だったのだろうか…。

そんなことを思った。


俺と、ロラは臨時司令部を訪ねた。

みんな無線機の前で憔悴しきっていた。


「おやっ、君らは確かにバルローの?」


そんな中、比較的元気な兵士が居た。


「君は、長篠(ながしの)昇君だね?」

「はい。そうです。」

「…ああ、心配はいらないよ。C分隊は負傷者が1名出たが応急処置も終わて空港に向かっている。」

「戦車は、どうなりましたか?」

「そちらも、大丈夫。航空機で破壊した。」

「そうでしたか…。」

「ああ、ちょっと外してもらえるか?」


兵士はそうロラに話しかけた。


「…わかりました。」


ロラは、そう彼に返すと臨時司令部から離れて行った。


「さて、少しばかり2人で話そう。」

「はい。」

「ああ、別に硬くならなくていい。上から聞いているから話しやすい話し方でいい。」

「あっ、はい。」

「うん、まあそんな感じで。」


司令部からだいたい20メートルほどの歩いたところでその兵士は止まった。

辺りには人影もない。

風が少しばかり強めに吹いていた・


「さて、自己紹介がまだだったね。私はLucien(ルシアン)・Cousin(クザン)。階級は少尉だ。君のことは、桔梗(ききょう)様から聞いているよ。」

「そうですか…。」

「ああ、それでだ。」

「はい。」

「迎えのLCPLは来ているからあまり話す時間はないので要点だけ伝えておこう。」

「…はい。」

「先ほど言った負傷者の名前はレフ・ブレイフマン。損傷部位は左腕。すでに、衛生兵が腕を切っている。」

「…。」


身体から血の気が引けるような気がした。

頭がくらくらして平衡感覚を失うようなそんな頭痛までする。


「あっ、昇君。しっかり!大丈夫だから落ち着いて…。」

「はっ…はい。」

「はあ…なるほど…どうりで桔梗様から頼まれたわけだ。バルロー曹長じゃそんなこと言わないもんな。ああ、昇君。レフ君の腕は完全に治る。それは本当だ。」

「…腕が生えるんですか?」

「いやっ、付け替えるというかそんな感じ。」

「そんな魔法みたいに…。」

「魔法でもあるけどね…桔梗様からの手紙の内容を読み上げるからよく聞いてくれ!」

「…はい。」


クザン少尉はポケットから封筒を取り出し中に入っている手紙を開いた。


でも、そんな話、聞いてられるかってくらい。

俺は、激しく動揺していた。


「拝啓長篠昇様、お久しぶりです。桜です。昇君には3人で様々な精神処置をしてきましたが出発前に言いそびれてしまったことがあったので取り急ぎここに書きます。多分、出港前には話せないのでこの手紙は司令部の軍人に任せておきます。さて、昇君に伝え忘れていたことがいくつかありますがまずは兵士の生死についてです。基本的にこの世界の兵士は生と死の二択で負傷兵として国に帰ることは連合軍人では一人として存在しないようにしています。医療技術が工業魔法によって格段に向上したことと昇君の世界の医療技術を全て最初からこちらの世界に持って来たので生体部品による金属を一切使わない生物再生技術…うーん、要するに義手や義足じゃなくて元通りに生活出来るようになります。だから、心配しないでください。…でも、頭や心臓を撃たれたら死んでしまいます。…こんな無責任な内容でごめんなさい。また、逢いましょう。…以上だ。…まあ、なんというか今回君の部隊は隊員を1名も失うことはなかった。それだけは、覚えておいてくれ。」


クザンは、そういうと臨時司令部の方へと歩いて行った。

俺は、彼の背中を見ていた。


「…伍長、大丈夫ですか?」


クザンと入れ代わるようにロラがやって来た。

クザン少尉との会話を見ていたのか少し不安そうな顔をしていた。


「ああ…レフが負傷したみたいだ。」

「…そうですか。」

「LCPLが来ているみたいだからそれに乗って波照間に乗り換えて空港に向かおう。」

「…戦車は、どうなったんでしょう?」

「破壊できたそうだ…。」

「…。」

「それじゃあ、行こうか。」

「はい。」


俺とロラはLCPLに乗り込み浜辺を後にした。

回収した遺体と共に乗り込み、母艦の波照間へと向かう。

船長というか、LCPLの操縦者は虚ろそうな目をしていた。

俺とロラは隣り合うように座って腕を組んでいた。

ここは、三途の川なのだろうか…そんな気がしてならなかった。


「この島はどんな島だったのかな…。」

「綺麗な島だったと思いますよ…。」

「そうかな…。」


船長は俺の言葉に耳もかさずにただ海を見ていた。


「…空港に今日中につくかな。」

「どうでしょうか…。」

「着きますよ、旦那。」


そう口にすると黙っていた船長が話して来た。


「おっと、じゃましてしまいましたかね。」

「いやっ、てっきり最後まで無口だと…。」

「そりゃ、すいません。今日は、話す相手がいなくて寂しくて…。それで、やっと人が来たと思ったらなんというか…アバンチュールみたいで…。」

「そんな風に見えたのか?」

「ええ、私には…。」

「…なんていうか、嬉しいですね。伍長?」

「伍長!…すいません、口には今後気をつけますのでどうか…。」

「今日はいいよ…。なんていうか、お互い大変な日だったからね。」

「…ええ、そりゃもう。」

「ところで、あなたは?」

「おっと、確かにそうでしたね。私は予備役で招集されて普段はラーメン屋を営んでおります。」

「…予備役だったんですか。」

「ああ、そうだよ嬢ちゃん。」

「嬢ちゃん…。」

「おっといけねえ、いつもの癖で…。」

「ははっ…。」

「何笑っているんですか、伍長?」

「ロラは若いなあ…って。」

「子供扱いしないでください!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る