ご主人様、ご奉仕させていただきます

 西の空にわずかにのぞく陽光は美しい夕焼けを見せ、眼前の川を朱色に染め上げた。

 夏の終わりのひぐらしが最後の合唱をする中、帰路を急ぐ小学生のシルエットが遠くに見える。


「エロ漫画でメイドが『ご主人様、ご奉仕させていただきます』って言うシーンあるじゃん。あれ、おかしくね?」

「………よくこの景色の中でその言葉を吐けるな」


 土手に並んで座る親友の言葉に、僕はため息をついた。このアホの名は、谷口という。


「いや、だってさ。名詞とかの前につく『ご』って尊敬語だろ。『ご主人様』は分かるけど、なんで『ご奉仕』って言うんだよ。自分の行為って尊敬語にしないだろ?」


 内容はバカみたいだが、質問自体は真っ当だったことに驚きながら、僕は谷口の疑問に答えた。


「その場合の『ご』っていうのは、相手への尊敬の念を表すために、自分の行為を下げる謙譲語なんだよ。だから、メイドが自分の行為に『ご』を付けることは間違ってねえんだよ」

「えっ? じゃあ、『っくんする』って何なんだよ?」

「それは『ごっくん』っていう擬音語の表現だろ!」


 谷口は納得したようで、「なるほどなあ。謙譲の『ご』なのか」と大きく首を縦に振った。

 この夕焼けの中、なんでこんなことを説明しなきゃいけないんだ。僕はため息をついて、また夕焼けに目をやった。

 もうすぐ高校最後の夏が終わる。そう思うと、ひぐらしの鳴く声にさえも哀愁を感じた。


「謙譲ってのは大事だな。これからは俺も、自分のことに積極的に『ご』を付けていくわ」

「………ああ、そうだな。謙譲は人付き合いする上で大切だしな」


 黄昏に目を奪われていた僕は、谷口の言葉をろくに聞かず、生返事を返した。


「これからは『ごちんこ』って言うわ」

「………なにかがぶつかったみたいに聞こえるぞ」


 だが、愚かさの極北に位置する言葉が耳に入り、一気に現実に引き戻された。


「違うのか………。ごちんちん」

「それもぶつかってるな」


「ご手淫」

「秀吉の貿易かよ」


「俺の大きな肉ごぼう」

「ただのおかずじゃねえか。っていうか、『大きな』て言ってる時点で謙譲してねえよ」


「ご挿入」

「間違って挿れたみたいに聞こえるからやめろ」

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