最後のアナログ存在

 少し肌寒いくらいの温度に保たれたその長い部屋の中には、無数のサーバが並べられていた。壁には至る所に配線が飛び出し、床には電源コードが折り重なっている。

 部屋を歩き続けると、やがてドアが見えてくる。

 そのドアを開けると、広大な空間が姿を表した。反対側の壁はどこにあるのだろうか。目をこらしても、その奥行きはまるで見えない。左右も壁も同様だった。たった今くぐり抜けてきたドア壁に沿って目を動かしていっても、その果てはまるで見えなかった。

 まるで無限に広がる宇宙を壁で囲ったような空間。

「うらめしや…………」

 その空間には数え切れないほどのポットが陳列されていた。そのポットを覗き込むと、一つ一つに人間が入っていた。皆、目を閉じて身じろぎ一つしないが、その肌は栄養に満ちたハリを持ち、清潔な環境も保たれている。矛盾しているようだが、一見して健康的に生きていると分かる肉体だった。

「う、恨めしや…………」

 人類が生身での生活を捨て、サイバー空間をその棲家とし始めて、すでに四半世紀が経っていた。すでにこの世界に、現実生活を送る人間は存在しない。無限に広がる仮想の世界に、思い思いに国を作り、土地を所有し、家を建て、家族を養い、子を成した。

 現実世界では、機械によって管理された意識なき肉体が、ただ渾々と眠り続けている。

「恨めしやぁ…………」

 その世界には、霊魂だけが取り残された。意識なき人間以外には。それまで彼らは、人と交わること───怖がらせる結果になっていたが───それだけを存在意義としてきた。

 しかし、人類が生活圏を根本的に変えてからというもの、その存在を観測する者はいなくなった。故に、彼らはただこの世界を徘徊し続けた。あの世に成仏しなくとも、完全なる静寂はこの世にすでに現出していた。

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