第41話 ツルペタになった君へ

 途中の街で討伐依頼を受けながら、9日目の午後、俺は王都ケテル・ケロスに到着した。


 依頼討伐を受けたのは、所持金が2,000万ギリギリだからだ。

 入学金を払ってスッカラカンだと、その後がきつい。

 その為、数十万ゴールドを稼いだわけだ。


「確かこの辺りだったよな……」


 俺は前回宿泊した、並レベルの宿屋へと向かう。


「おいすー!」


 気さくな挨拶をかまし、宿屋へと入る。……いた!


 髪はアゴまでの長さになり、胸はすっかりツルペタになってしまった彼女が。

 俺の胸が高鳴る。


 彼女はチラリと俺を一瞥すると、食事を再開した。

 隣には、例の通訳のババアがお茶を啜っている。


 俺は彼女を素通りし、受付へと向かった。


「いらっしゃいませ。何泊されますか?」

「7泊でお願いします」


 俺は金を支払い、カギを受け取ると、デスグラシアの近くまで行く。

 彼女は警戒した様子で俺を見る。


『お初にお目にかかります、デスグラシア魔王太子殿下。私はケテル・ケロス勇者学院入学希望者のニル・アドミラリです』


 デスグラシアと通訳が、驚きの表情を見せる。


『お前は随分と流暢な魔族語を話せるのだな。驚いたぞ。私の通訳より上手だ』


 通訳のババアは顔を歪める。


『はい。恐らく私は、この国でもっとも魔族語が達者だと思います。――そこで提案なのですが、私を通訳として雇いませんか?』

『駄目! 私・宰相・派遣・通訳!』


 なるほど。このババアは、あの宰相から派遣されていたのか。


 デスグラシアと他生徒との関係を悪化させておけば、国王達暗殺の犯人に仕立て上げても、不自然さがない。

 それで、わざと翻訳ミスをして、対立をあおっていた訳だ。


『私は腕にも覚えがあります。つまりプリンセスガードの役目をおこなう事も可能です。通訳機能付きの護衛、いかかでしょうか?』


 デスグラシアは可愛らしく笑った。


『ははは、プリンセスではない。プリンスだ。――ニル・アドミラリよ。王国から派遣された通訳を、そう簡単に変更する事はできぬ。断らせてもらおう。護衛も必要無い。私は強いからな。その気持ちだけ、ありがたく受け取っておくぞ』

『かしこまりました。無礼な真似をお許しください』


 俺が頭を下げると、デスグラシアは「よい」といった感じで手を挙げる。

 さすがにそう簡単にはいかないか。


 俺はテンペストとピットを宿屋の馬小屋に預けると、自分の部屋へと入り、ベッドに横になる。


「当たり前だけど、あいつが抱いてくれていた俺への気持ちもゼロに戻っちゃってるんだよな……今度は俺の片思いな訳か……」


 しかも、仮に両想いになったところで、相手は王族。叶わぬ恋だ。

 それならば、友人としての関係に徹した方が良いのではないか?


「ま、難しく考えてもしょうがない。寝よ」


 100周もすると分かる。あれこれ考えても、まったく意味が無いのだ。

 なるようにしかならないので、その時その時を全力で生きるしかない。


 疲れが溜まっていた俺は、夕食もとらないまま、朝まで寝てしまった。




 翌日、10日目の朝、俺はテンペストにまたがって、ケテル・ケロス勇者学院の校門をくぐる。

 周りがどのような反応を示すのか試してみただけで、深い意味はない。


 カポカポカポと受付へ向かう俺の姿を見て、受験生達がヒソヒソと囁いている。


「なにあれ……平民だよね……?」

「あの馬って、あの暴れ馬だよな?」

「ああ、俺達が振り落とされた馬だな。かなり高価な馬だったはずだが……?」

「え? じゃああの平民、大商家の息子とかなのかしら?」


 残念。農家の息子です。

 やっぱり、うちの生徒の中にも、テンペストを購入しようとした奴がいたんだな。

 一体いくらなんだろうこいつ? よく村長くれたな。


 俺は受付の前に到着し、馬を降りる。


 前回と違って、受付嬢は大あくびをしていない。

 俺の登場の仕方に、びっくりしてしまっているのだ。


「にゅ、入学試験をご希望でしょうか……?」

「はい。ニル・アドミラリ、15歳。オイモ村出身。オールラウンダーです」


 俺は申し込みを済まし、周囲の受験生達を見た。


 セラフィンがバルト、ステイフと談笑している。


「セラフィン。99周目では、俺に味方してくれてありがとう……」


 俺は静かにそうつぶやき、別の方向を見る。


「――なにあの平民? 私達の事見てますよ! キモッ!」

「多分私のおっぱい見てるんじゃないかなー。あはははー!」

「そうでしょうね。クーデリカの胸は、私も釘付けになってしまいますから」

「ち、違うと思いますが……」


 ドロシー、クーデリカ……また君達の元気な姿を見られて嬉しい。

 リリーとセレナーデも、元気そうでなにより。


「ふんっ! 平民ごときが馬になど乗りおって……! 奴等にはロバですら贅沢だ! お前もそう思わないか、レオンティオス?」

「はっ! その通りでございます!」


 フォンゼル……! あのクソ野郎を、今すぐぶっ飛ばしてやりたい。



『――本当に受験生だったのだな』


 背後からデスグラシアに声を掛けられた。

 なるほど。そもそも、そこから疑われていたのか。それは断られるのも当然だ。

 俺は彼女の方に振り向く。


『はい、唯一の平民です』


 デスグラシアは目を丸くさせる。


『やはりそうだったのか。恰好からして、もしやとは思っていたのだが……お前は何故、この学院に?』

『仕えるべき主を求めに……と言ったところでしょうか?』


 デスグラシアはふむふむとうなずく。


『賢いな……将来の真の王となる者を見極めようという訳か……』

『その通りです。殿下こそ何故この学院に?』


 彼女は正直に答えるのだろうか?


『魔族の未来の為……になるのだろうな……その期待に応えるのは難しいだろうが……』


 やはり、曖昧にしか答えない。

 口外してはならない事になっているのだろう。


『ところでお前は、どこで魔族語を習った?』

『暗黒魔法の師匠の元でです』


 これは嘘だ。あなたに奴隷にされた時にです。とはさすがに言えない。


『ほう……お前は暗黒魔法も使えるのだな……隠蔽スキルも高いようだ』

『はい、その通りです』


『我等魔族の言葉と魔法を学んでくれたこと、嬉しく思うぞ。では、さらばだ』


 前回と同じような言葉を述べて、デスグラシアは受付に向かった。




 そして第1試験が始まる。

 前回と同じように、フォンゼル、リリーの順番で進行する。


――そして残り2名。



「19人目、ニル・アドミラリ」

「――はい?」


「聞こえなかったのか? ニル・アドミラリ、お前の番だ」


 順番が入れ替わっている。前回はデスグラシアの方が先だった。

 今回、彼女の方が申し込むのが遅かったからか。てっきり最初から順番が決まっているのかと思っていた。


 俺は円の中に入り、デスグラシアを見る。

 彼女が固唾を飲んで俺を見ているのが分かった。


「……じゃあ、いっちょ見せてやりますか!」


 右手を水晶に向け伸ばす。

 デスグラシアの表情が驚きに変わった。

 手の平を上に向け、肘を曲げる。


 ゴオオオオオオオオオオッ!!

 黒い炎の龍が水晶の真下から立ち上る。


 フォンゼルとレンティオスが尻もちをついた。相変わらずビビりな2人だ。


「ニル・アドミラリ……に、270ダメージ……」


 魔力が前回より高いので、ダメージが12ポイントアップだ。

 自己記録更新である。


 受験生達がざわめく中、俺は待機場所の席に着く。



「20人目、デスグラシア」

『はい』


 デスグラシアは円の中に立つ。

 そして、右手を伸ばした。――ん? 前回と違うぞ!


 彼女は手のひらを上に向け、クイッと肘を曲げた。


<邪炎>の構えだと!? 彼女はまだ使用できないはずだが!?



 シーン。何も起きない。


「――デスグラシア、真面目にやりなさい」

『あなた・真面目・おこなう』


 デスグラシアの顔が紅くなる。――可愛い。

 彼女は試験管に、軽く頭を下げてから指を鳴らした。


 漆黒の槍が水晶を貫く。


「193ダメージ。2位」


 もしかして俺の<邪炎>に触発されて、対抗意識が芽生えてしまったのだろうか? だとしたら何て可愛い奴なんだ。



 デスグラシアは顔を真っ赤にして、俺のいる場所から一番遠い席に着いた。

 前髪をいじりつつ、俺と絶対に目を合わせないようにしている。


「今はそっとしておいた方が良さそうだな。下手に話しかけると、ぷくーっとしてしまいそうだ」


 俺はデスグラシアの照れ顔を堪能しながら、第2試験が始まるのを待った。

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