ドライブ♡ゾンビ
燦燦と照りつける太陽。雲一つない青空。どこまでも伸びる水平線。そして、車一つない海岸線沿いの道路を、ビッグスクーターに乗ったソレが、颯爽と駆け抜けていく。
全身に当たる風は爽やかに、太陽に熱せられた身体を心地よくなでていく。
「ああ、なんて気持ちいいんだ! こんなに楽しいなら、もっと前から乗ってみれば良かった!」
生まれて初めてのツーリングを心の底から楽しむソレは、かつての名を山口幸平といった。
「最後に望みはあるかね?」
つい一ヶ月前に防疫係官からされた質問を、ソレは思い出していた。
感染率は極めて低いが、一たび感染すれば治癒の可能性がない、不可逆的な病状進行を伴う感染症。進行すれば、腐敗した肉体を抱えて、人肉を貪る物体───いわゆるゾンビに成り果てる。
感染した時点で法律的に死亡扱いとなった山口は、それまで趣味らしい趣味を持っていなかった。ために、最後の望みを問われ、今まで一度もしたことがなかったツーリングを選択した。
それ以来、生まれ故郷の宮崎県を目指してひたすら南下を続けた。頭上に逃亡を監視するヘリコプターが常につきまとってはいたが、ソレにとって最高の時間だった。
───ニククワセロ、ニク、ニク、ニク食ワせろ
だが、この一ヶ月で病状は進行し、故郷を前にして、ソレから人間の自我は消えつつあった。ヘリコプターで待機する狙撃要員は、目に哀れみを湛えつつも、ライフルに弾を装填し、スコープを覗き込んだ。
その時、ソレの手首の骨が折れ、意思とは無関係にスクーターはトップスピードに乗った。身体を撫でる風は壊死した肉を剥ぎ取り、故郷の太陽は肉体の腐敗を早めていく。
───バン!
折れた手首はブレーキをかけることすら叶わない。そのままスクーターは、ガードレールを突き破り、青い海へと飛び出した。狙撃要員は意外な結末に、目を見開いた。
「ああ、誰にも迷惑をかけず、故郷の海で死ねる。なんていい人生だったんだ」
海へと続く大きな放物線を描きながら、“山口幸平”が笑うのを、ライフルのスコープだけが捉えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます