第16話 学習発表会
乗馬会から1か月後、つまり入学してから2か月目、面倒なイベントがやってきた。学習発表会である。
20人を5人4グループに分け、それぞれの班で調べた事を発表するという行事だ。
発表までの期限は2週間で、名目としては、教養と生徒間の親交を深める事にある。
しかし、身分で上下関係ができてしまっているので、正直親交もクソもない。
「皆さま、よろしくお願いします」
「よろしくねー! ってほとんど、いつものメンバーだねー!」
「きゃはははは! セレナーデだけハブだわ!」
リリー、クーデリカ、ドロシーの3人に俺。そして……。
「魔王太子デスグラシアです。よろしくお願いします」
通訳の男が俺達に声をかけてきた。
デスグラシアは実際には、『ガルギア魔王国王太子デスグラシアだ。よろしく頼む』と、もっと偉そうに言っている。通訳のナイス判断だ。
「……よろしくお願いしますわ」
「あはははー! よろしくー!」
「げっ、マジ?」
リリーはにこやかに笑っているが、緊張感がにじみ出ている。
クーデリカはいつも通りだ。さすがと言ったところか。
ドロシーは、悪い意味で正直すぎる。
だが、これまでに比べれば態度は軟化している。
とくにリリーが、敵意を剥きだしにしていない点は大きい。
(しかし、このメンバーは毎回変わらないんだな)
この学習発表会も何度目だろうか?
いつもはリリー、クーデリカ、ドロシーの3人でほとんど進めてしまう。
俺はリリーとクーデリカに話しかけてもらえていたが、デスグラシアは完全にハブられていた。親交なんか、これっぽっちも深まりゃしてない。
「では、学習発表の内容を検討していきたいと思います」
当たり前のようにリリーが進行を務める。
身分だけなら、クーデリカ、デスグラシアとは対等なのであるが。
「はいはーい! 詩を作って歌おー!」
クーデリカが立ち上がって手を挙げる。
彼女のクラスは最高位の詩人であるオラフ。当然歌う事は得意だ。
「嫌です! 恥ずかしいもん!」
俺もドロシーに賛成である。
人前で歌うのは、どうも苦手だ。
「ではドロシー、他の案を述べてください」
「新しい魔法を作って発表するのが良いと思います!」
ドロシーはハイメイジなので、魔法の研究には意欲的だ。だが……。
「ドロシー、2週間で魔法を作るのは無理だよー」
「う……そうですね……」
一つの魔法を作るのは、最低でも数年はかかる。どう考えても不可能だ。
「では、私から提案です。このグループにはアトラギア王国、タルソマ公国、リスイ聖王国、ガルギア魔王国の方々が勢ぞろいしています。各国の文化や風習の違いを発表するというのは、いかがでしょう?」
さすがはリリーというところか。
毎回俺とデスグラシアは、自分の意見を述べる事なく、これに賛成し決定となる。
4人は全員、リリーにうなずく。
「では、テーマはこれで決定といたしましょう」
「一つよろしいでしょうか?」
通訳の声が聞こえた。デスグラシアが手を挙げている。
「……いかがしましたか? 魔王太子殿下」
デスグラシアが意見を述べるとは思わなかったのだろう。
さすがのリリーにも、動揺が見られる。
だが、一番びっくりしているのは俺だ。こんな展開は初めてなのだ。
「互いの文化や風習を知る事は非常に素晴らしい事ですが、ただ発表するだけでは退屈な内容になってしまい、関心を持ってもらえないかもしれません」
もちろん、実際はもっと偉そうに言っている。
「最も興味を示しやすい文化は食事だと私は考えます。各国の伝統料理を振る舞うというのはいかがですか?」
素晴らしい意見だと思う。
調べた内容を発表するだけよりも、ずっと注目度は高くなるだろう。
ただし、一つ問題がある。
「なるほど……! それは素晴らしいお考えですわ。しかし、その、私達は……」
「えへへー! まったく料理できないんだよねー!」
「あったり前よ! 王族や貴族は料理なんかしないもの! そんなものは召使にやらせるもんでしょ!?」
そうなのだ。この女達は料理スキル0なのである。
通訳がデスグラシアに今の内容を伝える。
奴は、目を丸くした。
そう、デスグラシアはLV2の料理スキルを持っている。
俺も初めて知った時は驚いたものだ。「こいつ、意外に家庭的!?」と……。
「――そういう事であれば、仕方ありません」
通訳がリリー達に伝える。
「私達が至らず申し訳ありません、魔王太子殿下」
デスグラシアが、料理スキルを持っている事に気付いたのだろう。
リリーはちょっぴり頬を赤らめる。――可愛い。
「リリー聖王女殿下、発表内容に料理も追加されてはいかがですか?」
料理はできなくても、発表内容に加えれば、デスグラシアの意見も無駄にはならない。悪くはないと思うのだが。
「さすがニル様、素晴らしいご意見ですね。そういたしましょう」
「いいねー! 私の大好きな料理を紹介してあげるよー!」
「私はまったく分からないから、ニルにやらせるわ!」
「私の意見を上手く取り入れていただき、心より感謝致します」
この通訳は実にいい。
全ての言葉をソフトなものに変換してくれている。
だが、一番素晴らしいのは、リリー達がデスグラシアに対し敵意を向けず、あいつの意見をきちんと受け入れた事だ。
これまでは、殺伐とした雰囲気を醸し出していて、デスグラシアを完全に蚊帳の外に置いていた。
この変化の理由は、二つ考えられる。
まず一つ目は、デスグラシアとセレナーデが、お互いにきちんと謝罪した事だ。
これにより、デスグラシアとリリー達双方の溜飲が下がったのではないだろうか。
二つ目は、あの通訳のババアを排除した事だ。
あいつの誤訳により、デスグラシアと他の生徒たちとで、何度もトラブルがあったのではないかと推測できる。
それが無くなったことで、関係が悪化しなかったのだろう。
この調子なら、会食での殺し合いも起きないんじゃないか?
平和的に世界の破滅を救えるのであれば、それが一番いいのだが。
「では各自、自国の事柄について調べてきて下さい。3日後、また集まりましょう」
こうして俺は、同じアトラギア王国民であるドロシーと調査を開始した。
と言っても、俺は千年近くも生きているのだ。
この国だけでなく、他国の事についても、かなり知っている。
正直調べなくても、学習発表会レベルの内容であれば、今すぐ書き出せるのだが。
「はぁー、今日はこんなもんでいいでしょ! お腹すいちゃったわ! 学食に行くわよ!」
俺はドロシーと2人きりで、夜遅くまで図書室で調べものをしていた。
こいつに無理矢理付き合わされたのだ。
「こんな時間にですか? 太りますよ?」
「うっさいわね! 私はどれだけ食べても太らないの!」
* * *
「頭使った後の甘い物は最高ね!」
ドロシーは馬鹿みたいにデカいパフェをバクバク食っている。
俺は紅茶を飲みながら、それを黙って見ているだけだ。また無理矢理付き合わされたのである。
「ほら、アンタにも一口あげるわよ!」
ドロシーは、パフェをすくったスプーンを俺の口元まで持って来る。
待て待て、恋人のような真似はやめろ。
「ドロシー嬢、それはちょっと……」
「なによ! 私のパフェが食べられないっていうの!?」
ドロシーはスプーンをグイグイと俺の口に押し付けてくる。
「ドロシー嬢は婚約者がいるのでは?」
「そ、そんなつもりじゃないわよ! バッカじゃないの! もういい! 帰る!」
ドロシーはブリブリと怒りながら、特盛パフェを残して行ってしまった。
「おいおい、どうすんだコレ……?」
残すのも勿体ないので、仕方なく俺はパフェを頬張る。
「ニル君……? どうしたんですか、そのパフェ?」
セレナーデが不思議そうな顔で俺の元にやって来た。
「うん、まあ……疲れた頭に糖分補給と思って……」
「うふふ、ちょっと多すぎませんか? 私も食べてあげます。――あーん」
セレナーデは小さな口を開ける。
俺はパフェをスプーンですくい、彼女の口内へと入れる。
「うふっ、おいしいです!」
セレナーデはにっこり微笑む。――可愛い。
もしあそこで、ドロシーのあーんに応じていたら、この顔は鬼の形相だったのかもしれない。危ない危ない。
「――ところでセレナーデ、何故ここに?」
「ニル君の部屋を訪ねたけど、いなかったので、浮気していないか探し回っていたのです」
セレナーデは「うふっ」と笑う。
本当、危ない危ない!
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