117.届きそうで届かない果実
「サクヤ、私がいる」
抱きしめるエイシェットは、明らかにオレより小柄で細い。ドラゴンの時は大きいが、今の彼女はまだ成熟していない少女だった。なのに、エイシェットの腕が背中に回されて……オレは泣いた。零れる涙は止まらず、下に散らかったヴラゴの灰に染みていく。
おかしくもないのに笑い、涙を溢れさせる。不安定なオレの姿に、双子も言葉を掛けられなかった。代わりに寄り添う温もりが遠慮がちに触れる。頭の上に蝙蝠が舞い降り、続いて数匹が肩や背中の空いた場所を埋めるように貼り付いた。
慰められているのか。彼らの悔しさと痛みが突き刺される気がした。オレがいなければ、こんな事態にならなかった。5年前にオレが死んでいたら……彼らは今も生きていたのか? 違う、そうじゃない。こんな後悔は婆さんに殴られる。ヴラゴの生き方を否定する行為だ。
婆さんもヴラゴも己の信条に従い散った。己の感情を信じてオレを助けた。その想いを後悔なんて汚い色で塗り潰すのは失礼だ。胸を占める黒い感情を抑え込んだ。
リリィは簡単にオレを殺せた。後ろから胸を貫いた時、無防備に背を晒したオレの首を刎ねることも出来ただろう。だが動けなくするだけに留めた。その理由は何だ? オレは何かを見落としている。決定的な何かだ。おそらくリリィの弱点に当たる部分だろう。
思いだせ。あの時彼女は何を言った? どう振舞った?
いつも通りに整った姿で笑いながら、オレを罵った彼女は美しかった。あの姿は幻影ではない。ならば魔王城から離れられないはずの彼女が、どうやって移動したのか。前回のバルト国周辺でエイシェットが嗅ぎ取ったのも、間違いなくリリィだろう。
彼女が現れる場所か、時間か、何かに共通点がある。魔王城から離れられない実体を、どうやって移動させた? 何が座標となり……ん?
違和感がちりりと肌を焼く。オレは今、重要な部分に触れたかも知れない。意味のない笑いが収まったオレは、ぶつぶつと口の中で呟く。考えを整理するオレの姿に、エイシェットは抱き締める腕に力を込めた。直後、後頭部に痛みを感じる。
がくんと倒れて意識を失ったのだろう。薄れていく意識の中で聞き取ったのは、カインとアベルの声だった。
「休ませるしか……」
「……狂っては」
「意味が……」
心配する響きに「大丈夫だ」と答えてやりたくて、でももう動けなくて。吸い込まれるように意識が螺旋を描く。吐き気を催す不安定な感覚がオレを飲み込んだ。ダメだ、まだ考えている途中で……何か重要な部分にあと少しで手が届くのに。
暗闇に伸ばしたつもりの手が灰を掴み、オレは完全に落ちた。暗闇の中で誰かが呼んでいた気がする。聞いただけで涙が浮かぶほど懐かしくて、優しくて、胸が痛かった。
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