125.ぴたりと嵌るピース
これは仮定だ、と前置いてイヴリースは口を開いた。
「黒い霧が出始めたのは千年ほど前だ。魔族の住む地域に現れるが、人間の発する負の感情が原因だった」
ここまではオレも知っている話だ。理解していると頷いた。
「黒い霧は幼い魔族の命を奪うと聞いた」
「ああ、そちらにばかり目が行ったが……女神には別の意図があったようだ」
黒い霧の正体がリリィの魔力なら、彼女は浄化しているのではなく力を取り戻している。この世界の人間が女神の創造物と判明した今、黒い霧を作り出す負の感情とやらも操られた結果だろう。蘇るかなり前から、リリィの封印は緩んでいた。漏れ出る女神の力が魔族を弱体化させ、人間を強化したのか。
「もしかして、人間が魔術を使い始めたのも……千年前じゃないのか?」
気づいた事実に、イヴリースが頷く。リリィの力の一端を借りて使える人間が魔術師なのだ。そう考えたらしっくりくる。
魔族だと言いながらリリィが魔術を使うのも、オレに豊富な魔力があるのに魔術が使えなかった理由も。すべて説明がついた。オレに魔術が使えなかったのは、女神が生み出した人間ではなかったから。
「魔王城の祠から人間が攻めてきたのも……」
人間は女神の眷属に分類される。彼女が魔術で繋いだ空間は、この世界の人間だったら利用出来るのか。
治癒と治療の違いが、魔族と人間の違いだった。魔法で治癒する者は、己の魔力を対価とする。治癒される対象者の魔力も体力も奪わない。だが人間が魔術で治療する場合、対象者の体力や魔力を対価として奪った。だから重傷者を助けることが出来ない。
ここはどこまでも、他者に優しく多様性を重視した世界だった。人間が異物だから、違和感を覚える。オレが人間達に嫌悪を感じ、魔族に信頼を置くのは……本能に近い部分で判別していたのだろう。
「いろいろと聞いたらさ……吹っ切れた」
オレもイブリースも、もっと早くに深い話をするべきだった。そしたらヴラゴも、婆さんも死なずに済んだ。オレはあんなに苦しい時期を過ごさず、友人と穏やかに過ごせたかも知れない。すべてが「もしも」の仮定に基づく話だけど。
「おっさんや婆さんは怒るかも知れねえけど、弔い合戦で世界を取り返すってのはどうだ?」
もしも、に囚われるほどガキじゃない。それでも考えてしまう。
「取り返す?」
イヴリースは怪訝そうな声を出した。好戦的な目をしたエイシェットが、びたんと尻尾を地に叩きつける。
「そうだよ。だって人間は異物なんだろ? 全部排除して、女神も封印するなり殺すなりすればいい……そうでなけりゃ、この世界に還元するオレの故郷の人達が、安心して暮らせないだろ?」
この世界で魔力として生命力を消費し、還元された力はいずれ新たな生命になる。この世界で生きていく、失われた日本人の魂を迎え入れるに相応しい世界を望むのは、間違ってるか?
問うたオレに、圧倒的な強さを誇った魔王はうっそりと笑った。
「なるほど。そなたとなら実現できるやも知れん」
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