第17話 殿下に馳走される

 俺は学習発表の作業をおこなうため、一人で図書室へとやって来た。

 一応ドロシーを誘ったのだが、「知らない! アンタ1人でやって!」と言われてしまったのだ。



――あ、デスグラシアがいる。


 どうやら、目的は俺と同じようだ。黙々と机の上で作業に没頭している。


 俺は奴の邪魔をしないよう、本を探し始めた。

 調べなくても分かるのだが、万が一誤った情報を発表してはマズいので、きちんと確認しておきたい。


 学習発表の結果が護衛官選出に影響を与えるのかは不明だが、高い評価を得ておいて損はないのだ。


 俺は何冊か本を取り、デスグラシアから離れた席に座る。

 イスを引いた音で、俺がいる事に気付かれた。

 奴はじっと俺を見る。


『いかがしましたか、殿下?』


 デスグラシアはビクッとした。

 どうやら、俺に話しかけられるとは思っていなかったようだ。


 そういえば、邪神祭の日以来、一度も話をしていない。


『――あ、えっと……先程聖王女たちが、お前の事を話していてな。それがちょっと気になったのだ。許すが良い』


 リリー達が? なんだ? 俺がめちゃくちゃカッコイイとかか?

 んな訳ねえ。言ってて恥ずかしくなってきた。


『どんな内容ですか? まさか陰口では……?』


 仲良くしている振りをして、実は陰で平民の俺を嘲笑あざわらっていた。なんて事だったら嫌だなあ……。


『いや、お前がムルトマー侯爵令嬢を振ったという内容だった……事実なのか?』


 おいおい、昨日の今日だぞ! これが女の情報伝達速度というやつか!


『うーん……“あーん”を断るのを振るというのであれば、事実と言えます』

『好意を拒まれれば、それは振られた事になる。……彼女の悲しみ、私にはよく分かる』


 デスグラシアがドロシーに同情している。これは驚きだ。


『しかし平民の私が、貴族の令嬢とあまり親しくするのは好ましくないかと……』

『何をぬけぬけと!! あの女と祭りに行ったではないか!!』


 デスグラシアがドンッと本を机に叩きつけた。

 俺はあんぐりと口を開けてしまう。


 デスグラシアはハッとした表情を見せた後、顔を真っ赤にする。


『み、みっともないところを見せたな……ゆ、許すが良い……』

『い、いえ……お構いなく……』



 それからしばらく、お互い気まずい雰囲気のまま、黙って作業を続ける。


 せっかく良い兆しが見えてきたのに、このままでは台無しだ。

 俺から声を掛ける事にする。


『殿下、今は何について調べているのですか?』

『魔族の料理で、人間達にも合いそうなものを探しているのだ』


 なるほど。料理を振る舞う事はできないから、各自で作って食べてもらおうという訳か。グッドアイデアだ。


……まあ、ここの生徒に、料理スキルを持っている者はほとんどいないのだが。


『それでしたら、ハミナーヤがよろしいかと。炒めるだけで簡単ですし、食材も一般的な物で代用できます。何より、味付けが我々の料理と似ていますので』


 デスグラシアは目を丸くする。


『お前は魔族の料理を食べた事があるのか?』

『はい。数十種類以上』


 暗黒魔法の師匠に食べさせてもらったのだ。

 あとは、奴隷になった時か……だがあれは、料理と呼べる代物ではなかったな。


『それは驚きだ……ハミナーヤは私も時々作る。毎日この国の料理ばかり食べていると、時々故郷の物を食べたくなるのだ』


 よく分かる。ヒノモトで暮らしていた時に、自分でアトラギア王国の料理を作る事があった。

 弟子や女中達にも大評判で、最終的には帝に振る舞う羽目になってしまうのだが。


『殿下の作られたハミナーヤ、ぜひ頂きたいものです』


 俺のリップサービスLV9が発動。……嘘である。そんなスキルはない。


『本当か!? よし、そこまで言うのであれば馳走してやろうではないか! 私の部屋へ来るが良い!』

「――へ?」



     *     *     *



 デスグラシアの部屋は思ったより可愛かった。

 魔獣のぬいぐるみがベッドの上の置いてあり、棚の上には花が飾ってある。


(ここだけ見れば、完全に女の子の部屋だな……何だかドキドキしてしまう)


 だが、部屋の奥にある禍々しい祭壇と、壁に掛けられた何度も俺を殺した魔斧。

 それらが俺の心を一気に萎えさせるのだ。



(――お、あれは……)


 バルコニーに干してあるものを見て、俺は驚く。


 パンツは女物なんだ……!



『何をそんなに真剣に見ているのかと思えば……!』


 デスグラシアは真っ赤な顔で俺をキッと睨みつけた後、慌てたようにバルコニーに駆けて行き、洗濯物を取り込んだ。――可愛い。



『申し訳ありません殿下。男とはそういう生き物なのです。殿下も男になられたら、きっと自然にパンツを目で追うようになります』

『むー、そういうものなのか? ……まあよい、ハミナーヤは10分もあればできる。待っているが良い』


 彼女はエプロンを付けて、食材を切り始めた。もはや普通の女の子である。

 性格も傲慢さやワガママさがなく、どちらかと言えば素直で可愛いタイプだ。

 こんな子が、何故人間を滅ぼそうとしてしまうのか?


 もしデスグラシアと戦う事になった時、俺は彼女を殺せるのだろうか?

 正直、自信がなくなってきた。



 俺は気を紛らわせようと、部屋の中を見回す。

 そして、本棚にある魔族語で書かれた書物が目に入った。


『殿下、あそこにある本を読んでも?』


 トントントントン。

 デスグラシアは、まな板から視線を逸らさずに答えた。


『ほう、文字も読めるのだな。――好きにするが良い』

『ありがとうございます』


 俺は立ち上がり、本を選ぶ。


(ん? これは?)


 背表紙に何も書かれていない本が目に留まり、それを手に取った。

 俺は適当にページをめくり、書かれている文字を読む。



 4月1日


 魔族語を話せる、恐ろしく強い受験生がいた。

 彼は魔族に敵意を持っていないように思えた。私が過ちを起こすのを防いでくれたのだ。


 彼に迷宮の場所を教えてもらおうとしたが、自分の力でやり遂げるよう諭される。

 確かにその通りだ。

 魔族語を話せるからだろう。ついつい彼に甘えてしまっていたようだ。



 4月5日


 母上から頂いたペンダントと引き換えに、何とか魔石を手に入れる事ができた。

 悔しいが仕方ない。母上にお詫びの手紙を書くとしよう。



 4月7日


 無事入学できた。成績はあまり良くなかったが。

 あの男は1位だった。さすがだ。


 夜、あの男と風呂で一緒になった。

 裸を見られて少し恥ずかしかった。何故だろう?

 しかし、あれが男の象徴か。うーむ、あんなものが生えてくるとはおぞましいな。


 それと彼は、第2試験で母上を侮辱した女から、謝罪の言葉を預かってきてくれた。

 彼の誠実さと心意気に感謝を。


 彼の名前が気になったので、調べる。

 ニル・アドミラリ。素敵な名だ。



 4月8日


 あの水色の髪の女が再度侮辱して来たので、食べていたスープを掛けてしまった。


 ニル曰く、通訳のミスらしい。実際は謝罪の言葉だったようだ。

 私はいささか短気すぎる。反省しないと。




 俺は一旦日記を閉じる。

 やべっ、普通に読んでしまった。


 恐る恐るデスグラシアを見る。

 彼女は食材を切り終わり、フライパンを火にかけ始めていた。


 よし、まだ気付かれてはいない!


 この日記に、もしかしたら奴の計画が書かれているかもしれない。

 ギリギリまで読んでみるとしよう。


 俺は最近のページを開いた。



 5月6日


 通訳から隣町で祭りがあると聞いた。

 この学院の生徒も何人か行くそうだ。


 興味はあるが、1人で行くのは抵抗がある。

 明日、ニルに頼んでみるとしよう。決して一緒に行きたいとかではない!



 5月7日


 何故だろう。とても胸が苦しい。

 あの水色の髪の女に――


『貴様!! 何をやっている!!?』

「うおっ!」


 俺はビックリして日記を落としてしまった。

 ハミヤーナを盛りつけた皿を持ったデスグラシアが、鬼のような形相で俺を睨んでいる。


『よくも私の日記を見たな!! 出ていけ!! この変態!!』

『申し訳ありません殿下!』


『うるさい! お前の顔など、もう二度と見たくない!』

『で、殿下!』


 顔を真っ赤にし、涙目になりながら、デスグラシアはグイグイと俺を外に押し出そうとする。凄い力だ。勝てない。


 バンッ!

 俺は外に放り出された。



「あっちゃあ……やっちまった……後で謝ろう……」


 あの感じだと、今は絶対に話を聞いてくれないだろう。


 だが、日記を盗み見た事は後悔していない。得た物が非常に大きいからだ。


 日記を読んでわかった。

 現段階で、デスグラシアは人間を滅ぼそうなどとは考えていない。


 つまり、あいつと上手く付き合っていけば、倒さなくても世界の破滅を回避できる。それが確信できた。


「平和ルートか……最高じゃないか!」


 俺はルンルンで自室へと帰って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る