第35話 異世界航空自衛隊

目を覚ますとそこには、色のついた天井があった。

最もこれまで無かったということではなく、ただ単に久しぶりに見たという感じだ。

そのくらい、無機質でシミの無い白色の天井が上にはあった。

身体はというと、やはり長距離の移動がこらえていたようで少し重いように感じた。

だが、起き上がるのも億劫になるというのではなくすぐに起きられるくらい体調は良かった。

というか、この世界に来てからそう言った体調不良は無かった。


「この身体のおかげか…。」


俺の体は、一体どこにあるのだろうか。

ところで、この身体はどうして動いているのだろうか?

…よくわからない。

まあ、今更考えたところでしょうがないか…。


そして、俺は何も考えなしに着替えて『桔梗桜(さくら)』が待っているであるう司令部に向かった。

勿論、彼女は居なかった。

また、俺はこの基地のことをほとんど知らなかったのは言うまでもない。


「…完全に迷った。」


そもそも、司令部の場所を聞いておくべきだったと思った。

そんなこと、今思ったところで後の祭りである。

とりあえず昨日の広場のようなところに向かい俺は歩いた。


「ん?」


俺は通路を歩いていると白色の軍服を着た兵士達が俺の目の前を横切って行った。

気になった俺はしばらく彼らのあとについて行った。


「…兵舎か…ここにもあるんだ。」


そして、追っていた兵士達は煉瓦ができた塀の中に消えていった。

振り出しに戻った俺は、その場を後にしようとしたその時…。


「なんだ貴様っ!」

「?」


辺りを見回すと俺の後ろに先ほどの彼らと同じように白い服を着た男が居た。

しかし、その顔はどこか見覚えがあった。


「やあっ、調子はどうだい?」

「…あなたは?」

「おやっ…忘れられたかな…それとも固定観念のせいだろうか…?」

「…。」

「そうだね…改めましてよろし、長篠(ながしの)昇(のぼる)君。私は、ナポレオン・ボナパルトだ。」

「ナポレオン…。」

「ああ、そうだ。それじゃあ、私はそろそろ行くよ。ジャンヌは司令部に居るよ。向こうの建物だ。」


ボナパルトが指を指した先に確かに建物はあった。

どうやらかなりの距離を俺は歩いていたようだった。


「あの…。」

「ん?どうかしたかい?」

「なんで、俺の名前を?」

「それは、勿論…君が他の世界から来たからだよ。それだけでも、私にとっては大きなものだ。そして、欠けてはいけない大事なピースだ。ようやく…いや…まだ言わないことにするよ。いずれにしろ、君にもわかるようになる。…まあ、それは置いといて質問の答えは『君達一人一人名前を覚える必要がある』…それが答えだ。」

「…そうですか…もう一つ質問です。」

「何だい?」

「ピョートルさんと桜は、今何をしていますか?」

「…そうだね…軍事機密ということにしておくよ。それじゃあ!」


そう言うとボナパルトはどこかに走って行った。

見ての通りはぐらかされた…。


「それにしても…。」


彼が言うには俺を含む入間基地の人々がこの世界と何か関係があるのかもしれないことは確かだ。

まあ、俺達はそもそも幽霊みたいななものかもしれないけど。

それじゃあ、幽霊らしくどこか彷徨いますか!


その後、俺はジャンヌに会うことができ、そのまま訓練をこの日行った。




入間基地 執務室


「…滑走路の整備は順調に進んでいる。」

「ええ、こちらとしても喜ばしいことですね。」

「果たしてそうだろうか…。」


入間基地司令、田中(たなか)昌隆(まさたか)は書類に目を通しながらコーヒーを口に含んだ。

基地の規模は大きくなり、夜間の飛行訓練も活発に行われている。

田中には、もうそれが当たり前のように感じられていた。

とはいえ、ジェットエンジンの音が聞こえて来ないのは少し寂しかった。


この世界に来てからも相変わらず、和元(かずもと)は勤務に集中していた。

私は、そんな彼女に救われながらただ椅子に座っていた。

私が見放した…彼らがどこに居るのかはわかっている…。

しかし、自衛官として自分の国の国民を他の国に身柄を引き渡し続けるのはどうだったのだろうかと思っている。

とはいえ、引き渡しておいた方が正解だったのかもしれない。

きっと、ここに留まり続けるよりは楽しいことがあるかもしれないと…。

私は、自分の責任から逃れるように願っていた。

また、同様にして他の隊員も日露仏連合の基地に飛ばしていた。

その結果、今この入間基地に居るのは私と彼女だけだった。


「おかわりを頼むよ。」

「司令、飲み過ぎですよ…。」

「そうか…。」

「まったく…しっかりしてください!あなたに身体を壊されては…。」

「…ところが…そうではない…かね?」

「…はい。」

「ああ、確かにこの身体は少々不便だ。こうしてふつうに生活する上ではね。」

「感覚不足ですか?」

「…妙な言葉だが…それだ。」


私達は、交渉から少し経った後この世界で活動する為の『身体』を手に入れた。

身体を得るというのは少し化け物みたいなことだが、ようするに『服』である。

それも、幽霊の為の物だ。

そうして、少しでも多くの感覚を保持することで私達は精神を保っている。

私達がこの世界に来た時、私達は魂だけの存在になった…。

なんて…わけのわからない夢のようなことだろう。

結局、私達の身体はかなりヤワな物。

それも、精神的にだ。


『優れた身体には、優れた精神が入る』


それが現実になっているのがこの世界だ。

それでも語弊があるといえば語弊がある。

言い換えるとすれば…。


『魂を健全に保つためには、健全な身体が必要である』


そう…私達は生から死を得る生き物である。

成長という時間を経て、体と心を鍛える。

それが、逆になっている。

となれば、私のこの人に作られた身体が成長しないとすれば…この時点で身体は『死』である。

あとは、心がそのことによってどう影響するかだ。


「…それでは、お茶をお持ちします。」

「ああ、頼む。」


私は、大きく身体を伸ばすと再び書類に目を通し始めた。

基地の規模はさらに拡大する。

日本からの離れた最も遠い所に存在する『自衛隊基地』として…。

まだ…私も彼ら民間人も日本人だ。

そして、海外から来た共にこの世界に来た人々も『日本』の保護下にある。


「…この基地が存在する限り『日本』はあり続ける。」


それが、私達自衛隊…。


「いや…違うな。」


『異世界航空自衛隊』


「異世界航空自衛隊か…。少し捻りがないか…。ならっ、いっそのこと陸海空合同自衛隊異世界即応方面軍にでもしようか。」


そんなことを考えながら、書類に目を通しても内容が頭に入るわけがなかった。

すると、誰かが執務室のドアをノックした。


「ああ、入ってくれ…。」


私は、和元君だと思いそう声をかけた。


「はい、失礼します。」

「…あれっ?」


どうやら違ったようだ。

それに、彼女よりも声が若い。


私は、書類を机において扉の方に目をやった。

そこには、黒髪の少女が書類を手にし立っていた。

そして、何故か彼女はデジタル式の時計を身に着けていた。


「はじめまして、桔梗(ききょう)桜(さくら)と申します。」

「田中(たなか)昌隆(まさたか)だ。…ところで…君は?」

「はい、ピョートルさんと同じです。お話を聞いております。和元さんは一緒じゃないんですか?」

「彼女はもうすぐ戻ってくるはずだ…。君が来たということは彼らに何かあったのか?」

「はい、今日はそれをお伝えに来ました。」


私は、この時とっさにこの前のことを思い出した。

そう彼らが私に銃を向けた時のことだ。

まだ、私はピョートル、ボナパルト、山本…そして、彼女たちのことを信じてきってはいない。

そして、彼女から報告はやはり…そういうものだった。


「私達、日露仏連合は蒙古(モンゴル)との戦争を開始します。」

「…戦争。」


私は、自衛官だ。

有事となれば、国民を守るために戦う。

しかし…。


「私達に…軍になれということなのか?」


そう口に出し…唾を飲み込む。

少女はただうなづいた。


「…戦争か…まさか…私が…いや、もとより君らもそれを求めていたのか…。」

「いえっ…違います。…これはこの世界が求めていることです。」

「何万人も死ぬのか…。」

「私達にとっては最初の世界大戦です。それこそ…いくら生き残れるか…。田中さん、この戦争は長くなります。すでに、この基地にいた方々は戦争の準備をしています。」

「…反対した人は。」

「いません。…いえっ…正確には普通な生活なんか出来ないんです。あなたの体がそうであるように…。」

「戦争は何かを守ることから始まる…そう誰かが言っていたよ。…私は自衛官だ。たとえ…敵兵をいくら死なせようとも…必ず…守って…見せるさ。」

「…。」


田中は、桜に背を向け上を向いた。

温かい水が頬をつたう。


「どんな…手段を取ろうとも私は…彼らを守る。」

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