133.幻想であっても嬉しかった

 美しい銀竜を娶り、魔王を呼び戻して女神を倒した。世界を救った英雄と認識されるのは面映い。


 あの日、目を閉じたオレに声をかけてくれた奴らがいる。あれは望んだ夢だったのか。冷え切ったオレの手を握り「早く起きろ」と急かす親友。後ろで同級生達が感謝を述べて消えていく。


 アイツに起こされたオレの体は、ぼろぼろと崩れていくところだった。それを押さえる親友を助けるように、いくつもの手がオレの欠片を拾って押し戻す。温かい手もあれば、冷たい手もあった。なんとか崩壊が止まった体を抱き締めたのは、母だ。彼女ごとオレを守るように腕を伸ばした父が「お前は俺の誇りだ」と口にした。


 一度もそんなこと言われた経験はなくて、だからきっと夢なのだ。オレの身勝手な欲求だとしても、嬉しかった。都合よく作り出した幻覚でも、報われたと思える。


 世界の異物は女神だけじゃなくオレも同じで、仲間はいない孤独は感じていた。強くなってもそれは同じだ。本当の仲間になりたくて、必要以上に自己犠牲を払った。偽善者のフリでもしないと、役立たずは切り捨てられるのではと怖い。凝り固まった感情が解けていく。


「素敵なお嫁さんを見つけて、もう一人前ね」


 母が手を離し、慌てて伸ばそうとした手はなくて、動けないオレの前で父母は親友を連れて歩き出した。その後ろ姿を見送りながら「ありがとう」「ごめんなさい」と叫んだ。見えなくなる直前に振り返った彼らへ「支えてくれてありがとう」とお礼を呟く。叫びすぎた喉は涸れて、ひどい声だった。


 目を開けたらエイシェットはオレを覗き込み、ぼろぼろと涙を溢した。まだ器に馴染まなくて動かない手足を諦め、ぎこちなく笑って見せる。しがみついて泣き続ける彼女の後ろで、イヴリースが安堵の息を吐く。どうやら心配させたらしい。


 というか、死んでもいいと思って全魔力を放出したのに、まだ生きているのか。不思議に思ったオレが説明されたのは、女神の消失と器について。最後は感謝と労いだった。




 海岸に着いて翼を畳んだエイシェットが、嬉しそうに人化する。わずかな距離を全力で走って飛びつき、オレを押し倒した。受け止め切れずに転がったオレは砂だらけだ。笑い出す彼女はワンピースを羽織っていない。眩しい裸体を晒した彼女が抱き着き、オレの服を脱がせ始めた。


 ちょっと奔放過ぎて驚くけど……これが魔族だ。性行為も交尾も当たり前の営みで、隠したり恥ずかしがることはない。世界の自然に寄り添って生きていく。彼女と結ばれるのも、魔族からしたら当然だった。強いオスを選んで番うのは、メスの特権なのだから。


 夜明けまで睦みあって、朝日を見ながら腕の中の愛しい存在に微笑みかけた。覚悟は決まり揺るがない。オレはこの世界で寿命が尽きるまで生きよう。父母や親友に「後悔なく生きた」と言えるように――。

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