第25話 彼には、時間を貸せない

「…もう朝か。」


あんまり寝た気がしないなと身体をベッドの上から起こして、とりあえず着替えをする。


「そろそろ目覚まし時計が欲しい…いや、スマートフォンの充電器でもいいのだが。まあ、まだ先かな。…別に、連絡するところはどこにもないけど。」


流石に、今さら全部夢だったってことは、ないかと思う。

まあ、そうだとしたらそれでもいい気がした。

この世界に来てから少しは前を向いて歩けるような気がする。

多分、将来に対する不安が無くなった。

…というか、そういうのを考え無くなってきたのだろう。

恐ろしいほど、考えることには怠惰になっている。

まあ、元からそこまで考えて行動するタイプではないが。


「…それじゃあ、行くか。」


俺は、いつもと同じような服を着て、いつもと同じように朝食を取りに部屋を後にした。


同基地 同時刻 指令室前


「…ひたすら待つというのも暇ですね。」


桔梗(ききょう)桜(さくら)は、ただ昇(のぼる)を待っていた。

いつもと同じように彼が来るのを待っている。

きっと彼は今頃、食堂に向かって歩き出してしいる頃だろう。

腕時計を見なくても、どのくらいの時間なのかはわかる。

彼のバイタルには、何の異常も起きてないだろう。

根拠は、今日も自分の調子がいいからだ。

それだけで、彼や、カチューシャ、ジャンヌ達の具合がわかるのもどうかとは思う。

そして、今日の予定を思い出しながら彼を待つのが日課になっている。


「…そろそろ彼にも時計を送ってあげたいですね。」


桜は、独り言をつぶやきながら昇を待っていた。

そして、自分が、呟き始めるとやって来る人がいる。


「おはよう、桜。」

「おはようございます、カチューシャ。」

「うん、おはよう。」

「はい、おはようございます。…どうかしましたか?」

「ああ、今日は連絡がありまして。いつものような話はできないです。」

「…そうですか、残念ですけど今日はどんなご用事で?」


「あはは、なんていうその…ね…。」っと、カチューシャはバツが悪そうに頭をかいた。

彼女の金色の髪がわずかに揺れた。


「あのね、昇が来た基地があるでしょ。」

「入間基地ですか?」

「ああ、その…今、その基地の建設のため資材を輸送しているのは知っているだろう?」

「ええ、それはわかりますが…それが、何か?」

「そのつまりだな、そのための輸送手段の確保が必要になってそろそろこの基地からも輸送車両を動員しなければならないというか、もうすぐにでも開始されるそうだよ。」

「なるほど、それで最近やけに訓練が前倒しされたりしているんですね。」

「その、それで保管所からも要請があったんだよ。なるべく早く、訓練を実施して欲しいって。」

「保管所?」

「うん、連絡があったのは生体保管所からで、そろそろ収容能力が限界になってきたからすぐにでも引き渡したいって。」

「そうですか。」

「それで、まあ、あの…急なんだけどね、今日の昇の訓練でそれをやって欲しいかなって。」

「…待ってください!知識が足りていませんよ!それに、縫合すらも…。」

「できないのは知っているけど、ほかの兵士達とは別のくくりで考えるときりがないのはわかるだろう。合理的に考えるのは簡単だけどさ。私だって、その…ちゃんとした知識があった上でやるべきなのはわかってる。けれど、あまり彼には肩入れ出来ないというか。しすぎるのもどうかと思う。それに、どう考えても異質なのは確かだから一般の兵士達にも昇が共に戦ってくれる兵士であると認識してほしいとも思う。」

「…そんな、前口上では。」

「そういわれてもな、もう準備ができているから午前中に行いたい。…いや、行ってほしいとそういう連絡だったから…その…ね。」

「…わかりました。それまで、時間がありますよね?」

「ああ、一時間くらいはある。」

「カチューシャ、ジャンヌには…。」

「伝えてあるよ、彼女はやる気満々だって。」

「はあ~、わかりました。すぐに、連れて行きますね。」

「了解、…ふう、これで私の仕事は終わり…先に昇にちょうどいい被検体を見繕っておくから、また後でね、桜。」

「はい、それでは、また。」


それから程なくして彼がやって来た。

いつものように、ゆっくりとこちらに歩いて来る。

そして、私は、顔をそちらの方に向けると彼の顔が見えた。


「おはよう、桜。」

「おはようございます、昇さん。」


決まってこの言葉が最初だ。

たまには、ごきげんようとか言ってくれてもいいとは思うのですが、まだ、距離感がわからないようです。

かく言う、私も後手に回っているのでそろそろこちらから会話を広げていかなければならなさそうです。


「その…今日は?」

「あっ、はい。今日はいつもと違う訓練なので先にジャンヌから話を聞いてください。」

「って、事はそろそろ実弾を使った訓練ってことになるのかな?」

「いえ、それとは違う訓練です。」

「…迫撃砲?」

「いえ、違います。とりあえず、私についてきてください。」


そして、俺は、桜について行った。

今まで、行ったことのない施設へ俺は、案内された。


「おはようございます、昇さん。」

「ああ、おはようジャンヌ。」

「それでは、早速ですが開始しますのでそこに座ってください。」

「わかった。」


施設の中に入るや否やすぐさま、椅子と黒板の置かれているだけの部屋に案内された。

なかなか、年季の入ったものらしい。

しかし、この施設の外観とはかなり異なっている。

どこからか、持ち込んだのだろうか。


「それじゃあ、早速ですが今日行う訓練内容についてご説明します。よく聞いてくださいね。」

「わかった。」

「それじゃあ、初めますよ。まず、今日あなたには人体の解剖を行ってもらいます。」

「えっ…。」


今、人体解剖って聞こえた気がしたんだけど。


「あの、ジャンヌ?」

「はい、なんでしょうか?」

「今、なんて?」

「…人体解剖についてですか?」

「いや、…まさかとは思うけど俺がやるの?」

「他に、誰がやるんですか?」

「…。」


桜や、カチューシャは知っていたのだろうか?

何故か、桜は口を閉ざしている。

カチューシャに至っては今朝から一度も顔を見ていない。


「昇さん、驚くのも無理はありませんがいつかは行うことになっていたものです。」

「…その訓練を?」

「はい、それとこれだけは憶えておいてください。あなたが逃げ出せば、被検体にもう一度死を与え、さらに、辱しめを与えることになります。…ですから、これから私の言うことをよく聞いてなるべく速く正確に作業を終えてください。被検体は、空気に触れるとすぐに劣化が始まりますので、綺麗な状態で還してあげるために丁重に扱ってください。」

「…そんなこと言われても。」

「…昇さん、あなたの問題ではなく、相手の問題です。あなたが、これから出会う被検体…人に会うなら礼節を払い、最後まで人として扱うことが最良の選択です。」


最良の選択…。

いや、待て…俺はこれから何をするんだ?


「…ジャンヌ。」

「方法は今からお話します。本当は、もう少し時間をかけて話していく予定でした。」

「…でも、なんで今なんだ?」

「今じゃないと、出来ないからです。…すいません、急ですよね。でも、…お願いします。」

「…わかった。でも、納得はできていないから俺の気が変わらないうちに早く。」

「…っ、わかりました。」


俺は、結局のところこの時、何を考えていたのかは自分でもわからなかった。


「全員、持ち場に着いたな!各自道具は確認したな?何か不備があるものは今、ここで!」


ジャンヌからの説明を受けた俺は、手袋と医療用のエプロン、マスクをして、エアシャワーを浴びて、被検体の置かれている部屋へと入った。

部屋の中には多数の無菌テントが張ってあり中にはベッドと照明器具、被検体が安置されていて、その横に自分と同じ格好をした人達がいた。

また、床は金網のような感じで所々穴が開いていた。下を除いて見たが何もなく、ただ底の方に埃が張り付いていた。

通り抜けざまに、確認するとわずかに手が震えている人がいた。

自分と同じだと思う。

俺は、手元に道具が一式ある事を確認し、下に落ちた時の予備の物と、消毒用のエタノールで満ちた器を確認した。


「よしっ、それでは作業を開始!」


開始の号令とともに俺は、作業を開始した。

まずは、被検体のカルテを確認する。

カルテはドイツ語で書かれているが、普通に読めた。

俺が、執刀をする患者のカルテには、


「45歳の男性、国境守備隊により、射殺。

銃弾は、背中から胸部を貫通。

死後すぐに、傷跡と臓器を縫合。

アルコールと、たばこを大量に使用していたため肺や肝臓に疾患があると考えられるため、解剖時に確認すること。」っと、書かれていた。

カチューシャが言うには、まだ状態の良い被検体だそうだ。

そして、このカルテに書かれていることを確認する為に、俺には解剖医を一人付けてもらえた。

その人は、ディアーナさんという、ロシア人の女性だった。


「よろしく、それじゃあ初めてくれ。」

「はい。」

「本当は、君にも最後までやってもらいたいんだけど、どうやら時間の関係上そうもいかない…あっ、ちょっと待って。…いえ、やはり最後までやって貰うから覚悟して頂戴。」

「…わかりました。」


ディアーナさんは、小机に置かれた書類に目を通しながら、そう話した。

おそらく、何か変更があったことはわかる。

しかし、最後までとは、どこまでだったかな。

おそらく、さらに細かくやるのだろう。


「…昇さん。」

「ジャンヌさん?なんで、ここに?」


テントの外を見ると、そこには俺やディアーナさんと同じ格好をしたジャンヌが居た。


「見ているだけじゃなかったの?」

「本当は、カルテの項目を調べてもらうつもりでしたが、調達が間に合わないので、教育の為に本来通りの解剖をお願いします。」

「…調達って?」

「本当は、一回ではなく何回もやるつもりでしたがそうすることができなくなりました。」

「それじゃあ、今回で最後?」

「はい、でも、予定時刻より長くなるかもしれません。」

「長くなるって?」

「本来の解剖に要する時間よりも、長くこの訓練では設定してあるからです。」

「…そういうことか。わかった、それじゃあ、もう始めるね。」

「はい、私は、この近くに居ますから。ディアーナさん、よろしくお願いします。」

「了解しました。ナガシノ長くなるから覚悟しておけ。」

「はい。」


それから、俺は被検体の身体にメスを入れ解剖を開始した。

被検体には、予め印がしてあった。

ディアーナさんが、印をつけてくれたようだ。

カルテの診断自体はすぐに、終わったのだがそこからが長かった。

まずは、腕からはじまり、胸部、腹部、腰部、脚部、頭部へと至った。

そこから、筋肉、筋、神経の仕組みを確認し、同時にピンセットで取り除いていく。

見ると、骨に癒着しているようにも思えた。

骨髄があるあたりだろう。

俺が、解剖をしている間終始ジャンヌは黙っていた。

そして、解剖が終わると俺は、その被検体を袋に入れて焼却炉へと持って行った。

俺より先に終わった人達は、すでに部屋に戻り、使用した道具の後処理をしていた。

そして、俺は被検体を担架から木製の棺に置き直して焼却していた。

その後、俺は部屋に戻り処理をし、清掃を行い、施設を後にした。

日は、少し傾いていた。俺は、少し遅めの食事を取ると午後はいつもと同じように講義を受け、そのあとはすぐに寝た。

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